084.『午後のひととき』

[第1話です。 担当はひまママです。

飯ビの仲違いの理由が思いつかず、こんなことに・・。サタン、ごめんね・・。]

ほしい ほしいと思いながらも容赦なく歳月は流れて行き、

思いがけず、ようやく二人目を授かった。

長いこと つわりに苦しめられ、落ち着いてからは休んでいた分の仕事、

そして 休みをとるための仕事に追いまくられた。

けど それも、どうにか片づけることが できた。

 

産休初日の昼下がり。

随分目立ってきた腹部を、ブルマは両手で優しく さすった。

育児休暇も含めると、数ヶ月間の まとまった休みになる。

時間が無くてできなかったことにチャレンジしたい、そんな気持ちも もちろんある。

けれども まずは、家でのんびり過ごしたい。

 

そんなことを思った矢先、けたたましく電話が鳴り響いた。

イヤだわ。 会社からじゃないでしょうね・・。

ブルマは居留守を決め込もうとした。

だが ディスプレイに表れた番号を見ると、どうも違うようだ。

とりあえず出てみる。 「もしもし?」

受話器の向こうから聞こえてきたのは、意外な声だった。 

「もしもし、あの・・・

「え? もしかして、ビーデルちゃん?」

「はい、そうです。 こんにちは。」 幾分、ほっとしたトーンに変わる。

「どうしたの、めずらしいわね。」 ブルマの問いかけに、もっとめずらしい返事が返ってくる。

「あの、 そちらに伺ってもいいでしょうか。」

「もちろん いいわよ。 今日から産休で、退屈してたとこなの。」

チチも一緒なのだろうか。 そのことを尋ねる前に、ビーデルは言った。

「パンも一緒なんですけど、ご迷惑じゃないですか?」

「全然 構わないわよ。 歓迎するわ。」

 

ビーデルが、ベビーカーに乗せたパンとともにC.C. やってきたのは

それから数分もしないうちだった。

カップにお茶を注ぎながら、ブルマが尋ねる。

「こっちに来てたのね。 買い物? それとも実家からの帰りかしら。」

「ええ、まあ・・。」

曖昧に答えながらも ビーデルは、大きめのバッグから いくつかの物を取り出した。

ポーチに入った紙おむつ。 

それに、パンのお気に入りなのだろうか、動物を模ったカラフルなおもちゃもある。

「うわあ、かわいい・・。」  ブルマが歓声をあげた。

「これ、トランクスが使ってたのと おんなじメーカーの物だわ。」

おもちゃだけでなく、紙おむつまで めずらしげに手に取る。

「だけど もっと厚かったし、こんな かわいいイラストなんか ついてなかったのよ。」

 

その後 ブルマは、こんなふうに続けた。

「ビーデルちゃんは先輩ママね。 これから いろいろ教えてちょうだい。」

「そんな。 ブルマさんこそ、大先輩じゃないですか。」

「だって 赤ちゃんのお世話なんて、随分久しぶりで忘れちゃったわ。 それに・・

言葉を切って、まるで それがくせであるかのように おなかをさする。

「この子、女の子なのよ。 女の子を育てるのは 初めてだもん。

 まあ、18号も女の子のお母さんだけど・・

おとなしく一人遊びをしているパンの、黒い瞳を見つめながら続ける。

「サイヤ人の血が混じった子供だもんね。 どうなっちゃうのかしら。」

パンの小さな、愛くるしい顔。

こんなに可愛らしい この子も、大食いの暴れん坊に育つのだろうか。

尻尾を切らずに残していたら、満月の夜は要注意だったのだろうか。

とても信じられないけれど。

 

顔といえば、パンの母親であるビーデルは、やはり美しい。

化粧をしていないことが却って、初々しい美しさを引き立てている。

「いいわね、ビーデルちゃんは。」 「? 何がですか?」

「だって・・ 若いんだもん。」

ベジータに出会ったのが20代の終わりだったのだから当然なのだが、

トランクスを産んだ時、ブルマは既に30歳を過ぎていたのだ。

「わたしも一度くらいは、若いお母さんって呼ばれたかったわ。」

「・・よくなんか ありません。」 「えっ?」

「まだ、子供だっていうだけです・・・。」

 

なんとなく、元気がないとは思っていた。

そもそも夫や義母を伴わずに、彼女がC.C.を訪ねてくるのも不自然なのだ。

「何かあったの?」

うつむいてしまったビーデルは、すぐには答えを返さない。

当てずっぽうに問いかけてみる。 「悟飯くんと、ケンカしちゃったとか?」

「・・ケンカとは言えないんですけど・・。 悟飯くんは、怒らないから。」

原因は やはり、彼女の夫、悟飯であるらしい。

「わたしでよかったら、話してみて。」

そう。 パートナーとのケンカに、ブルマは とても慣れていた。

しかし・・ 

あの悟飯が、ヤムチャのように女性とチャラチャラするなど、とても考えられない。

かといって ベジータのように憎々しいことを言うなんて、もっと考えにくかった。

いったい理由は何なのだろうか。  ビーデルが口を開く。

彼女の話は こうだった。

 

彼女の夫となった悟飯は 幼い頃からの夢を叶え、学問を究める道に進んだ。

だが それだけでは、家族を養ってはいけない。

安定した収入を得るために彼は、大学の教壇に立つことになった。

学会に発表する論文を書かなくてはならないのだが、毎日の講義の準備に追われてしまう。

引きたててくれた教授との付き合いも、無下には断れない。

若く 人の良い彼は、便利に使われてしまうことも少なくなかった。

けれど悟飯は、苦労していることを表に出さない。

 

同い年の夫を支えなくては。 

そう思いつつもビーデルは、知らず知らずのうちに寂しさをつのらせていた。

あの時。 疲れている夫に、何故あんな つまらぬ話をしたのだろう。

心のどこかに、甘えたい気持ちがあったのかもしれない。

 

『・・パパがね、 再婚するかもしれないの。』 『そうなの?』

『ちゃんと聞いたわけじゃないんだけど。』

遅い時間に帰宅し、軽めの夕食を摂っていた悟飯は、妻にむかって こう尋ねた。

『相手はどんな人だい? 僕の知ってる人?』

『ピーザよ。 マネージャーの。』 『ああ、

長い巻き髪の、派手めな美女を思い出す。 『あの若い女の人か。』

『そんなに若くもないのよ、あの人。』

ビーデルが、刺のある言葉を返した。

『だって、わたしが 小学生だった頃から勤めてるんだから。』

『ビーデルは、反対なのかい?』 『そういうわけじゃないけど・・。』

まだ小学生だった頃から、父の元で働いている女性。

あまり深く考えたくはないが、母はその頃、まだ存命だったのだ。

 

『気持ちよく、認めてあげれば いいじゃないか。 案外子供だなあ、ビーデルは。』

何気ない一言。

『悟飯くんには、わかんないわよ・・。』

ごく当たり前の言葉に、ひどく反応してしまう。

『わたしと同じ立場だったら、悟飯くんだって きっと、

言ってしまってから気づく。 自分が重大なことを忘れていたということに。

本当に、忘れていたのだ。

小言を言われ続け、あるいは ぼやきを口にしながらも、

孫家の、このうちの人たちは今、とっても幸せそうに見えるから・・・。

 

悟飯はもちろん、怒った顔など 見せはしない。

そのかわり、ほんのわずかの間だが、とても悲しそうな顔になった。

 

話を終えたビーデルの ふるえる背中を、ブルマの手のひらが さする。

嗚咽をこらえて、涙を止めようと必死のビーデル。

だから二人とも、気付くのが遅れた。

少し前から、パンの姿が見えなくなっていたことに。

 

 

重力室。 「!?」

トレーニング中だったベジータは、危うくバランスを崩すところだった。

急に 体が軽くなったのだ。 地球での、通常の重力に戻ってしまっている。

「故障か?」

そうではなかった。 恐ろしく頑丈な造りの扉が、いつの間にか開いている。

外部から無理に こじ開けられたため、重力装置の動作が止まってしまったようだ。

「な、 なんだ・・?」

 

彼は、我が目を疑った。

一歳に満たない赤ん坊が 高這いで、あるいは壁づたいに おっかなびっくり歩きながら、

こちらの方に近付いてくるではないか。

「あー、」だの、「ばぶ。」だの、わけのわからない言葉を 発しながら。

第2話 サイヤの系譜』につづく