109.『いたずら』

動悸・息切れ・眩暈』というお話と出だしの部分が被っていますが、

別の内容です。

結局はラブラブなんですが、結ばれるきっかけを、少し違えてみました。]

「ちょっとー、飲んでないじゃない!」

席を立ち、食堂から出て行こうとするベジータを、わたしは大声で呼び止めた。

母さんが出かけてしまったため、今日は わたしが、この男の夕食を整えた。

そう。 作った、ではなくて整えた。

母さんが作っておいてくれた料理を、温めたり お皿に盛りつけたりしただけ。

とはいえ、とにかく量が多いから、結構大変だった。

だから グラスに口をつけなかったことに、ちょっと腹が立った。

 

足を止め、ベジータは素っ気なく答える。

「それは酒だろう。 俺は酒は飲まん。」

「どうして? 嫌いなの? もしかして、アルコールに弱いの?」

「違う! バカを言うな!」

弱いという言葉が、気に障ったのだろうか。

彼は語気を強め、一気にまくしたてた。

「必要がないからだ。 腹の足しにも、栄養にもならん。

 それに酔いは、判断を鈍らせる。 酔っている時に敵が現れたら どうするんだ。」

 

「…おおげさね。」

肩をすくめて見せた後、わたしは こう尋ねてみた。

「じゃあさ、戦いが終わった後ならいいの? 勝利の美酒っていうじゃない。」

「フン。 そんなものは、卑しい下級戦士どもの習慣だ。」

「ふうん、下級戦士かあ。」

それを聞いた わたしは、こんなことを口にする。

「孫くんは、お酒も強いみたいね。」

実はこれ、嘘なんだけど…  案の定、ベジータの表情が変わった。

反応が見てみたくて、さらに続ける。

「やっぱりさ、戦う男は そうでなくちゃ。 大の男が全然飲めないって、ちょっと かっこ悪いわね。

 え? ちょっ… ベジータ!!」

 

ベジータが、膝をついて崩れ落ちた。

お酒を飲んだせいだ。

ただし、わたしが注いであげたワインではない。

棚にあった瓶を勝手に取り出し、手刀で開栓して、半分以上を飲み干してしまったためだ。

「何やってんのよ、バカね! これはカクテル用の、ものすごく強いお酒なのよ!」

強いという言葉に、反応したのだろうか?

ベジータの口の端が、わずかに持ち上がった。

だけど ぐったりしたままで、瞼が開く気配はない。

仕方がない。

手伝いロボットに指示して、部屋に運ばせることにした。

 

ベジータの部屋。

ベッドの上に、横向きに寝かせる。

「うーん、でも… 」

体温が低下しているようでもないし、呼吸も特に おかしくない。

「倒れたのは、日ごろの疲れもあるのかもね。 この男の場合。」

それでも念のため、衣服を緩めてあげる。

ボタンをはずして前をはだけると、鍛え抜かれた胸元が露わになった。

 

「…。」

それを見て、思いついた。

目が覚めた時、わたしが隣にいたら どう思うだろう。

慌てるかしら。 いったい、どんな顔をするのかしら?

うふっ、何だかワクワクしてきた。

けど、ただ寝ているだけじゃ インパクトが弱い。

「服も、しわになっちゃうしね。」

そう自分に言い訳をし、着ている物を脱いでいく。

さすがにオールヌードになる勇気はなく、下着姿で横になった。

 

規則的な吐息に混じった、アルコールの匂い。

それとともに、彼の肌の匂いに、鼻孔をくすぐられる。

ベッドの上で、向き合う形で 顔を、うんと近づけてみる。

閉じられた唇に、わたしのそれで そっと触れる。

なんとなく、つい なんとなくだ。

だけど、それだけ。

それ以上のことはできず、おとなしく横になる。

だって どうせなら、ベジータの方から してほしいもの。

そんなふうに思ってしまうのは、わたし、この男のこと…。

 

小さなライトだけを灯した、薄闇の中。

あれこれと想いを巡らせながらも、いつの間にか、眠りに引き込まれていった。

 

どのくらい経ったのだろう。

ベジータの声で、わたしは目を覚ました。

「な、なんだ! どうなっている? 何故 俺は、それに貴様まで、こんな所にいるんだ!」

やったあ、かなり 動揺しているみたい。

「強いお酒をがぶ飲みして、倒れちゃったんでしょ。 びっくりしたわよ。」

予想以上の反応に、満足しながら続ける。

「で、介抱してあげてたらさ、強い力でいきなりよ…。 ひどいわね、覚えてないなんて!」

 

とは言ったものの、おかしいということは、すぐに気付くはずだ。

彼の方は 上に着たシャツをはだけているだけだし、わたしの格好だって、いかにも中途半端だ。

それなのにベジータときたら、何だか ひどく うろたえている。

「なんてことだ、なんということだ! ちくしょう、だから酒は毒だというんだ!」

両手で頭を掻き毟り、まるで叫ぶように訴える。

「貴様、よくも…。 もしや、謀ったのか?この俺様を!」

「はあ? 何言ってんの?」

 

まあ確かに嘘なんだけど、ちょっとした いたずら心、冗談ではないか。

「いい大人が、ずいぶんとおおげさなのね。 もしかして初めてだったとか? まさかね!」

少々しらけてしまった わたしは、そんな捨て台詞を吐き、ベッドから下りようとした。

その時。

「当り前だ!」

「え? 何が?」

「いいか! 俺は貴様のような、下品な人間とは違う。

 女と寝るということ、それは結婚を意味する。 

つまり、寝た相手とは必ず、結婚しなくてはならないんだ!」

「ええーーーっ!」

 

ず、ずいぶん古風なのね…。

「そんなあ、サイヤ人ってそうなの? でも そんなの、誰も守ってないわよ、きっと。

 だいいちさ、もう ほとんど死んじゃって、残ってないんでしょ? だったら なおのこと、」

気にすることなんか ないわよ。

そう続けようとした。

なのに いきなり、強い力で、勢いよく仰向けにされた。

「くそっ、こうなったら、」

「な、何よ? … きゃあっ!」

着けていた下着を掴まれ、力任せに引きちぎられる。

「ちょっと! 何すんのよ!」

「フン。 今さら何を勿体ぶってやがる。 妻なら妻らしく、ちゃんと務めを果たせ。」

「妻なんて、勝手に決めないでよ、 ああっ… 」

「黙れ。 これは王族にのみ、伝えられる掟だ。 

母星が無くなったからといって、破ることは まかりならん。」

「そんな…。 あん、バカ、そんなふうにしちゃ痛いわ… あっ、あっ、」

 

… 結局、嘘から出た真、 本当のことになってしまった。

[ ごめんね、冗談なの。 ただ隣で寝てただけで、何にもしてないわ。

  あんたの驚いた顔が、見たかっただけなの! ]

覆いかぶさる背中を叩き、そう伝えることはできた。

なのに しなかった理由、 それは…。

頭に浮かんだ言い訳は、キスによって掻き消された。

やや乱暴で ぎこちない、わたしたちにとっての 何度目かのキスだった。

 

その後 ベジータは、重力室だけでなく 外でトレーニングすることが多くなった。

それでも戻って来た時は、必ずベッドを共にした。

「うふ。 あんた よっぽど、わたしの体が気に入ったのね?」

「チッ、何を言ってやがる。 うぬぼれるな!」

「えー、じゃあ どうしてよ? サイヤ人は、意外と愛妻家なの?」

「それも違う!」

ぴしゃりと否定した後で、彼は こう説明した。

「俺は自分の血を残すことには興味がなかった。 どちらかといえば、今もそうだ。

 だが、機会を得たからには… 」

「子供が欲しいってこと? わたしとの?」

「ただし、産むのなら男のガキだ。 戦闘力はもちろん、知能も高くなくては認めん!」

 

[ そんな!勝手なことばかり言わないでよ! わたしには、仕事だってあるんだからね!]

それは結局、口にはしなかった。

それよりも 楽しみな気持ちの方が、勝ってしまったからだ。

「そうなればいいわね。 強くて頭のいい、悟飯くんみたいな子なら わたしも欲しいわ。」

「あいつらの話はするな!」

不機嫌になったベジータ。

だけど出て行くことはせず、わたしの上に、もう一度 のしかかった。

 

トランクスを授かったのは、それから間もなくのことだ。

生まれてきたのは 食いしん坊で、とっても元気な男の子。

頭だって、きっと いいに違いない。

それなのにベジータは、抱いてやることもせず、あまり うれしそうな顔をしていなかった。

彼が少しずつ、父親の顔を見せ始めたのは…

大きな戦いが、終わった後だった。

 

それから さらに月日は流れ、わたしは再び 身籠った。

いろいろなことがあったけど、ベジータは今のところ、わたしたちの元を去っていない。

結果的に、かもしれないけれど 彼なりに、夫としての責任を果たしているのだろうか。

わからない。 だけど、多分、きっと…。

 

彼に向かって、わたしは告げる。

「今度はね、女の子みたいよ。」

「フン…。」

「残念? 戦闘力の高い 男の子がよかった?」

「別に、もう どっちだってかまわん。」

素っ気ない、冷たいとも思える台詞だ。

それでも 今、ベジータは、わたしの膝に頭を乗せて、膨らんだおなかに耳を当てている。

「まあ、女の子もいいわよね。 うちには もう、トランクスがいるんだし。」

そのトランクスは ついさっき、居間から出て行ってしまった。

こういう光景は見慣れているはずだけど、やっぱり年頃なのだろう。

 

ふと思い立ち、話を切り出す。

「ねえ?」 「何だ。」

いろんなことがありすぎたため、自分でも忘れていたことをだ。

「あの夜… あんたが酔っぱらって倒れた、あの最初の夜ね。

 本当は、何も なかったのよ。 同じベッドで、一緒に眠っただけなの。」

「…。」

沈黙。 彼は何も言ってくれない。

どうしよう、やっぱり怒っただろうか。

[ ごめんね。 すぐにバレると思ったし、ちょっとしたいたずら心だったの。

 お詫びに一生、あんたのそばにいて、尽くしてあげる!]

その言葉を口にする前に、ベジータは こう言った。

「フン。 そんなこと、とっくに気付いていた。」

「そうなの? いつから?」

「初めからだ! 見え見えの嘘をつきやがって!」

「うっそお! それは嘘だわ。 そんなふうに見えなかったわよ。 それに…」

そうだとしたら、何のため?

わたしを、自分のものにするため?

どちらかの、いたずら心から始まった関係。

だけど もう、どっちだって構わないの。

 

おなかの中にいる、小さな女の子が ぴょこんと動いた。

ベジータが、それで ようやく顔を上げる。

さて、今 彼はいったい、どんな顔をしているだろうか。