後少し・・・

さっきから何度そう考えたか分からない。

全速力で走る姿はきっと誰にも見えない。

自分たち以外の一般の人たちには。

 

こんなに全力で走ったのいつ振りだろう。

ふとそんなことを考えてしまった。

 

別に、我慢をしていたわけではない。

勉強するのも研究するのも大好きだ。

だけどこうして体を動かしてみると、

やっぱりそれはそれで自分には必要なことなのだろうと気付く。

少なくとも半分はサイヤ人の血が流れてる。

子供のころから、勉強は勉強としてやっぱり体を動かしたくてうずうずしていたものだった。

それをこのところ抑え付けていたのかもしれない。

 

意図したわけでもなく毎日帰りも遅く、朝出るのも早い。

日によってはパンの顔すら見れないこともある。

それでも好きなことをしているから辛くはなかった。

と、思いたかっただけなのかもしれない。

 

せっかく好きな人と結婚して、愛したが故の子供にまで恵まれた。

毎日パンの世話に朝晩すら関係ない日々を過ごすビーデル。

体も精神も疲れているだろうビーデルを支えてやることすら満足にできていない。

父としても夫としても何も出来ていないと思いつつも、彼女は強いと思っていたから甘えていた。

けどそれは自分の勝手な考えでしかない。

長い時間一人で家にいるビーデルが何を考えどう過ごしていたのかなんて、聞きもしなかった。

ビーデルから話さないのなら自分から聞くべきだった。

 

そうだ。

ビーデルは決して弱音を吐くような人間じゃない。

そのビーデルが、昨夜のように話すなんてよっぽどだったのだろう。

 

そうこう考えているうちに近づいてくる大きな気。

その中には弱々しくも確実にビーデルの気を感じていた。

 

到着するやいなやインターフォンを押し応答を待ってみても返答がない。

ここの出入り口は、厳しいセキュリティーがなされているが

自分たちはスルー出来るようにしてもらっている。

だからと言って父の瞬間移動のように勝手に出入りすることは

やっぱり躊躇われるからインターフォンを押したというのに、

一向に出てくる気配がないのはなぜだろうか?

 

その時、おそらくいつもいるであろうリビングのあたりに感じたパンの気が

微かに揺らいでいることに気付いた。

返答を大人しく待っているなんてことはもう出来なくて、

入口から入ってまっすぐリビングへ向かった。

 

「パン!」

「あ、悟飯さん」

「お。よう悟飯。おめぇも来たんか?」

父とトランクスが目の前に立ちはだかり、その先に居るであろうパンの姿が確認できない。

だけど、さっき感じた気の揺らぎは今は治まっていた。

 

「パン・・・どうかしたんですか?」

「ああ。ちょっとな」

「一緒に食事してたんだけどさ、パスタ長いまんま口に入れちゃって、

噛まずに飲み込んじゃったみたいで・・・」

「えっ?!」

「けど、もう大丈夫だ」

「・・・そうですか。さすがお父さんですね。いつもパンと一緒に居てくれるだけありますね」

「ははは。オラじゃねぇよ。ほら」

 

親指を立て後方を指し示した先には、ベジータがパンを抱いた姿。

予想もしていなかった光景に、言葉を失うしかなかった。

 

「それにしても、ベジータ良く気付いたな。オラ自分が飯食うことに夢中だったぞ」

「貴様はいつでも気を抜き過ぎなんだ。少しは緊張感を持ったらどうなんだ!

大体この赤ん坊は食い過ぎだと言っただろう。

自ら食べるのは構わんが、まだ歯も生えそろっていないのだろう?少し考えれば分かることだ」

「へー・・・パパってそんなこと知ってんの?すげぇ」

「それくらい常識だ」

「あっ!もしかしてママの育児書読んでたり?

だから物を詰まらせた時の対処法とか知ってんじゃないの?」

「ば、バカ言うな!それより、悟飯!これどうにかしろ!

大体お前がしっかりしないからこんなことになってるんだろうが!」

「え・・・?」

 

言葉は乱暴に、押し付けられるようにパンを渡された。

だけど、引き渡される瞬間はひどく丁寧でやさしい手つきだったことを見逃しはしなかった。

 

「悟飯さん。ビーデルさん、泣いてたよ。俺・・・ちょっと驚いちゃった」

耳打ちするように小さく話すトランクスの言葉に、

やっぱりビーデルに負担をかけてしまっていたのだと気付かされる。

彼女が泣くなんて・・・・・・

そこまで溜めこんでいたことも気付いてやれなかった自分が悔しい。

いくら夢を叶えたと言っても、結局は彼女がいてこその幸せなのに。

いくら帰りが遅くったって、話をする時間くらいあったはずなのに。

 

腕の中に居るパンが上機嫌に笑顔を向けて来る。

その姿にビーデルの顔が重なって見えて仕方がない。

なんだか長い間彼女に会っていないのではないかと錯覚すら覚えてしまう。

 

ようやく食事を終えたらしい男性陣は、膨れたお腹を治めるかのように各々くつろぎ始めていた。

「トランクス、ビーデルはどこに?」

「隣の客間。女同士で話すって言ってたから入り辛いかも。悟飯さん行くの?」

「ああ」

「なら、パンちゃん預かるよ」

「悪いな。パン、もう少しトランクスに遊んでもらっててくれ」

「あーあー」

グズることもなくトランクスの腕の中に治まるパンを見届けリビングを出た。

話さなければならないことなんて、何も思いつかない。

ただ、傍にありたい。

そう思う一心だった。

 

 

「しっかし驚れぇたぞ、ベジータ」

「何がだ?」

「いや、おめぇもすっかり地球人だな」

「何を言ってやがる」

「だってそうだろ?おめぇが子供の面倒見るなんて想像もしなかったかんな」

「くだらん」

「あ、違ぇか。おめぇはちゃんと家族大切にしてんだもんな。地球人とか関係ねえよな」

「・・・」

「な?トランクス」

「なっ・・・んで、そこで俺に振るんだよ。おじさん」

「おめぇは体感済みだろうと思ってよ」

「まあ・・・そうだけど」

「あーやっぱ子供オラもほしくなっちまったなー」

「っち!うるさいぞカカロット。貴様が居ると休まるものも休まらん!さっさと帰りやがれ!!」

「そう言うなよ。チチが戻って来たら帰ぇるからよ・・・って、ん?」

「あ、悟天」

「やっぱり、ここにいた。何?何?なんかあったの?なんでみんなここに集まってんの?

なんでボクだけ仲間外れにするんだよー」

「おまえ、そっから入るとこママに見つかったらまた怒られるだろ!

入るなら早く入ってこいよ」

「わかったよ。で、何?なんか事件?ワクワクするね!」

「あんれ。悟天まで来ちまっただか?」

 

そこへ戻ってきたブルマとチチ。

そっちに行ったはずの悟飯とビーデルの姿はない。

 

「あいつらはどうしたんだ?」

「二人で話したいみたいだから退散したのよ。

夫婦のことに首を突っ込むのはここまでってところかしらね?チチさん」

「んだ。じゃあ、おらたちは先にお暇するべ。

ブルマさ申し訳ねぇだが、二人が話し終わるまで部屋貸してやってくんろ。

パンはおらたちが連れて帰るから気にすることねぇって伝えてくれるだか?」

「わかったわ。二人が帰るの遅くなってもパンちゃん平気よね?」

「え・・・?まあ、偶に一緒に寝ることもあるから平気だと思うけんど・・・?」

「レス解消に持ってこいのチャンス到来でしょ?」

 

そう耳打ちされたチチは顔を真っ赤にし、両手で顔を隠し頭を振る。

「なんだ?どうした、チチ?」

「な、ななななんでもねぇだ。ほれ、帰るだよ悟空さ。

悟天も行くだよ。トランクス、パンちゃんありがとうだべ」

「あ。ボク、トランクス君と遊んで帰るよ」

「そうだな。外にでも行くか」

 

そう言ってあっという間に外に飛び出して行った息子たちを見送り、

悟空が空に向かって筋斗雲を呼ぶのをチチが眺めていた。

「瞬間移動で帰らねぇだか?」

「あそこに今知ってる気ねぇだろ?だから移動出来ねぇんだ。

いいじゃねぇか久しぶりにゆっくり空を散歩しながら帰ろうぜ。

パン、また寝ちまったみてぇだし」

「んだ。じゃあ、ブルマさ、ベジータさお騒がせしましただ。

悟飯とビーデルさのことよろしく頼むだ」

「気にしないで」

「じゃあなーまた来っからよ。ベジータも育児ってやつ勉強がんばれよー!!」

「!!っ・・・・・・っち」

 

ベジータはひどく嫌な予感がしていた。

いつもカカロットは面倒事を残して行きやがる。

帰り際の一言は、絶対ブルマの耳に届いていたはずだ。

その言葉が事実であるとかないとかそんなことはどうでもいい。

今ニヤニヤとしてるこの女の良くない思考を誰か止めてほしい。

そう切に願うばかりだった。

第11話 それは甘く、そして優しく に続く

305.『余計なひとこと』

第10話です。 担当はMickey様です。

大団円に向かっていますが(笑)もうひと騒ぎ起こしたいですね〜。]