『時に愛は』

第13話です。 担当は ひまママです。

ほぼ悟チチになってしまったため、お題からタイトルをつけませんでした。

そして、やたらとシリアスになってしまいました。]

ドアが開く 音がした。

「あっ、 帰って来たんじゃない?」 「お父さん!」

悟空は憔悴しきった顔で、幼い孫娘を母親の腕に返した。

 

「いったい何があったんですか?! ついさっき、お母さんから電話があって、

 お父さんが反省するまでは 家に帰らないって・・。」

「オラにも わかんねーよ・・・。」

力なく、といった様子で椅子に腰をおろす。

 

「もう一人子供が欲しいって言ったらさ、あの女に産んでもらえ、とか

 オラが浮気してるとか何とか言いだしてよ・・。」

「浮気?! まさか。」

「お母さんってば、なんで そんなこと言ったんだろ。」

父親が浮気をするなど、まるで考えられないようだ。

悟飯と悟天兄弟が疑問を口にする中、

ビーデルだけが 何かに気付いたような表情になった。

「もしかして・・。」

そばにいた悟天の腕に パンを託して、バッグの中から手帳を取り出す。

挟んであった写真を見せる。

「もしかすると、これを見て誤解したんじゃないかしら。」

 

それは悟空と、見知らぬ 若い女性とのツーショットだった。

「プリントしたものを、テーブルに うっかり置きっぱなしにしちゃったことが あったから・・。」

よく見ると、また別の女性と写っている写真もある。

「何なんだい、これは。」  室内ではなく、外で撮られている。

「最近できた公園で撮ったのよ。」

陸の孤島のようだった昔とは違い、東の都の住宅地は どんどん広がってきている。

人里離れたパオズ山からでも、ジェットフライヤーか 性能のよいエアカーがあれば

30分程度で大きな公園へ 行くことができた。

 

高校に行く年まで、悟飯は自宅で勉強をしていた。

途中からではあったが、悟天は小学校から通った。

だが パンは、幼稚園にも通わせるつもりでいる。

そのため 他の子供に慣れさせようと、ビーデルは時々 パンを連れて、

その公園を訪れているのだ。

「この時は途中でお義父さんに会って、

空の上でのことだ。 ビーデル達は、ジェットフライヤーに乗っていた。

「行ってみるか、ってことになったんだね。」

写真を手にした悟天が、口を挟んでくる。

「でもさ、誰なの これ。 きれいな女の人達だね。」

「みんな、小さい子がいるお母さんよ。 あの辺りは新しい町だから、若い家族が多いの。」

「ビーデルのママ友達ってことか。 お父さん、きっと このせいですよ。」

うなだれたままの父親に向かって、悟飯が声をかける。

「気を探るまでもありません。 居場所は言ってなかったけど、お母さんはC.C.にいます。」

 

悟空は ようやく、ぼそりと言葉を発する。

「なんで わかんだ?」 「番号が表示されてましたから。」

メカに強いとは言えないチチは、そこまで気が回らなかったのだろう。

あるいは本当は、早く迎えに来てほしいのかもしれない。

「迎えに行ってあげてください、 お父さん。 一言 誤解だって、言えばいいんですよ。」

ビーデルも言い添える。

「そうですよ。 わたしからも説明します。」

「それだけじゃねえんだ。 オラが修行ばっか やってることや、

しかし その件については、チチはしょっちゅう小言を口にしている。

「・・・死んじまってたことも、すげえ怒ってるみたいだった・・。」

 

重苦しい沈黙。  その場にいた者は皆、深いため息を吐いた。

まだ赤ん坊である パン以外は。

 

しばしののち、悟飯が口を開いた。

「仕方がないですよね。」

言葉を切って続ける。

「お母さんは あの時、泣いて、泣いて・・。 心の底から悲しんでいましたから。」

「悟飯くん・・・。」

手の甲に、指先が触れた。

すぐ傍らに ビーデルが、まるで寄り添うように立っている。

 

時折 つっかえながらも、ぽつりぽつりと悟空がつぶやく。

「だけどよ、オラは・・  おめえたちやチチのことを置き去りにするつもりで

 このうちを出てってるわけじゃねえぞ。 いつの間にか、なんでか そんなことになっちまうんだ。

 だからこそさ、もっと もっと腕を上げてよ、そうならねえで済むようにしてえんだ。

 オラが 朝から晩まで修行してんのは、そのためってのもあるんだぞ。」

言葉を切って、深く呼吸をする。 

「ま、 それだけってわけじゃねえけどさ。」

 

父親に向かって、悟飯は再び声をかける。

「お父さん、 言ったこと、お母さんに話したこと ありますか?」

「うーん・・  どうだったかな。」 首をかしげる。

「すぐにC.C.に迎えに行って、今の話をしてあげてください。

 自分の言葉で構わないんですから。」

 

やっと 笑顔を見せた悟空はうなずく。  そして、こう 言った。

「悟飯、おめえ ほんとに頭いいな。」

「・・お母さんのおかげですよ。」

答えを返しながら、悟飯はビーデルの やわらかな手を握り返した。

 

 

C.C.。 

トランクスは、チチから渡された写真を しげしげと見つめていた。

「あれ? もしかして、東の都に新しく できた公園じゃないかな、これ。」

 

捨てるに捨てられず 持ち歩いていた写真は、端が傷んで折り目が付いている。

「悟空さんも、公園に行ったりするんだ。 そうか、パンちゃんと一緒かな?」

「・・・。」

チチは はっとした。

そういえば・・  隣に写っている女は 確かに若く美しい。

が、 街中で働いている女とは どこかが違うような気がしていた。

それについては、トランクスが具体的に 言葉にしてくれる。

「公園に来てた若いお母さんなんじゃないの? みんな よく写真の撮りっこしてるよ。」

 

「どうやら誤解は解けたようだな。 あとは自分の家に帰ってからやれ。」

返事をしないチチにかまわず、ベジータは息子に向かって、電話をかけてやるよう 促した。

トランクスが受話器に手をかけた時、チチが口を開いた。

「それだけじゃねえだよ。」

まるで、ひとり言のように。

 

世間知らずだった自分とて、 もう すっかり いい年になった。

こんな結末なのではないかと、心のどこかで思っていた ふしもある。

だが、このようなことが起こると 決まって考えてしまうことがあった。

たとえば、今 同じ部屋にいるベジータ。

彼が地球に、C.C.に留まっているのは ブルマのためでもあるのだろう。

彼がブルマを愛し続けている理由、 その一つは、

彼女の 科学者としての力量を認めているからではないか。

そう。

自分には、そういったものが無いのだ。

 

いまや宇宙最強の戦士となった夫。 その妻は、誰でもよかったとは思わない。

けれども、自分でなくては ならなかったとも思えない。

そして・・・

その思いは、ある考えにいきついてしまうのだ。

 

だから あの時、 いくら待っても なかなか帰ってこなかったのだろうか。

だから あの時、 何としてでも生きて帰ろうとしては くれなかったのだろうか。

・・・

 

「チチさん、 大丈夫? 顔色が悪いよ。」

トランクスの心配そうな声で、我にかえる。

その時。 気を読むことができないチチにも、この場所の空気が変わるのが感じられた。

「ようやく 迎えが来たようだな。」  ベジータが、ひとりごちる。

 

悟空が現れた。

ひどく切羽詰まった、 どこか焦っているような、切なげな声で呼びかける。

「チチ・・・。」

 

まったく。 他の誰が、宇宙最強である この男に こんな顔をさせることができるというのか。

自分のことというのは、なかなか わからないものである。 本当に。

最終話 思えば思われる』に続く