「いやー、 知らなかったな。 君は自慢話の類を、一切しない人だからねえ。」
教授は一旦 言葉を切って、悟飯の方を見た。
そして続ける。
「姿勢もいいし、非常にいい筋肉がついている。
だから きっと、武道の心得があるんだろうとは思っていたんだが・・。
奥さんが あのミスターサタンのお嬢さんだったとは!」
この教授は悟飯のことを、ミスターサタンの弟子か何かだったと思ってしまったようだ。
サタンの方に向き直る。
「まったく素晴らしい偶然だ。 実はね、ボクは・・ ミスターサタン、あなたの大ファンなんですよ。」
四半世紀・・ いや、もう少し昔のことになる。 付き合いで たまたま、デビュー戦を観覧した。
それ以来の、年季の入ったファンなのだという。
「○×競技場での、・・・戦での貴方は最高でしたなあ。 まさに格闘の神そのものでした。」
「ああ、 あの試合は わたしにとっても大変に思い出深いものでね。」
サタンの表情がほころぶ。
教授が熱く語っていたのは サタンがまだチャンピオンになる前の、
かなりマイナーな試合についてだったのだ。
「あれを観てくれていたファンと会って話ができるとは・・・。
私の方こそ この偶然に感謝しなければ。」
古くから密かに自分を支えてくれていたファンとの、思いがけない出会い。
サタンは大いに喜び、テーブルを挟んで話に花を咲かせ始めた。
悟飯の方は驚くやら感心するやらで、しばらくの間 口を挟めなかった。
だが、これはチャンスと思い直す。
トイレに行くふりをして、抜け出してしまおう。
悟飯が決意をした その時。
サタンの隣、つまり自分の向かいの席に座っているピーザと目が合った。
艶然と、彼女は微笑む。
この女は もしや、自分に好意を寄せているのではないか。
そんなふうな誤解を、過去に随分招いてきたであろう微笑み。
ビーデルが彼女に反感を抱いていた理由を、悟飯は理解できた気がした。
C.C.。
次々と出来上がっていく料理を皿に盛り付け、テーブルに運ぶ。
サイヤ人にそんなことをしたって無駄であると知りつつも、
ちまちまと細工しながら料理を盛り付けていくブルマ。
母親に命じられて、お運びをしているのはトランクスだ。
「はい、 これもお願い。」
「うん。 ・・あー、 もう腹減ったよ。 早く座って、食べたい。」
「午前授業って言っても給食は出たんでしょ?」
「そうだけどさ。 給食なんて あっという間、一瞬で食べ終わっちゃうよ。」
手を休めることなく、チチが笑う。
「悟天も おんなじことを言ってただよ。
近頃じゃ給食がある日でも、家から おにぎりなんかを持って行ってるだ。」
「そうなの・・・。」
あんたも そうなるの? 問いかける代わりに、ブルマは また腹をさすった。
男性陣は既に、争うようにして皿を空け続けている。
おかわりは給仕ロボットに任せることにし、ブルマはチチとビーデルに声をかけた。
「二人は、お昼は食べたの?」
時刻でいえば、今は もう、おやつの時間だ。
「おらは とっくに済ませただよ。 悟空さときたら、修行に夢中になっちまうと
いつ戻ってくるか わからねえからな。」
「わたしも こちらに伺う前に、店に入って簡単に済ませました。」
そう言った後でビーデルは、男たちの中にまじって 小さな口をモグモグさせている
幼い娘の方を見る。
考えて見れば あれは、サイヤ人グループでもある。
「パンだって その時 ちゃんとミルクを飲んだし、いろいろな物を食べたはずなのに・・。」
「やっぱり すごい食欲なのね。」
感心した後、今度は男性陣に向かって声をかける。
「ねえ、わたしたち あっちでお茶を飲んでるわ。 パンちゃんのこと、ちゃんと見ててあげてよ。」
「おお。 わかった。」
口を動かしながらも、すぐに返事を返したのは悟空だ。
パンは、一応ベビーチェアに座らせている。
トランクスの時に使っていた物を、出してきたのだ。
しかし、力が強いから、ベルトを はずしてしまうかもしれない。
「トランクスも見ててあげてね。 ベジータもね。」
「はーい。」 「・・・。」
「さあ、これで大丈夫。」
ブルマは向き直り、小さいほうのテーブルに お茶のセットを用意する。
「せっかくの機会だもの。 女同士で ゆっくり話しましょうよ。」
ブルマの言葉に、チチも同意する。
「そうだな。 言いたいことは、思い切って吐き出しちまった方がいいだ。」
「言いたいことっていっても・・。」 戸惑うビーデル。
「わたし思うんだけどさ、 こうしてほしいって どうして言わないの?
悟飯くんなら聞いてくれるでしょう?」
「だから言えないんです。」
「えっ?」
「どんなに疲れてても 応えてくれようとするから、逆に言えなくなっちゃうんです。」
「だって・・ ハーフとはいえ、悟飯くんはサイヤ人でしょ。」
思わず声が大きくなる。
「修行を始める前の、赤ちゃんの頃から ものすごい力持ちで、食欲だって・・・。
二日や三日、寝なくたって平気なはずだわ。」
「わたしと一緒になっていなければ、って思うんです。」
消え入りそうな声で、ビーデルは続ける。
「こんなに早く結婚していなければ、そしたら悟飯くんは もっと自由に、思う存分、
仕事や勉強ができたはずなのにって。」
「そんな! 何言ってんのよ、ビーデルちゃん。 それは違うわよ。」
終わりまでブルマが口にする前に、チチが席を立った。
うつむくビーデルの両肩に、後ろから そっと手を置く。
「今のは本音じゃねえだな、ビーデルさ。」
「・・・お義母さん。」
「そうだ。 本音なわけがねえ。
だって悟飯の気持ちは、ビーデルさが誰よりも知ってるはずだからな。」
いくつもの大切な思い出が、ビーデルの脳裏に浮かぶ。
大きな瞳からは 今日何度目かになる涙が、ポロポロとこぼれおちた。
「たしか悟飯が、まだ高校生の時だったな。 おらに こう言っただよ。」
『お母さん ありがとう。 お母さんが僕に勉強させてくれたおかげで、あの高校に編入できた。
そして、彼女に出会えたんだ。』 ・・・
指先で涙を拭うビーデルに、ブルマがハンカチを差し出す。
それと同時に、チチが あっと声をあげた。
「バタバタして すっかり忘れちまってただ。 ビーデルさの居場所がわかったら
構わないから知らせてくれって、悟飯ちゃんに言われてただよ。」
「そうだったの。 電話なら ここにもあるわよ。 はい。」
「わたしが かけます。」
ビーデルが、電話を受け取った。
携帯電話の長い番号を、彼女の指は覚えていた。
しばしの沈黙。
「出ないですね・・・。」
彼女の笑顔が戻るまでは、まだ少しばかりかかるようだ。
それよりも少し前のこと。
格闘について熱く語り合う熟年二人を置いて、悟飯は計画通りに席を立った。
気付かれないよう、素早く店の外に出る。
やった! 僕は自由だ!
そう思った、 その時。 女の声に呼び止められる。
「あの・・。」 それは、同席していたピーザだった。
「す、すいません。 どうか見逃して下さい。 今日は どうしても、早く家に帰りたいんです。」
「いいですよ。」 彼女は また、笑顔を見せる。
店の入り口に、ちらりと目をやりながら続ける。
「あのお二人には、うまく話をしておきます。」
「ありがとう!! 感謝します!」
深々と頭を下げた後、悟飯は切り出した。
「あの・・、突然なんですが。」 「はい?」
急がなくてはならない。 だが、こんなチャンスは もうやってこないかもしれない。
「ミスターサタン・・ 義父と結婚されるんですか?」
「え・・?」
時間が無い。 彼は一気に口にした。
「義父が幸せになるのなら、僕は応援します。
だけどビーデルには ご自分の言葉で、ちゃんと話をしてやってください。
お願いします。」
もう一度 頭を下げた悟飯は、何かを言いかけたピーザを残して その場を走り去った。
そして人影のない路地に入ると、地面を蹴って空に浮かんだ。
さっきの店に上着を、つまりポケットの中に入れてあった携帯電話を置いてきてしまった。
でも、 もう いい。
瞼を閉じて気を探ると、父である悟空のものが すぐに見つかった。
同じ場所に複数の、強い気を感じる。
その場所、 C.C.に向かって、猛スピードで彼は飛んだ。
C.C.、 食堂。
ライバル そして食べざかりの息子と張り合うかのように、料理を胃の中に納め続けていた
ベジータだったが、少し前から 手が止まっていた。
どうしても気になって、ライバルに苦言を呈してみたのだが埒が明かない。
仕方なく、彼は息子に こう命じた。
「トランクス。 あいつらに知らせろ。」
少し離れた場所でテーブルを囲んでいる女たちの方に視線を向ける。
「この赤ん坊は、どう見ても食べすぎだ。」
パンは、トランクスや 祖父である悟空が気まぐれに口元に運んでくれるスプーンに飽き足らず、
自ら身を乗り出して 小さな手を伸ばし、食べ物を口に詰め込んでいたのだ。
「心配いらねえよ。 うちにいる時だって、結構食うぞ。」
悟空の呑気な言葉を無視して、ベジータは もう一度言った。
「トランクス、行って来い。」 「うん。」
トランクスは、素直に席を立った。 それと、ほぼ同時だった。
パンが顔を真っ赤にして、低い唸り声を上げ始めたのだ。
「えっ? パンちゃん?」 「どうした、 パン。」 「見ろ。 だから言っただろうが。」
男三人は動揺し、ベビーチェアで唸っているパンを取り囲んだ。
間もなく 悟飯が、C.C.に到着する。
[ 第10話 『余計なひとこと』 に続く ]
313.『おせっかい』
[ 第9話です。 担当は ひまママです。 はっきり書きませんでしたが、
飯ビの二人は(約束は もちろんしていたでしょうが)授かり婚だと思っています。
気を悪くされたかたには この場を借りて謹んでお詫びいたします。]