159.『 「あーん」

第5話です。 担当は ひまママです。 トラパン多めですみません。

何故「あーん」という題を選んだのかといいますと・・ はい、アーン そして

泣いている あーん。の二つの意味をもたせたつもりなんです。]

「ま、 ま。」

「ママ? ビーデルさんと来たの? 階下に いないのかい?」

 

目を閉じて、気を探ってみる。

いる・・ みたいだけど、 なんだか弱いな。 どうしたんだろう。

アイドルのような外見に似合わず、屈強な武道家達と 肩を並べる実力を持つビーデルさん。

その気は、普通の女の人よりも ずーっと強いはずなのに。

どこか具合でも悪いのかな。

そんなことを思っていたら、パンちゃんは また何かを訴え始めた。

「まんま、 まんま。」

「えっ? まんまって もしかして食べ物のこと? おなかすいてるの?」

でも、この部屋にミルクなんか あるはずがない。

「パンちゃんって もう、お菓子なんか食べられるのかな。」

引き出しを開けてみたら、袋入りのスナック菓子が出てきた。

「ちょっと これは、赤ちゃんには よくないだろうなあ。」

けれども、黒い瞳を輝かせて パンちゃんは叫ぶ。 

「まんま!!」

「え・・ 食べたいの? でもなあ、ちょっと味が濃いんじゃ・・  あっ!!」

 

一瞬の出来事だった。

パンちゃんは おれの体によじ登り、手から袋を ひったくった。

そして、 「んっ!」 という掛け声とともに破裂音が聞こえて・・

バラバラと中身が飛び散った。

「あ〜あ。 やっぱり 力あるんだな。 あー、パンちゃん・・・。」

あっという間に下におりると、床に散らばってしまったお菓子を両手で掴み

片っぱしから口の中に詰め込み始める。

大丈夫なのかな、まだ歯も あまり生えてきてないみたいなのに。

しかし、この様子・・・。 思わず、苦笑いしてしまった。

「パンちゃんも、サイヤ人なんだなあ。」

 

 

ビーデルは あふれてくる涙を、必死に止めようとしていた。

その背中をさすりながら、ブルマがなだめる。 「大丈夫・・?」

「すみません。 わたし近頃、ちょっと おかしいんです。」

「あら、 ちっとも おかしくなんかないわよ。」

怪訝な顔をしている夫への 説明も兼ねて続ける。

「あのね、そういう時期なの。 ホルモンのバランスとか、いろいろね。」

 

だが 産後と呼ぶには、少々 日数が経っている。

ブルマは思った。 ビーデルは、疲れているのだ。

人一倍体力があるとはいえ、毎晩 遅い 夫の帰りを待って、

先に寝るようにと言われても 従わないのだろう。

ようやく床についた夫が ちゃんと寝息をたてたかどうか、その耳で確かめるまで・・・。

「? ブルマさん?」 「な、なんだ、 おまえまで。」

いつの間にか ブルマの目にも、涙があふれていた。

 

ブルマは思い出していた。 トランクスを産んだ頃のことを。

他の誰でもない、自分自身が決めたことだった。

優しい両親は 十分すぎるほど手厚くフォローしてくれた。

それに 何より、ベジータがどういう男であるか、ブルマは よくわかっていた。

それでも。

それでも ごくたまに、ひどく寂しい気持ちになることがあった。

たとえば トランクスの健診の際、親になったばかりの若いカップルを目にした時。

仕事を休んで 妻に付き添って来たらしい男性。

慣れない手つきで、けれども とても大切そうに、生まれたばかりの我が子を腕に抱いていた・・・。

 

「どうしたっていうんだ。」

「・・妊婦っていうのは、涙もろいもんなの。」

ブルマは そんなふうに答えた。 

さまざまなことを乗り越えて、今は夫となった男からの問いかけに。

 

 

床の上に散らばったスナック菓子を、パンちゃんは ほとんど食べてしまった。

「おいしかったかい? おなかこわさなきゃいいんだけどな・・。」

小さな口の周りには、お菓子の粉がたくさん ついてしまっている。

拭いてあげようと思い、ポケットに手を入れてハンカチを探す。

すると 目の前に、お菓子を握りしめた小さな手が突き出された。

「んっ。」 「え・・? おれにくれるってこと?」

「んー。」 

「ふふっ。 あーん、って言ってるつもりなのかな。 はい、ごちそうさま。どうも ありがと。」

 

「・・けほっ、 けほっ。」

笑顔を見せてくれてから 間もなく、パンちゃんは小さく咳き込み始めた。

粉が気管に入ってしまったのかもしれない。

かばんの中から、急いでペットボトルを取り出す。 

「こんなのしかないんだけど。」 それは、飲みかけのスポーツドリンクだった。

少し こぼれてしまったけれど、残りを全部飲んでしまった。

どうにか見つけたハンカチで 口の周りを拭ってあげると、

パンちゃんは また、にっこりと笑ってくれた。

「かわいいな。」 本当に、ごく自然に、おれは その言葉を口にした。

 

今は まだ、ママのおなかの中にいる妹も、

こんなに かわいらしい笑顔を 見せてくれるんだろうか。

 

 

「ブルマさん、大丈夫ですか。」 

泣きやまないブルマ。 今度はビーデルが心配する番だった。

ベジータは もう、わけがわからなかった。

まったく、女という生き物は なんて厄介なんだ。

こんな面倒なもの、一人だけでたくさんだ。

一生のうちに 二度も三度も妻を娶ろうとする奴がいるらしいが、とても信じられない。

心の底から そう思いながら、妻に向かって声をかける。

「おい。 もう、いい加減にしないか。」

 

・・らちがあかない。

ビーデルの視線は大いに気になる。 が、この際 仕方が無い。

舌打ちを一つした後、ベジータはブルマの肩を引き寄せた。

せり出した腹が、体に当たる。

さっきまで せわしなく動いていた 腹の中の子供は、今は静かなものだ。

眠っているのだろうか。

あるいは母親のことを案じて、じっと様子を窺っているのかもしれない・・・。

頬を濡らしている涙を、指先で拭ってやろうとした その時。

「オッス! さっきは悪かったなあ。」

またしても、巨大な気を持つ闖入者が現れた。

しかも 今度は、妻まで伴っている。

「ありゃ・・ もしかして オラ、また邪魔しちまったか?」

「貴様! いったい何だというんだ! 人の家に何度も何度も・・・。」

「わりい わりい。 そうだ、お詫びのしるしに、おめえにも瞬間移動を教えてやるよ。」

「いらん!! 俺はのぞきの趣味などない!!」

 

噛み合わないやりとりを見守りながら、チチは つぶやいた。

「ビーデルさ、C.C.に来てただか。」

そして、すぐに気がついた。 彼女の瞼が腫れていたことに。

ぽつりと付け加える。

「瞬間移動が必要なのは、悟飯ちゃんかもしれねえな。」

 

 

そう。  ちょうど その頃、

いつまでたっても携帯に連絡が入らないことに業を煮やした悟飯が、

家の方に何度も電話をかけていた。

「出ないなあ・・。」

新たな敵の出現や、命の危険とは違う。

だが 何ともいえない不安感で、いてもたってもいられない気分だった。

電話よりも、もう一度集中して 気を探し直してみようか。

ああ、瞬間移動が使えたら。

お父さんに頼んで、習っておけばよかった・・・。

 

後悔している彼を 呼んでいる声が聞こえる。

「悟飯君。 こんな所にいたのか。」

例の教授だった。 「あ、はい! すみません。」

「さあ さあ、早くこっちへ。 君に紹介したい人が、たくさんいるんだよ。」

 

・・・自分は まだ未熟で、時間の使い方がうまくない。

研究や、大学での仕事に直接関わりのない付き合いは控えさせてほしい。

悟飯は何度も そう言おうとした。 だが できなかった。

機嫌を損ねたくないからではない。

教授が自分を連れ回そうとする理由を、少し前に 知ってしまったからだ。

要するに、寂しいのだ。

男手ひとつで大切に育てた娘を、遠方に嫁がせてしまったために・・・。

どこかで聞いたような話だった。

悟飯は深いため息をついた。

もしかすると これは、愛しい娘を奪われた父親からの呪いなのかもしれない。

 

 

まだ揉め続けている夫たちを尻目に、チチが尋ねる。

「ビーデルさ、パンはどうしてるだ?」 

泣きやんだブルマが、代わりに答える。

「パンちゃんなら、ソファでお昼寝中よ。 あっちの、リビングの・・・。」

皆がそちらの方を向く。

ビーデルが、いち早く気づいた。

「ドアが開いてるわ! パン!?」

 

リビングには もちろん誰もいない。 

眠っていたはずのソファには、かけてやっていたブランケットだけが 寂しく残されていた。

第6話 妹が生まれる』に続く