172.『一人じゃない』

[ チビ』の続きのお話です。

ベジータとブルマは、中学入学を控えた12才という設定です。]

3月の初め。

親と一緒に制服を買いに出かけた。

平日のためか、店内に客はまばらだ。

人混みは鬱陶しいから これくらいがちょうどいい。

 

試着室の方からカーテンが開く音がして 間もなく、

少し前まで教室の 隣の席に座っていた女の声が聞こえてきた。

「あら、あんたも来たの。」 聞きなれた声、 見なれた笑顔。 

なのに見慣れない気がするのは・・・

 

「ねぇ、どう?」

俺の前に立ったブルマは、ポーズをつける。

モデルにでもなったつもりらしい。

 

「どうって、中学校の制服だろうが。」

「もうっ。 似あうかどうか 聞いてるのよ。」 「わからん。」

 

途端にふくれっ面になり、試着室に戻ると 乱暴にカーテンを閉めた。

 

ブルマの母親が笑いながら言う。

「あの子ね、あなたがいるかもしれないから 今日来たのよ。」

「ママ! 余計なこと言わないで!」 カーテンが開いた。

本人は 顔だけ出したつもりらしいが・・・

「あら、まぁ、ブルマちゃんったら。」 母親は至ってマイペースだ。

「え? キャーーー!!」

「チッ、下品な女め・・。」

 

 

翌朝。 登校の途中だというのに 雨がパラパラと落ちてきやがった。

 

走ろうとしたところに、後ろから人が近づいてきた。

傘がさしかけられる。

「天気予報、見なかったの?」 また、こいつか。

「もうすぐ卒業なのに、風邪ひいたら大変じゃない。」

 

そんなにヤワじゃない。そう言おうとした時、視線を感じた。

ヤムチャの奴の取り巻きで、いつもブルマを悪く言ってる女どもだ。

 

「・・余計なことするな。」

雨の中、校門に向かって、俺は駆けだしていた。

 

 

放課後。 また遅くなっちまった。 

掃除のやりなおしを命じられたためだ。

まったく あの担任ときたら、どうでもいいようなことにばかり拘るようだ。

まぁ、どうせ もうすぐ おさらばだ。

 

帰ろうと階段を下りていると、例の女どもとすれ違った。

俺に気づくと、バツの悪そうな顔をした。

リーダー格である一人以外は。

 

玄関に、ブルマがいた。 傘置場の辺りをうろうろしている。

 

「どうした。」

こちらを見ず、独り言のようにブルマは答えた。

「・・休み時間に見に来ればよかった。 教室に置いておけばよかったわ。」

 

雨が地面を濡らしている音が聞こえる。

 

これまでにもブルマは、何度か靴や持ち物を失くしていた。

出てきた時も、出てこなかった時もあった。

担任や周りに言わなかっただけで、そういうことは もっと何度もあったんだろうか。

 

俺には関係ない。 それなのにカバンを放り出して 俺は走っていた。

 

 

さっき下りたばかりの階段を駆け上がる。

子供の数が減った学校には、

プレイルームと名を変えられた 空き教室がいくつもある。

 

そのうちの一つの扉を開けると、さっきの女どもがいた。

そして、その足もとには女物の傘が転がっている。

 

「現場を押さえたとなれば、担任もさすがに黙っちゃいないだろうな。」

俺の言葉で、女どもは動揺したようだ。

 

「・・返してくれるなら、いいわよ。」

いつの間にか、俺のカバンを持ったブルマが 後ろに立っていた。

 

女どもの一人が、意外と素直に傘を渡す。

だが、リーダー格の女だけは開き直っているようだ。

「大金持ちなんだから、物を失くしたって気にしてないと思ってたわ。」

 

「そんなことないわ。 みんなと同じよ。」

少し悲しげな様子で、ブルマは続ける。

「この傘、昨日買ってもらったの。

本当は中学に入ってから 使うつもりだったんだけど・・

俺は、店で会ったブルマの母親の笑顔を思い出していた。

 

担任にちゃんと話せ。

そう言いかけた時、ふてぶてしい女の声がした。

「ベジータ、 あんた 知ってんの?」

「何をだ。」

「ブルマはね、ヤムチャとキスしたことがあるのよ。」

 

ブルマはすぐに言い返した。 だが、否定はしていなかった。

 

俺は言った。「俺には関係ない。 そんなことに興味はないんだ。」

たちの悪い女にではなく、ブルマに向かってだ。

 

 

その日から、俺はブルマの顔を見なくなった。

 

ブルマは何度も俺に話しかけようとしていたが、どうやらあきらめたようだ。

 

泣いたりはしないが、とてもつまらなそうにしていた。

 

ブルマの唇。 

大人の女のように化粧しているわけでもないのに、

なんであんなに紅い、花みたいな色なんだ。

 

あいつと初めて会った日から ずっと、俺はそう思っていた。

 

 

卒業式。 服装は、特に決められていない。

しかし、大半の奴は 制服のようで実はそうではない、という格好をしていた。

(一部の派手な女どもは、髪をセットし 着物まで着ていた。

カカロットとクリリン・・ ヤムチャの野郎は道着姿だった。)

 

俺は何でもよかったが、面倒なので 中学校の制服を着た。

これなら誰も文句は言わないはずだ。

 

そして、ブルマ。

大金持ちの一人娘であるあいつが 何を着てくるか、皆 興味津津だっただろう。

 

「・・物好きだな。 入学しちまったら、イヤでも毎日着ることになるんだぞ。」

口をきくのは久しぶりだった。

 

着崩すことなく 中学校の制服に身を包んだブルマは、

少しだけ驚いた顔をしたあと にっこりと笑った。

「わたしは何でも似合うから、いいのよ。」

そして、小さく付け加えた。 「おそろいね。」

 

 

4月。 入学式を無事に終えて、わたしたちは中学生になったのよ。

 

神様にたくさんお願いしたせいか、

わたしとベジータは また同じクラスになったの。

(孫くんたちは、また隣のクラスだったわ。)

 

中学校は 規則がとっても多くて、

班や席まで先生が決めてしまうこともあるのよ。

わたしみたいな子が、たくさんいたせいかもしれないわね。

 

「大女のせいで、黒板が見えにくいな。」

 

そう。 今、ベジータの席は、隣じゃなくてわたしの後ろ。

だって、ほら、出席番号順だと・・・。

 

「わたし、大きくないわよ。 あんたが小さいんでしょ。」

 

クリリンくんは別のクラスになったから、

ベジータは背の順で 一番前になっちゃったわ。

それで 少しでも大きく見せようと、前髪を上げて逆毛を立てるようになったのよ。

おかしいわね。

 

「ねぇ。」 「・・なんだ。」

話したいことがあったんだけど、先生が来ちゃったから やめておくわ。

中学生になってから、叱られちゃうことが ちょっと増えたの。

後ろを向いてばかりいるせいかしら。

 

あのね、ベジータ。

わたしは、背が高い人が好きってわけじゃないのよ。 

だから、ゆっくり大きくなってね。

 

だけど いつか、あんたがわたしの背を追い越したら・・・。

 

そんなことを考えてたら、なんだかとっても楽しくなって、

このクラスのことも好きになれそうって思ったのよ。