292.『メンテナンス』

第8話です。担当は ひまママです。 好みに走ってしまい、やや甘めです。]

いつもとかわらない一日のはずだった。

なのに今日は何だか、人の意外な一面ばかりを見つけてしまう。

ベジータだけじゃなく、トランクスも。

わたしを抱えてたせいでバランスが悪かったけれど、しっかり空を飛んでいた。

あの子は まだ、父親と一緒にトレーニングをしたことがないっていうのに。

 

そんなことを思いながら、TVに映る重力室の様子を眺めていた。

すると、 「おい。」 画面の中から呼びかけられる。

「暇だったら、重力装置を調整しろ。」

カメラが作動していることに気づいたようだ。

「はいはい・・。」 やっぱり気になるわけね。

長年愛用している工具箱を持って、わたしは重力室に向かった。

 

重力室。 以前に比べると、足を運ぶことは少なくなった。

何度も補強と改良を加えたし、ベジータも あまり無茶をしなくなった。

設備の使い方を心得てきた、と言った方が正しいかもしれないけど。

少し離れた場所から 声をかけてくる。 「どんな具合だ。」 

「すぐに直ると思うわ。」 答えながら 考える。

工具を広げて 装置の内部をあれこれ調べるわたしの姿を、ベジータはじっと見ている。

あの頃も、今も。

もしかすると、彼は・・・。

 

頭に浮かんだ思いとは、別の言葉をかけてみる。

「ねえ、 あんたって いつ料理を覚えたの?」

また その話か、というように 少しうんざりした様子でベジータは答える。

「別に、その場にあった物を使っただけだ。」

確かに、一から作ったとは言えないかもしれない。

母さんが揃えておいてくれた食材、それにC.C.社製の最新の調理機器。

母さんが 普段していることを見ていたことも大きいのだろう。

つまり ベジータは、やろうと思えば何でもできる人なのだ。

重力室の調整だって。

その気になれば、宇宙船だって 自分の手で作ってしまうかもしれない・・。

 

「おい、 どんな具合だ。」 「・・できたわ。 これで大丈夫だと思う。」

「そうか。 なら、早くここを出ろ。」 ベジータは すぐに装置を作動させるつもりらしい。

「・・・。」 「どうかしたのか?」 うずくまったわたしの顔を覗き込む。

「おなかが・・ 」 「腹だと? 腹がどうしたんだ。」

 

ベジータに向かって、わたしは両腕を広げた。

ふわり、と 抱きかかえられる。 幼稚園までお弁当を届けに行った時と同じように。

「あんたって、女の子に優しいのね。」

「・・? 何を言ってる?」 「だって、さっき・・。」

自分の子供であるトランクスを抱き上げてやったことは、まだ一度も無いくせに。

だけど そこまでは言わなかった。

 

「あのガキが 俺の足元でビービー泣くからだ。

 周りにいたガキどもまで、次々に集まってきやがって・・。」

「それだけ?」 彼の肩に腕をまわして、顔をじっと見つめる。

「当然みたいな顔で、腕を伸ばしてきやがったんだ。」 

「今のわたしみたいに?」 

彼は答えない。 肯定のしるしだった。

ふうん。 それはやっぱり、あの子が好みのタイプだってことなのかしら。

トランクスが女の子だったら、いろんなことが違ってたかもしれないわね。

「何だ。」 「ううん。」 言いかけてやめる。

だけど、いつか女の子も欲しいな。 ベジータがこのまま、わたしのそばにいてくれるなら・・。

そんなふうに思った。

 

腕にわたしを抱えたままで ベジータは尋ねる。

「腹が痛いんじゃなかったのか。」 

「ん? ああ、 あれね、おなかがすいたって言おうとしたの。」

「な・・ ふざけやがって。 おりろ。」 やや乱暴に、わたしを床におろそうとする。

「だって、ずるいわ。 自分だけ さっさと食事してさ。」

ほんとは、外に出たついでに どこかのレストランでも行きたかったのに。

 

わたしは 彼の唇に、自分のそれを押し付けた。

「これ、何の味かしら。 何を食べたの?」 

舌舐めずりしてみたけど、はっきりとはわからない。 彼はもちろん答えない。

なんだか、ほんとにおなかがすいてきちゃった・・。

自分が食べる分だけなら なんとかなるわ。 多分。

「冷蔵庫に何か残ってる?」 「自分で確かめろ。」

そう言ってベジータは わたしを廊下へ押し出して、重力室の扉を閉めた。

 

言われたとおりに、冷蔵庫の中を見てみる。

すると・・ 大きめの皿の上に、焼いた肉がのっていた。

ラップもかけずに、それ一品だけ。

「食べ残したのかしら。 それとも・・・。」

 

今日は やっぱり、意外なことばかり起こる。

レンジであたためて、ナイフとフォークで切り分けた肉を口に運びながら わたしは考えていた。

「夕飯も、ベジータに作ってもらおうかしら。」

第9話『一時のあやまち』に続く