106.『脅迫』
[ 第4話です。担当は ひまママです。]
どうしよう、 ほんとに・・。
悩みすぎて固まっているわたしに、ベジータが見かねたように声をかける。
「おい。」
その時、 電話が鳴った。 トランクスが椅子から下りて、受話器をとる。
「はい、もしもし。 あ、 おばあちゃん?」
え? 母さん!? 「うん、待ってて。 ママー、おばあちゃんからだよ。」
「ありがと。」 トランクスの手から、素早く受話器を奪う。
『ブルマさん、ごめんなさいね。 メモを残すの忘れちゃって・・。 朝ごはんは食べた?』
「うん。 それは何とか・・ 」 思いがけない形で解決したわ。
『トランクスちゃんのお弁当ね、昨夜おかずだけ作っておいたの。 冷凍庫の中よ。』
安堵のあまり、わたしは床にへたりこんでしまった。
『お弁当箱の3分の2はそれで埋まるはずよ。
あとはパンと、デザートの果物でも入れてあげるといいわよ。』
電話を切った後、さっそく冷凍庫のドアを開ける。
「あった、これだわ。」 タッパーにきっちり納められていたから、気付かなかった。
この中身を、ランチボックスに移し替えればいいのね。
えーと、 パンは・・ 戸棚にはない。
さっきベジータがトーストを作っていたことを思い出し、食堂の方へ行ってみる。
遅かった。
パンは 手をつけていないわたしの朝食以外は全て、大食いの父と息子の胃袋に納まったようだ。
デザート用の果物も同様らしい。
これは・・。 残る3分の1は、ごはんにするしかない。
それくらいなら、お米を自動調理器に投入するだけで済む。
ただ問題は・・・ もう、時間がない。
「トランクス、ごめんね。 お弁当は後で届けるわ。」 「えーっ。」
「そのかわり、今日はママが幼稚園まで送ってあげる。」 「ほんと!?」
うれしそうな顔。 いつもは父さんや母さんにまかせることが多いから・・。
もっと トランクスとの時間を作ってあげなきゃダメね。
会社に休むと電話をかけて、口紅だけを急いでつけた。
ふと気付いて見回したけれど、ベジータはもう その場にはいなかった。
車でトランクスを送った後、すぐに家に戻った。
食堂のテーブルの上には、ベジータが作ってくれた朝食が そのまま残っていた。
すっかり冷めてしまったけれど、ありがたく いただく。
「おいしい・・。」
後片付けまではしてくれなかったけど、包み紙も卵の殻も、きちんとゴミ箱に捨ててある。
「あいつがこんなこと できたなんてね・・。」
うちのキッチンは、数年前に対面式に改装した。 母さんのすることを見ていたのだろうか。
それとも 軍時代、食料を現地調達することで覚えていったんだろうか。
そんなことを考えながら、使った食器を食洗器に入れていく。
間もなく自動調理器から、完了を知らせるブザーが鳴り響いた。
ごはんが炊きあがった。
おにぎりにでもしようと思ったけれど、しゃもじでそのまま詰めてしまう。
そのかわり・・・
焼海苔をハサミでギザギザに切る。 これが髪の毛。
それに いつも怒っているみたいな眉毛に、コワーイ目。
「ふふっ、 そっくり。 トランクス、誰の顔かわかるかしら。」
凝ったキャラ弁なんて作れないけど、このくらいなら、ね。
お弁当づくりという、思いがけない試練をクリアした わたしは居間に向かった。
大型のTVをつける。 番組が観たいわけではない。
リモコンを操ると、重力室の様子が映るようになっているのだ。
監視カメラは、ベジータに無茶をさせないよう設置したものの一つだ。
彼はもちろん気にいるわけがなく、何度か破壊してくれた。
だから今は 室内の設備を一つでも壊せば、重力装置が作動しないようにしてある。
TVの画面に重力室の様子が映し出される。
なのに、ベジータの姿が見えない。 おかしいわね。 外に出たのかしら?
すると、背後から聞き慣れた声がした。
「おい、 家にいるのなら重力装置を調整しろ。」
「え? 調子悪いの?」
何度も改良したから、以前に比べて不具合は ずいぶん減ったはずなのに。
「重力の段階調節がスムーズにいかない。」
・・それだけ? 使えないわけじゃないんでしょ?
ほんとに、完璧主義なんだから。
まぁ、 そういう男だから わたしと・・・ なんて、ね。
「わかったわ。 でも、トランクスにお弁当を届けてあげなきゃ。」
そうだわ、 言い忘れてた。
「今朝は、どうもありがとう。 朝食、おいしかったわ。 あんたが料理できるなんて思わなかった。」
みんなに教えたら、さぞかしびっくりするでしょうね。
付け加えた一言に、彼はかなりイヤな顔をする。「誰にも言うな。」
「え? どうして?」 「何でもいい。 絶対に、言うなよ。」
ふーん?
「うん、いいわ。 あんたがそう言うんなら。 そのかわり、 」
言葉を切ってわたしは続ける。
「幼稚園まで、お弁当を届けるのに付き合って。」
成立すれば、素晴らしい取引になる。
ベジータは入園式に出なかった。これまで一度も、トランクスの園生活を見ていないのだ。
「冗談じゃない。 時間の無駄だ。」
予想通りの答えだ。 このくらいじゃ、めげない。
「重力室のメンテは、帰ってきたら ちゃんとやるわ。
いいじゃない。 本当なら仕事で、夕方までいなかったはずなのよ。」
ダメ押しのつもりで、さらに言う。
「わたしが誰にも話さなくても、トランクスはきっと言っちゃうわよ。 パパはお料理上手だって。」
あの子、口が回るのよね。
「でも、わたしが止めれば大丈夫。 わたしの言うことは よく聞いてくれる子だもの。」
ベジータが不愉快そうに居間を後にした。
と思っていたら、ランチボックスを片手に あっという間に戻ってきた。
わたしにそれを手渡して、テラスのガラス戸を開ける。
「えっ? ちょっと・・・ 」 両腕でわたしを抱きかかえると、あっという間に空に浮かぶ。
彼は尋ねた。
「どこにあるんだ。 その、幼稚園とやらは。」
[ 第5話 『くらくら』 に続く ]