『 迷わない強さ 』
[ 『娘』の前の日のお話です。(ちょっと繋がっていない部分がありますが・・)]
アパートの一室、 悟天の部屋。
わたしは そこで、彼の帰りを待っていた。
外はもう真っ暗だ。 カーテンを閉める。 何度も 何度も時計を見る。
「時間切れね・・。」
かなり急いだとしても、門限に間に合うかどうか わからない。
仕方なく部屋を出て、ドアに鍵をかけようとした その時。
「悟天。」
彼の気が、 車が近づいてくるのがわかった。
サイヤ人の血を受け継いだ子供の一人だというのに、武術を教えられずに育った。
それは、パパの意向によるところが大きい。
だけど わたし自身も、あまりやる気が起きなかったのだ。
そんなわたしだったけれど、悟天の気だけは感じ取ることができた。
急いで階段を下りていく。
悟天は、カプセルに車を収納しようとしているところだった。
「ブラ。」 わたしに気付くと、彼は笑顔を見せた。
けれども、すぐに時計を見る。
「わっ、 こんな時間だよ。 ダメじゃないか。」 「うん、だけど・・・ 」
話したいことがあった。 どうしても、顔を見て話したかった。
「急いで帰らないと。 さ、乗って。」
車のドアを開けながら、黙ったままの わたしに続ける。
「門限を破って外出禁止にでもなったら、おれが寂しくて困っちゃうんだよ。」
その一言で わたしは、仕方なく車に乗り込んだ。
いつもよりも 口数の少ないわたしに向かって、悟天が尋ねる。
「何かあったの?」
本当は、もう少し落ち着いた場所で話をしたかった。
だけど仕方ない。 信号が青に変わるまでのわずかな間に わたしは告げた。
「あのね、 赤ちゃんができたみたいなの。」
「え? ・・・ えーーーっ。」
ハンドルから手を離して、悟天がこちらの方を向く。
次の瞬間、後ろの方からクラクションの音が鳴り響いた。
「悟天! 信号、青よ。」 「うわっ、いっけない・・。」
道路の脇に車を寄せて、彼は尋ねる。
「ホントなのかい、ブラ。」 「うん。まだ、自分で調べただけなんだけど。」
その後 もしも、気まずい沈黙が流れたりしたら、わたしは泣いていたと思う。
けれども悟天はこう言った。 「すごいなあ・・・。」
「えっ?」 何が?
「これまで、どこにも無かった新しい命ってことだよね。 すごいよ。」
そして、また尋ねる。 「赤ちゃんってさ、どこらへんにいるの?」
わたしのおなかのあちこちを、不思議そうに手で触れながら。
「多分・・ このあたりかしら。」
温かくて大きな手の甲に、自分の手のひらを重ねてみる。
「へえ・・・ 」 悟天は感心しているようだ。
「気とか、もう感じる?」 「うーん。」
わたしからの質問に、頭をかいて答える。
「ちょっとだけなら感じるような・・ でも、よくわかんないや。」
「まだ、小さすぎるせい?」
「そうだね。 でも、もしかしたら おれの修行が足りないせいかも。」
そんなふうに笑った後、彼は言ってくれた。 しっかりと、わたしの目を見つめながら。
「結婚、してくれるよね。」
「うん。」 深くうなずく。
「ちょっと、考えてたより早くなっちゃったけど・・・。」
「そうね。 だけど、うれしい・・。」
わたしは まだ学生だ。 決めるべきこと、考えなくてはならないことはたくさんある。
それでもきっと、何とかなる。 そう思う。
だって 若いということは、体力も時間も、うんとたくさんあるってことだから・・・。
「病院、 まだ行ってないんだろ。 明日、一緒に行こう。」
「でも 悟天、仕事は?」
「早めにあがらせてもらうよ。 ちゃんと診てもらってさ、そしたら、 」
言葉を切って、深く呼吸をした後 彼は告げた。
「C.C. に挨拶に行くよ。」
正直言って、わたしも怖かった。
ママはともかく、お兄ちゃん、それにパパはいったい何て言うだろう。
わたしは その時、多分心細げな顔をしていた。
それを見た悟天は、こんな言葉でわたしを笑わせようとする。
「子供の顔を見ずに死ぬなんてイヤだな。 死んでも死にきれないよ。」
「まさか。 いくら パパだって、そこまでは・・ 」
すると、ちょっとだけ真顔になって彼は言った。
「ブラ。 もしおれがベジータさんに殺されたら、ドラゴンボールを探して生き返らせて。
きっとだよ。」
笑いながら わたしはうなずく。
「もちろんよ。 だけど まずは、ドラゴンレーダーを探さなきゃ。」
わたしが小さかった頃、パパは家のどこかにレーダーを隠してしまったのだ。
「そうなんだ。 なんで隠しちゃったんだろ?」
「わたしが、勝手に使おうとしたからよ。」
「ブラが? どんな願いを叶えようとしたの?」
「それはね・・・。」
早く大人になりたかったの。 悟天に、追いつきたかったのよ。
言い終わらぬうちに、唇が重なる。
不安もたくさんあるけれど、悟天がいてくれるなら わたしは幸せ。
本当に、本当に幸せよ。
いつものように、家の近くまで送ってもらって車を降りた。
明日、病院へ行くのに待ち合わせる時間については 後で電話をくれると言った。
門限の時刻はとっくに過ぎている。
わたしは急いで家に入った。
「ただいま・・・。」 「遅いぞ。」
玄関には、不機嫌そうなパパが待ち構えていた。
言い返したりはせず、素直に頭を下げることにする。 「ごめんなさい。」
するとパパは意外にも、それ以上は怒らずに立ち去った。
「これからは気をつけろ。」
その一言だけを残して。
その後、入れ替わるように部屋から出てきたママが
「おなかすいたでしょ。 早く夕飯にしなさい。」 と声をかけてくれた。
夕飯を済ませたわたしは、自分の部屋には戻らず 居間にいた。
ここには家族や親しい人の、たくさんの写真が飾られている。
まだ少年だった頃の悟天が写っているものもある。
手にとって笑いかけた後、亡くなった祖父母の写真を見つめる。
おじいちゃんとおばあちゃんの笑顔は、とっても優しい。
一度でいいから わたしも、二人と話をしてみたかった・・・。
その時。 お兄ちゃんが居間にやってきた。
あいかわらず帰りは遅いけれど、常宿にしていたホテルを引き払ってからは
顔を合わせることが多くなった。
「父さんに、あんまり叱られなかっただろ。」
「うん・・。」 口答えをしなかったのが、よかったんだろうか。
「母さんが時計を遅らせてくれたんだよ。 クラシックな手だけど、効いたんだな。」
黙っていたわたしに向かって、お兄ちゃんは続ける。
「母さんに、心配かけるなよ。」
近頃のお兄ちゃんときたら、二言目には そればかりだ。
だけど今日は、言い返すのは やめにする。
わたしは考えていた。
お兄ちゃんを身ごもった頃の、ママの気持ちを。
わたしの時とは違って、パパとママの間は まだまだ不安定だったという。
異星人で、侵略者だったパパ。
いつ姿を消してしまっても おかしくないし、明日、宇宙へ戻ると言いだすかもしれない。
それでもママは、お兄ちゃんを産んだ。
優しい両親が応援してくれただろうし、経済的な不安とも無縁だ。
だけど、やっぱりすごいと思う。
そのことを思えば、お兄ちゃんの気持ちもわかるような気がするのだ。
「・・ブラ。」 「えっ?」
お兄ちゃんが何かを言おうとした その時。
ポケットに入れていた携帯が鳴った。 悟天からだ。
「出ろよ。」
そう言って、お兄ちゃんは居間から出て行った。
「内緒で付き合っていくなら、もう少し うまくやれよ。」
そんな言葉を付け加えて。
悟天との電話を終えた後、わたしは自分に言い聞かせる。
「内緒で会うのは もうおしまいよ。 わたしたち、結婚するの。
だって わたしは、お母さんになるんだから。」
飾られている写真に目をやる。
ママにそっくりなわたし。
パパのことを愛して、お兄ちゃんを産んだ強さ。
それも ちゃんと受け継がれていればいい。
さっき悟天が触れたおなかをさすりながら わたしは、そんなことを考えていた。