141.『それは甘く、そして優しく』

第11話です。 担当は ひまママです。 

ひまママは、ラブラブカップルを全力で応援しております。

ブルマたちのはからいにより、

そう広くはない小部屋に 二人きりになった悟飯とビーデル。

どちらからともなく 口にする。

「ごめんね・・。」

 

ビーデルは思い出していた。

まだ恋人とも いえなかった、高校生の頃のことを。

ふくれっつらで背中を向けると、悟飯は いつも自分の方から謝ってきた。

ある時、尋ねてみた。

『悟飯くんは いつも簡単に謝るわね。 

けど、どうして わたしが怒ってるか、わかってるの?』

 

『・・・ビーデルさんを怒らせることが、まず いけないって思うから謝るんだよ。』

言葉を切って続ける。

『怒ってる理由はね、 えーと、多分・・・

懸命に導きだしたらしい回答。 それは当たらずとも遠からずといったところだ。

だけど、自分でもわかっている。

結局のところビーデルは、悟飯と もっと一緒にいたかった。

仲のいい友達の一人などではなく、自分だけを見つめてほしかったのだ。

 

「わたしって、あの頃と なんにも変ってないんだわ。」

小さなつぶやきに敢えて答えを返さずに、悟飯は言った。

「このまま、君がいなくなったら どうしようって思ったよ。」

「なに言ってるの? そんなことするはず・・・ あっ、

言葉の終わらぬうちに、彼女の肩をそっと抱き寄せる。

「よかった。 ビーデルがいてくれなけりゃ、いくら強くなっても賢くなっても、

何の意味も無いもの。」

・・・

 

 

向き合った両肩に手を添える。

ブルマは夫の唇に、自分のそれを すばやく重ね合わせた。

背丈が あまり変わらないから、実に簡単にできてしまう。

ただし もっと深いキスをするには、首を大きく傾けなくてはならない。

けれども、突っ立ったままで そういうキスをする機会は少なかった。

多くの場合、そのことはベッドの上で行われるためだ。

 

「何しやがる・・。」

「ん? さっきの続きよ。 

だいたい解決したみたいだから、お邪魔虫の孫くんは もう来ないでしょ。」

「・・・。」

ベジータが、小部屋の扉に視線を向ける。

「あの二人も、しばらく出てこないわよ。 きっと今頃は、こうして、こんなふうに・・・。」

腹がせり出しているから、思うようにはいかなかった。

それでもブルマは夫の首に 背中に、愛撫するように触れていく。

 

「フン。」 

彼はつぶやく。  小さく、傍らにいる妻の耳だけに 届く声で。

「あの小僧がな・・。」 

ごく何気ない一言。  

けれどもブルマは、胸がいっぱいになってしまう。

サイヤ人と地球人の間に生まれてきた、最初の混血児である悟飯。

そう。 ベジータもまた、悟飯の成長を見つめ続けてきた者の一人だったのだ。

 

ああ、 わたしたちは もう、何年 一緒に暮らしているんだろう。

いろんなことがあったけど、 消えない不安もあるけれど、

わたしは また、この男の子供を産むことができるのだ。

 

自然に顔が近づいて、二人は再び 唇を重ねた。

お互いに、かなり大きく 首を傾けながら。

 

 

悟飯は、開きかけた扉をすぐに閉めた。

すぐ後ろで、ビーデルが尋ねる。 「どうしたの?」

「今 出て行かない方がいいみたいだ・・。」

 

苦笑いしながら答えた後で、思い出したように彼は続ける。

「そうだ。 今日 偶然、お義父さんに会ったんだよ。」

「えっ、 パパに?」 「うん。 それがさ・・・

少し前に起こった出来事を、かいつまんで話す。

「ピーザさんのおかげで抜け出せたんだよ。 あの人、

「・・悪い人じゃないわよ。 それはわかってる。

 長いこと ずっと、パパを支えてくれた人だもの。」

しばしの沈黙。  

ぽつりぽつりと、ビーデルは話し始めた。

悟飯と出会う ずっと前、小学生だった頃のことを。

 

ある時、参観日があった。

母は入院している。 父も今日は、時間の都合がつかないだろう。

だから ほかの皆のように、後ろを振り向く必要が無い。

授業が終わりに近づいた頃、教室がざわめいた。

振りかえると、ピーザがいた。

父兄が並んで立っている中、いつになく地味な服装をして、

こちらに向かって、小さく 手を振っている。

『あの人、ビーデルちゃんのお母さんなの?』

『若いね! すっごく、きれいだね!』

 

違うわ。  あの人は、わたしのママじゃない。 

・・・

「せっかく来てくれたのにね。 その後も わたし、なんにも言えなかったのよ。」

もしかすると今でも、あの時の気持ちを引きずっているのかもしれないわ・・・。

 

言い終わらぬうちに悟飯は、再び ビーデルを引き寄せた。

きつく、抱きしめる。 

吐息が浅くなるほどに。 

柔らかな その体を、両腕の中に閉じ込めてしまおうとするように。

 

 

「どうした?」  ベジータが声をかける。

いつだって、彼はそうなのだ。

快感の波間に漂っている時であっても、妻の反応を 決して見逃しはしない。

「うん。 ちょっと、ごめん・・。」

腕を解いて、ブルマは小走りで 手洗いへ向かった。

だが、すぐに出てきた。 顔色がよくない。

「おい、どうしたんだ。」

問いかけに答えることなく 電話に向かい、番号を押す。

「産科に繋いでください。 〜先生は・・。 ええ、急ぎなんです。」

どうやら、病院にかけているらしい。

「どうしたっていうんだ。」

電話を終えた妻に もう一度尋ねる前に、ブルマは告げた。

「病院に行ってくるわ。」

いつものように、おなかをさすりながら続ける。

「もう こんなだから、流産ってことはないはずだけど・・

 

その言葉に、ベジータは衝撃を受けた。

盗み見た育児書に記されていた、禍々しい文字の数々が頭に浮かぶ。

「まいったわねえ。 悪くすれば このまま入院って言われちゃうかも・・

 きゃあっ!!」

普段よりも重たいはずの体が浮いた。

夫のたくましい両腕に、しっかりと抱きかかえられてしまったためだ。

やや乱暴に窓を開け、あっという間に空の上に浮かび上がる。

「ちょっと! 困るわ。 お財布も何も持ってきてないのよ。」

「後で届けさせればいい。」  「もうっ・・

 

騒ぎに気付いたらしく、悟飯が後を追ってきた。

「ブルマさん、 ベジータさん。 どうしたんですか?」

「あっ、悟飯くん。」

よく見れば、服が少々乱れている。

「お邪魔しちゃったわね。 ゴメンね。」

「いや、 そんなことより・・」 

「あのね、急きょ 病院に行かなきゃ いけなくなったの。」

「病院!? 大丈夫なんですか・・?」

「うん、 まあ。 でね、 申し訳ないんだけど

トランクスの帰りを待って、伝えておいてもらえるかしら。」

「わかりました。」

 

悟飯は戻って行った。

「やれやれ。 よかったわ。」 「病院は どこなんだ。」

「ああ。 えっとね、トランクスを産んだ所なんだけど・・

他に何も言わなくても、その場所に向かってベジータは飛んだ。

両親学級に参加するなど、とんでもない。

健診についてきたことすら、一度も ない。

なのに、10年以上も前に出産した病院の場所を、彼はちゃんと覚えていたのだ。

夫の肩に腕をまわし、その胸に顔を埋めて、ブルマは幸せを噛みしめた。

 

 

幸いなことに、トランクスは その後すぐに家に戻って来た。

「あれ? ママたちは?」

悟飯から事情を聞くと トランクスはすぐに母のバッグを探し出し、

引き出しの中から必要な物を取り出して詰め始めた。

不測の事態に備え、ちゃんと打ち合わせをしてあったらしい。

のほほんとしているようでいて、抜かりのないブルマであった。

 

戸締りを済ませて病院へ向かったトランクスを見送り、

ビーデルがカプセルからジェットフライヤーを出そうとした、その時。 

「ごめんください。」  女の声がした。

現れたのは、なんと ピーザだった。

店に忘れた悟飯の上着と、携帯電話を届けに来てくれたのだ。

「ミスターサタンと教授はすっかり仲良くなられて、今夜は飲み明かす勢いですわ。」

悟飯は苦笑いをする。

あの時 抜け出せていなかったら、今頃は・・・。

携帯電話の電源を切る。

何度 呼び出されようが、電話には断固として出ない構えだ。

 

「・・ピーザさん、パパと結婚するの?」

単刀直入に、ビーデルが尋ねた。

ピーザは笑って否定した。

結婚することは事実だが、相手は故郷で 彼女を待ち続けていた幼馴染だという。

間もなく、退職するそうだ。

「ごめんなさい。 わたし、いろいろと誤解していて・・・。」

謝罪するビーデルに向かって、静かな声で ピーザは言った。

「わたしがミスターサタンのことをお慕いしていたのは本当ですよ。

 あのかたは本当に、素晴らしいかたですもの。」

 

何よりも素晴らしいのは、亡くなられた奥様のことを ずっと愛してらっしゃることです。

最後に付け加えられた言葉を、瞼を閉じてビーデルは噛みしめた。

 

「さあ、帰ろう。 パンが待ってる。」

そう言いながら悟飯は、カプセルを投げようとする 妻の手を押しとどめた。

「えっ・・?」

両腕で、抱きかかえる。

「そんな、 いいわよ。 飛んで帰るんなら、自分で・・。」

「いいじゃないか、 たまには・・ あれ? もしかすると、初めてじゃない?」

 

出会って、 言葉を交わして、 ・・押しかけて、すぐに飛び方を教えてもらった。

同い年の二人。 友だちで、恋人で、ライバルだったかもしれない。

追いつきたかった。 追い越されたくなかった。

だけど、 今日は・・・。

 

両腕を背中にまわして、厚い胸に顔を埋める。

いつの間にか日が沈み、 空には もう、星が輝き始めていた。

第12話 人の妻』に続く