214.『タイミング』

第3話です。 担当は ひまママです。 飯ビが暗くてごめんなさい・・。

そしてそして、悟空さがアホっぽくてすみません。]

「パン!」  ビーデルが小さく叫んだ。

ブルマはといえば、驚きのあまり声も出ないようだ。

姿が見えなくなっていたパンを連れて現れたのは、

重力室でトレーニングを行っていたはずのベジータだった。

やわらかなタオルにくるむようにして、そのたくましい腕に しっかりと抱いて。

 

どうにか落ち着きを取り戻したブルマが、疑問を口にする。

「いったい どこにいたの? あっ、もしかして お風呂?」

ベジータもパンも、髪を洗った後のようだ。

おまけにパンの方は、タオル以外何も身につけていない。

 

「重力室の戸をこじ開けやがった。」 「うそっ!!」

「本当だ。 へばりついて離れないから、シャワーを浴びせてやったら眠っちまいやがって・・。」

「すみません。 いつも、修行から帰ったお義父さんと 一緒にお風呂に入ってるものですから。」

ビーデルの言葉に、やはり そういう理由だったか、と ベジータは概ね納得する。

「すぐに着替えを用意します。」

大きなバッグの中から、今度はパンの服を取り出した。

ソファの広い座面に 前開きのロンパース、肌着、そして 広げたおむつの順に置いていく。

「ここにお願いします。」

パンは しっかりと抱きついており、またしても彼の胸から離れないかに思えた。

だが母親であるビーデルが手を添えると、うまい具合に離れた。

優しい手が、眠っている我が子を起こしてしまうことなく、手早く服を着せていく。

 

「そうね、そうだったわよね。 忘れちゃってたわ。」 

ブルマの声に、ベジータが怪訝な顔で尋ねる。 「なにがだ。」

「赤ちゃんがね、ねんねしたままでも お着替えできるってこと。」

なつかしそうに ひとりごちる妻に向かって、彼はぼそりと つぶやいた。

「どうせ おまえは、親任せだったんだろうが。」

赤ん坊の頃のトランクスの世話を、ということだ。

「失礼ね! そんなことないわよ。だいたい あんたこそ・・・、」

思わず声が大きくなる。 「このバカ!!」

あわてて口元を押さえたが遅かった。 

寝息をたてていたパンが 眉を寄せて ぴくり、と動いた。

鼓膜を護るため、ベジータは両手で 素早く自分の耳をふさぐ。

だが 幸い、目を覚ますまでは至らなかった。

「あー・・ よかった。 よく眠ってるのに、かわいそうだもんね。」

 

声をおとして、ベジータは妻に命じる。 「重力室の扉を直しておけよ。」

珍しく あっさりとした調子で、ブルマが応じる。

「今 見に行くわ。 爆破したわけじゃないんだから、すぐに直るでしょ。」

そして、ビーデルに向かって声をかける。

「ちょっと行ってくるわ。 リモコンとヘッドフォンは そこにあるから、TVでも観てて。」

その後 「あんたも一緒に来て。」 と夫をつつき、ブルマは再びビーデルの方を向く。

「何だったら、パンちゃんと一緒にお昼寝しててもいいのよ。

 遠慮しないで、今日は のんびりするといいわ。」

 

夫とともに 重力室へ向かいながら、ブルマは考えていた。

 

悟飯くんも そうなんだけど、ビーデルちゃんって すっごく真面目なのよね。

普通なら お母さんなんかに愚痴を聞いてもらうんでしょうけど、彼女には いないものね。

チチさんに もっと頼っちゃえばいいのにって思うけど・・・

どんなに いい人でも、夫の親には甘えにくいものなのかしら。

さっきベジータにも そんなことを言われたけど、わたしは家つき娘だから・・。

そういう苦労は全然してないのよね。

 

「おい、どうなんだ。 直りそうなのか?」

いつの間にか、重力室の扉の前に来ていた。

「あ、 うん。 大丈夫よ、このくらいなら。」

 

今日のところは応急処置で済ませるとして、近いうちに もっと頑丈な扉に替えておかなきゃ。

だって この子も、おんなじことを しでかすかもしれないもの。

 

おなかをそっと さすりながら、ブルマは想いを巡らせていた。

 

 

一方 孫家では、チチに追及された悟飯が仕方なしに話をしていた。

妻子が行方をくらましたことについて、考えられる理由を。

だが、 『わたしと同じ立場だったら、悟飯くんだって きっと・・・。』

そう言われたことまでは話さなかった。

それでもチチは、とても悲しげな顔になった。

「それはな、悟飯ちゃんがいけなかっただよ。 こういう問題はデリケートなんだ・・。」

とぼけた声で、悟空が口をはさんでくる。

「サタンの奴、結構スケベなんだなあ。

 ビーデルがいやがってるから あきらめろって言やあ いいんじゃねえのか?」

 

いや、それは・・・。 悟飯が口を開く前に、チチが怒りの声をあげる。

「悟空さ! そういう問題じゃねえだよ。」

目元を押さえながら続ける。

「ビーデルさだってな、おっとうの幸せを願ってるはずなんだ。

 だども 死んじまったおっかあのことを考えると、どうにも素直になれねえだよ・・。」

自身も幼い頃に母親を亡くしているチチは、こういう話には ひどく感情移入してしまうようだ。

 

「なあ。」 悟空が再び口をはさむ。

「ビーデルが気を消しちまってても、パンのだったら わかるんじゃねえのか?」

「あっ、 そうか! そうですよね。」

どうして気付かなかったのだろう。

赤ん坊といえども、サイヤ人の血を引く娘の持つ強い気。 それを探れば・・・。

悟飯が神経を集中させようとした、その時。

けたたましく電話が鳴り響いた。

「はい。 ああ・・ 息子がいつもお世話になっておりますだ。 少々お待ちを・・。」

電話の主は、悟飯の・・

普通の会社ならば、直属の上司のような存在の教授だった。

悟飯のことを気に入ってくれているのはいいが、

携帯がつながらない場合には、実家のほうにまで電話をかけてくるのだ。

 

「・・急ぐように言われちゃいました。 ちょっと行ってきます。」

「だども・・・

「できるだけ早く帰るようにします。

ビーデルたちの居場所がわかったら、構わないので すぐに連絡してください。」

両親に そう言い残して、悟飯は出かけて行った。

その表情は どこか暗く、疲れているように見えた。

幼い娘を連れてビーデルが家を出た理由。

もしかすると それは、サタンの再婚問題だけではないのかもしれない。

息子にしても嫁にしても、真面目で誠実な半面、他人に弱みを見せたがらないところがある。

万が一、悪い方に転んだら・・・。

チチは次第に、そちらの方が心配になってきた。

 

「悟空さ。」 「ん?」

いつまでたっても食事が出てこないため、彼は そこらにあるものをつまみ食いしていた。

「もうっ、 そんなことしてる場合じゃねえだよ。 大変なことになっちまうかもしれねえってのに。」

「なんだ? 大変なことって。」

「・・・。 ビーデルさが気を消してても、パンのなら探せるんだべ?」

「ああ。 ちょっと待ってろ。」

まだ口を動かしてはいたが、集中するために やや俯いて瞼を閉じる。

しかし すぐに、こんなことを言いだす。

「おっかしいな。 いつもはこんなもんじゃねえのになあ・・。 もしかして、寝ちまってんのかなあ。」

 

 

C.C. 。 重力室の扉の前で、夫に向かってブルマは言った。

「さっきは何だか、幸せな気分になっちゃったわ。 パンちゃんを抱っこしてる あんたを見て・・。」

「フン。 やむにやまれず、というやつだ。」

そっけない答え。 

だがベジータの頬が染まっていることを、ブルマが見過ごすはずがない。

 

「でもね、ちょっとだけ妬けちゃった。」

両手で、彼の手をとる。

「あんた、あの時 とっても優しい顔してたのよ。」

「くだらん。 相手は赤ん坊だぞ。」

「そうだけど・・。」  大きく膨らんだおなかに、その手を当てさせる。

「ふふっ。 この子もヤキモチ妬いてるみたいね。」

腹の中の子供が、足をばたつかせているのがわかる。

ベジータは、苦笑いの表情になった。

次第に、二人の距離が縮まっていく。

「この子のことも、あんなふうに抱っこしてあげてね。」

「・・・。」

「だけどね、ベジータ。 あのね ・・・」

 

 

孫家。

「パンの気、探せねえだか? 悟空さの力でもか?」

「いや・・ なんとか わかっけど・・ 」

めずらしく歯切れが良くない。 チチは不安を募らせる。

「うーん、 こりゃあ・・

どうも、彼の よーく知っている、恐ろしく強大な気がパンの近くにいるようなのだ。

「見てきた方が はええな。 チチ、ちょっと行ってくるぞ。」

「えっ、 悟空さ! ・・・  遅かっただ・・。」

 

 

C.C.

ブルマの青い瞳には、ベジータだけが映っている。

甘い声で ささやきかける。

「一番はわたしじゃなきゃイヤよ・・・。」 「バカなことを言いやがって・・・。」 

二人の唇が重なろうとしていた、まさに その瞬間。

「オッス!!」

「きゃあっ!!」 「な、なんだ 貴様!!」

瞬間移動で、悟空が現れたのだった。

「わりい わりい、邪魔しちまって。 なあ、パンとビーデルが、ここに来てねえか?」

 

その頃。

リビングでは ビーデルが、娘の小さな寝顔を見つめながら 考え込んでいた。

 

口喧嘩をしながらも、ブルマさんたちは とっても幸せそうだった。

お義母さんだってそうだ。 

お小言ばかり言ってるようでも、最後は いつも笑ってる。

お義父さんと、一緒に・・・。

 

それなのに、わたしときたら。

誰かを支えてあげたいなんて考えるのは、まだ早すぎたんだろうか。

ああ、 どうして こんなに後ろ向きな気持ちになってしまうのかしら。

少し疲れているんだろうか。

悟飯くんみたいに、忙しいわけでもないのに。

パンの世話は お義父さんやお義母さんが喜んで手伝ってくれるのに。

なのに、どうして・・・。

 

そんなことばかり考えていたら、また涙がこぼれてきた。

顔を洗わせてもらおう。

ビーデルは立ち上がり、ドアを開けてリビングを出た。

なんと その時、扉の閉まる音でパンが目を覚ましてしまった。

「ま、 ま ・・・。」

伝い歩きもまじえて、トコトコと移動する。

重力室の扉をこじ開けたパンにとって、リビングの扉を開くことなど 取るに足らない。

 

姿の見えなくなった母親を探すため、パンは再びC.C.の廊下に出た。

第4話 初めての・・・』に続く