316.ドラゴンボール

062.サイヤ式から書き始めましたサイヤ人パラレルの、

 ベジブルver.のエピソード1です。]

「願いは叶えた。 では さらばだ。」

 

「消えちゃった・・・ 」

まるで、映画でも観ているみたいだった。

宙に浮かび上がったドラゴンボールは 散り散りになってどこかへ飛んで行ってしまい、

真っ暗闇は昼の明るさに戻った。

だけど、辺りを見回しても何も変わっていない。

隣にいるのは、ドラゴンボールを探す旅の途中で知り合った 同い年の男の子だけだ。

 

「ステキな恋人なんて願い、神龍には わからなかったんじゃないか?」

そう言った彼の顔を見上げながら わたしは呟いた。

「そうかしら・・。」

 

願いは叶えた、 って確かに言ってたのに。

もしかすると、この男の子がそうなのかしら?

黒い髪を無造作に伸ばした、背の高い男の子。

照れ屋だけど 優しくて、それに とっても、とっても強い。

危ない所を何度も助けてくれた彼の手に、わたしは そっと触れてみた。

 

彼・・ ヤムチャの大きな手のひらが、ぎこちなく、

でも まるで 宝物を扱うみたいに わたしの全てに触れたのは

一緒に都に帰って、少し経ってからのことだった。

「神龍に頼まなくても、わたしたち こうなってたわよね?」

「食べきれないほどのイチゴにしておけばよかったな。」

ベッドの中でお互いの体温を感じながら そんなことを言い合って、わたしたちは笑った。

 

大学の長い夏休み。

レーダーを完成させたわたしは、ドラゴンボールを探す旅に出た。

わたしにとってそれは、冒険・・ ゲームのようなものだった。

どうしても叶えたい願いなんて無かった。

あの頃のわたしは、それくらい幸せだった。

 

せっかく七個集めたドラゴンボールにあんな願いを唱えてしまって、

どれほど後悔することになるかなんて、知る由もなかった。

 

この都が、 地球が、

異星人からの襲撃を受けて壊滅状態に陥るのは、それから数ヵ月後のことだった。

 

異星人は数え切れる程度しかおらず、武器らしきものも持っていない。

なのに軍隊も、どんな兵器も役に立たない。

TVが機能しなくなり、情報も次第に入らなくなる。

どのくらい人が死んでしまったのか、

他の地域がどうなっているのか、見当がつかない。

 

わたしは思った。  ドラゴンボールに頼るしかない。

だけど、復活するまで まだ半年以上もある。

わたしは、旅の途中で聞いた話を思い出した。

 

ドラゴンボールは、もともとナメック星という星の人が 造り出したものだというのだ。

異常気象のせいで ずいぶん数が減ってしまったけれど、

生き伸びた人々は小さな村を作り、静かに暮らしているという。

 

「ナメック星のドラゴンボールは、一度に三つの願いを 叶えてくれるっていうのよ。

それに、復活も地球のものよりずっと早いの。」

 

そう。

わたしは、地球一の科学者である父さんが作った光速宇宙船でナメック星に行き、

平和を好む穏やかな民族だという彼らに頼んで ドラゴンボールを貸してもらおうと考えたのだ。

 

不確かな話に、父さんもヤムチャも反対した。

けれども、わたしたちが避難している地下シェルターに

ケガをしている人たち数人だけでも かくまおうと外に出た時・・

母さんが亡くなった。

それで、父さんも決心した。

 

「心配しないでください。 おれも一緒に行きます。」

ヤムチャも そう言ってくれた。

 

大急ぎで 軌道のインプットやエネルギーのチャージを済ませ、

もう、あと、十分程で発進するという時.。 通信機の向こうに異変を感じた。

この宇宙船のことを異星人たちにかぎつけられたらしい。

「なんだ、おまえたちは。 出て行きなさい。」

声を荒げたことなど無かった父さんの怒声が聞こえてくる。

そして、その後、 鈍い音も・・・

 

「父さん! どうしたの!? 返事して・・ 」

「おれが見てくる。 ブルマ、ドアを開けてくれ。」

あっという間に、ヤムチャは外へ出てしまう。

彼は応戦するつもりだ。

 

「ダメよ、 戻って、 お願い・・・ 」

通信機に向かって、わたしは必死に訴える。

雑音に混じって、ようやく声が聞こえてきた。

「悪いな、 ブルマ、 一人にしてさ・・ 」

「一人って、どういうことなの。 ねぇ、 戻ってきてよ。」

「頼んだぞ・・・。」

 

宇宙船は、定刻通りに発進した。

空を飛ぶことができる異星人たちは、最初のうちは追ってきていたけれど

どうやら諦めたようだ。

 

父さんがわたしを宇宙船に乗せたのは、

地球から避難させたかったというのもあったのだろう。

そのことに気づいたわたしは コクピットの椅子に座ったままで、ずっとずっと泣いていた。

 

どんどん遠くなっていく地球を、この目に焼き付けておくこともせずに。

 

 

宇宙船は、ナメック星に到着した。

 

植物が、木が生えている。

センサーを使って、大気の成分を一応調べてみる。

酸素は十分で、地球と環境が似ているようだ。

これなら、マスクの類は使わなくて済む。

 

宇宙船から降りてすぐ、ドラゴンレーダーのスイッチを入れる。

「反応した・・・。」  よかった。

やっぱり、ドラゴンボールは この星にもあったんだわ。

 

わたしはカプセルからバイクを出して、レーダーが示す一番近い場所へ向かった。

住居らしい建物が並ぶ 集落が見えてきた。

けれども次の瞬間、目の前が暗くなるのを感じた。

よく見ると 地面に、人が何人も倒れている。

 

そして建物からは、地球を滅ぼそうとしている異星人たちと

同じ格好をした奴らが出てきた。

腕に、オレンジ色の球を抱えている。

地球のものよりずいぶん大きいあれは、ドラゴンボール?

奴らも、あれを狙っているの?

もしかすると、地球が襲われた理由も・・・

 

レーダーが示す、別のポイントに行ってみる。

そこも同じ状況だった。

ささやかな集落の周りに散らばった、たくさんの死体。

小さな子供までもが、容赦なく。

 

 

どうしよう。 どうしたらいいの?

このまま、地球に引き返す?

地球のドラゴンボールは、まだあと数カ月は石のままだ。

多分奴らは見つけていないだろう。 だけど・・・

 

わたしは、自分の手の中のレーダーを見つめた。

近くの岩に、思い切り叩きつける。

これだけは、奴らに渡したくなかった。

父さんのアドバイスも参考にしたけれど、これはわたしが作ったものだ。

 

叩き壊した破片の中から、心臓部にあたる部品を拾い上げる。

これさえあれば、また再生させることができる。

 

この判断は正しかった。

宇宙船に戻る前に、わたしは奴らに捕まった。

 

 

ナメック星は地球よりも小さいし、人口だってずっと少ない。

なのに、異星人たちは艦隊を率いてやって来ていた。

奴らは何故か、わたしをすぐに殺さなかった。

空母のようなものの中に連行される。

そこでわたしは、一人の男の前に引きずり出された。

 

射るように鋭い目をした、小柄な男。

他の奴らとは、身に着けているものが少し違う。

 

「ナメック星人ではないな。」

まるで、少年のような声。

「何故、こんな星に来た? 不時着か?」

白いグローブをはめた手で、わたしの顎を掴む。

「どこから来た?」

 

わたしは答えなかった。

どうせ 今頃、宇宙船も調べられているだろう。

「だんまりか。 ・・まぁ いい。」

 

男は 周りにいる部下に、目くばせで何かを命じた。

そして、わたしは別の場所へ連れて行かれた。

広くはなく、何も置いていないその部屋は、もう一つ 別の扉があるだけだ。

「あそこで体を洗え。」

 

どういうこと? 尋ねる前に、わたしはその場に一人にされた。

入口は既に閉ざされている。 仕方なしに、もう一つの扉を開けてみる。

驚いた。  これは・・・ 浴室?

 

大きなバスタブのようなものの中に、湯気があがった透明の液体が張ってある。

特におかしな匂いはしない。

恐る恐る手を浸す。 ・・・ 普通のお湯のようだ。

 

乗ってきた宇宙船には、シャワーがついていなかった。

急な出発で、そこまでは準備できなかったのだ。

限られた水を大切に使うしかなかったわたしは、

躊躇しながらも 衣服を脱いで、お湯の中に身を沈めた。

 

地球から持って来たものを全て奪われても、これだけは渡せない。

わたしは指先で、両耳たぶのピアスに触れた。

ドラゴンレーダーの心臓部は、この中に隠してあるのだ。

 

その時。 扉が開く音がした。 「きゃっ・・・ 」

湯気の向こうに見える人影は、さっきわたしに質問をした、あの男だった。

 

「何よ・・ どうして・・・ 」

答えない男の 屈強な腕に捕らえられ、背中から抱きすくめられる。

何とか逃れようと、必死に身をよじる。

すると男は わたしの耳たぶを口に含んで、ピアスを舌で転がし始めた。

気付かれてる・・・? 

どうやら、それは違ったようだ。

 

もがくことをやめたわたしの体に、調べるように指を這わせて男はつぶやく。

「体のつくりは同じだな。 尻尾がついてないだけか。」

腰に巻かれたベルトのようなものが尻尾だったということを、わたしはその時初めて知った。

 

その後のことは、思い出したくない。

わたしは 意識が朦朧とするまで、男に ・・・

 

お湯の中に崩れ落ちた後、抱きかかえられて どこかに運ばれたことだけは

かすかに覚えている。

 

 

次に目覚めた時、わたしは知らない星の、城の中の一室にいた。

清潔で、窓もついている部屋だけど、これは軟禁だ。

 

その部屋に男が訪れたのは、二日ほど経った夜のことだ。

食事に手をつけずに ベッドに横たわっているわたしに男は言った。    

「・・食え。 死ぬぞ。」

 

死んだ方がいいんじゃないの?  どうして、殺さないの?

そう言ってやりたいのに、口の中が渇いて、声が出せない。

 

手つかずの皿の中から、男が指先で何かをつまんだ。

背を向けたわたしの向きを変えさせ、口元にそれを差し出す。

・・赤い色をした、 木の実? 果実?

甘酸っぱい香りに鼻くうを刺激され、思わず口を開けてしまう。

瑞々しさが、口の中に広がる。

 

どことなく安堵したような表情で、男は私の口元に 何度もそれを運んだ。

 

わたしは呟く。  「これ、 イチゴに似た味がするわ ・・・ 」

 

あふれ出した涙が、止まらなくなる。

ベッドの上で、男はわたしを 後ろから抱きしめた。

あの、浴室での時と同じように。

 

けれどその夜、 男はわたしを抱かなかった。

 

泣き疲れたわたしは 男の両腕に包まれたまま、いつしか眠りに落ちていった。