220.『プリクラ』
[ 『幸せになるために トランクス編』 というお話のちょっと前のつもりです。]
夜、 C.C.。
「トランクス、 おかえり。 夕食は済ませたの?」
「いや、 まだなんだ。」
自分でやるって言ったのに、母さんはキッチンへ向かう。
まぁ、自動調理機が作った料理を 並べてくれるだけなんだけどね。
ふと テーブルの上に目をやると、携帯が置きっぱなしになっている。
また、ブラの奴だな。
手に取ってみると、裏側には シール・・ プリクラってやつがベタベタ貼ってあった。
ブラがやって来て言う。
「あら、そこにあったの。 探しちゃった。」
「大事なもんなら、置き忘れたりするなよ。」
おどけた表情の悟天と写ったプリクラを、一瞥して手渡す。
「おまえ、内緒でつきあってた頃も よく、そこらに置きっぱなしにしてたよな。」
ブラの小さな唇が、みるみるうちにへの字に変わる。
「別に、内緒にしてたわけじゃないわよ。」
よく言うぜ。
「休みのたびに、冷蔵庫の中の物を ごっそり持ちだしたりとかさ。
いつ父さんにバレるか、こっちがヒヤヒヤしちまったよ。」
真っ赤になったブラが言い返そうとした その時、 母さんが口を開いた。
「もう、 やめなさい。
まったく このうちの人たちときたら、いくつになっても・・。」
ひとしきり嘆いた後で、おれたちに向かって声をかける。
「調理機の調子が良くないみたいなの。
ねぇ、出かけない? 外に食べに行きましょうよ。」
母さんたちは、夕食なんて とっくに済ませたはずなのに。
「わたし、行かない。 もう遅いもの。」
不機嫌な顔のブラに母さんは言う。 まるで、諭すみたいに。
「お嫁に行ったら、こんなふうに出かけることもなくなるのよ。
ね、 行きましょう。」
嫁に行くったって 別に、よその星へ行っちまうわけじゃないのにさ。
それでも まぁ、 おれの運転で街へ出ることになった。
時間が時間だったから、ファミリーレストランに入る。
席について、適当に料理を頼む。
母さんたちは 飲み物だけだ。
「そういえば、父さんは?」
「外に特訓に出ちゃったのよ。 いつ帰るかも言わないんだから。」
母さんの代りにブラが答える。
認めたとは言っても、うきうきした様子で 式の準備をしている娘を見ているのは
やっぱり面白くないんだろう。
だからなのか、母さんは何も言わない。
それにしても、母さんって やっぱりすごいよな。
知らない星から来た父さんのことを好きになって、長い時間をかけて
家族になってさ。
その母さんが、食事をしている おれを見つめて尋ねる。
「ねぇ、 それ、 おいしい?」
「・・こういう店は大抵、自動調理機の料理だよ。
けど ここは、C.C.社製のじゃないみたいだな。」
そっけない答えに構うことなく、母さんはブラに声をかける。
「わたしたちも何か・・ デザートでも頼みましょうよ。 半分こでもいいわよ。」
「えー、 ママってば いつもそう言って食べないじゃない。
そういえば、近頃ちょっとやせすぎよ・・・。」
おれは、二人の前にメニューを差し出した。
「好きなものを頼みなよ。 他社の調理機の性能の調査だ。
残ったら おれが食べるよ。」
会計を済ませて 店を出た。
カプセルから車を出そうとする おれの手を、母さんが制する。
「せっかく来たんだもの、 ちょっと歩きましょ。」
そう言いながら、左腕をブラと、右腕をおれと組んで夜の街を歩きだす。
なんだかとても、楽しそうだ。
「あっ、 ねぇ、 あそこに入りましょうよ。」
「えっ? あれ、ゲームセンターよ。」
腕を離して駆けだした母さんは、プリクラの機械の前で立ち止まった。
「これよ、 これ。 三人で撮りたかったの。」
「こんなの、家のコンピューターでだってできるだろ。」
文句を言うおれに、母さんは笑う。
「ふふっ。 ベジータと、おんなじこと言ってるわ。」
できあがったプリクラを、携帯に貼っているところを 何とはなしに見ていたら・・
もう既に、一枚貼ってあった。
同じように驚いたらしいブラが、声をあげる。
「嘘・・・ これ、パパじゃない。 いつ撮ったの?」
「少し前にね。 誰にも見せるなって言われたんだけど。」
そのプリクラには、笑顔の母さんと一緒に、
苦々しげな父さんがしっかりと写っていた。
ブラも 自分の携帯に、今撮ったばかりのそれを貼る。
いまや婚約者となった、悟天とのツーショットの隣に。
おれがブラに憎まれ口を言いたくなるのは、
父さんみたいに 寂しいからってだけじゃない。
ブラと悟天を見ていると・・
パンと年相応の付き合いをしてやれなかった自分を悔やんで、
なんだか やりきれない気分にさせられちまうからなんだ。
ゲームセンターの中にいた 黒い髪の女の子の後ろ姿を
見つめながら、 おれは そんなことを思っていた。
帰りの車の中で、母さんがつぶやく。
「さっき ゲームセンターにいた女の子、なんとなく パンちゃんに似てたわね。」
「そう そう。 パンちゃんって言えばね・・・ 」
ブラが口をはさむ。
「この間、街で偶然会ったんだけどね、男の人と一緒だったわ。
なんだか いい雰囲気だったわよ。」
・・そりゃあ、 そうだよな。
同い年のブラが結婚するんだ。 全然不思議じゃないよ。
考えてみたら あのうちの人ってみんな早婚だもんな。
悟天は例外だったけど。
どこまで口に出して言ったか、自分でも覚えていない。
家に着いて 車から降りた時、 母さんがそっと おれの肩に手を置いた。
「・・・なに?」
母さんは黙っていた。
見上げると、家の窓に明かりが付いている。
「ベジータ。」
おれやブラが口を開く前に、母さんがつぶやいた。
さっきまでとは、また違った笑顔を見せて。
母さんと街に出かけたのは、その夜が最後になった。