『君のいない未来』

10の9/18前後にupしました、未来編のクリパチです。

Atonement』という話を以前書いてまして、それを広げた形になりました。]

「ちくしょう・・。」

もう何度 同じ言葉を口にした、あるいは思い浮かべたことだろう。

唯一無二の相棒だった弟は死んだ。

いや、消滅させられたのだ。

生き残りの 最後の戦士、飛躍的に力を伸ばしたトランクスによって。

 

弟の仇を討つべく 猛攻を仕掛けた彼女だったが、

空中で突然体が硬直し、地面の上に落下した。

目を覚ました彼女は、その理由が ブルマの作った動作停止装置なる

機械のせいであることを知らされた。

 

とどめをさすことをせず、トランクスは立ち去った。

だが、情けをかけたわけではない。

手足を動かすことすらできない状態のままで、路上に放置したのだ。

 

数日が経過した。

強風、 舞い上がる砂塵。 

激しい雨があがった後の、じりじりと照りつける日差し。

その程度で衰弱するほど やわに作られてはいない。

しかし、心地よいはずがない。

どのくらいの年月がかかるのか見当がつかないが、

改造されていない生身の部分が障害を起こし、いずれ死に至るまで、こうしていろというのだろうか。

 

「ちくしょう。」

だから 何度も、弟に向かって訴えたのだ。

『ブルマを殺しちまおうよ。 半壊のC.C.ごとさ。 大っキライなんだよ、科学者なんて。』

なのに 彼女の弟は、首を縦にはふらなかった。

『オレたちに挑んでくる物好きは もう、トランクス一人だけなんだぞ。

サポートや入れ知恵をしてやる奴がいなきゃ つまんないよ。』

 

・・・ それが、このザマだ。

「ちくしょう・・・!」

呪詛の言葉を、もう一度 舌にのせようとした その時。

「おいっ、 君!」

男の声が 耳に届いた。

「生きてるのか?! こんな所に倒れてるなんて。 大丈夫か? ケガしてるのか?!」

 

視線を向けると、小柄な中年男が駆け寄ってくるのが見えた。

「失せろ、 オッサン。 あたしに触るな。」

悪態にひるむことなく、男は彼女を抱え上げた。

体格にそぐわない、たくましい両腕で。

そのうえ・・・   「!!」

驚いた。

そのままの姿勢で、地面を蹴って 空高く浮かび上がる。

 

たいした距離ではなかった。

けれども 男は、たしかに空を飛んだ。

動くことのできない彼女を、自分の住居に運び込むために。

 

ベッドの上に寝かせて、汚れた顔や手足を拭いてやる。

「何しやがる。 余計なことするな!」

「外傷は ほとんど無いみたいだけどなあ。

骨も折れてないようだし。 神経とか、そっちなのかな。」

彼女が動けないことについて、言っているのだ。

「それだけ喋れるんなら、打ちどころが悪いってこともないか。」

そんなことを付け加えて笑う。

 

何者なんだ、 この男。  空を飛べるような奴が、まだ いたのか・・・。

彼女はハッとした。

思い出した。

こいつ、死んじまった孫悟空の仲間の一人だ。

まだガキだった孫悟飯をサポートしていた奴だ。

ずいぶん老けたから、すぐには わからなかった。

生きていたのか。 だったら、どうして 今まで・・・。

 

「なんだい? そんなに ジロジロ見て。  どこかで会ったことあるっけ?」

「・・・。」

「君みたいなキレイな子、 一度見たら忘れないと思うけどなあ。」

軽口のような言葉の後で、男は こんな話を始めた。

「もっとも おれ、 ここ10何年よりも前の記憶、ほとんど無いんだ。

 ひどいケガをしたせいでね。」

それは間違いなく、自分か弟の攻撃によるものだろう。

「まあ そんな昔じゃ、君は赤ん坊か、まだ産まれてないくらいだよな。」

 

TVが機能しなくなって久しい。

人造人間の顔を知らない者は、実は 少なくなかった。

 

「あっ、 でもさ、名前はわかってるんだ。

 クリリンっていうんだ。 おっさんのくせに、ヘンな名前だよな。」

・・・ やはり そうだった。

「介抱してくれた人から聞いたんだ。

 一緒にいた奴が、おれのことをそう呼んでたんだって。

 そいつの方は死んじまったんだけどね・・。

 君、 名前は何て言うんだい?」

 

18号だよ。 

そう言ってやったら、この男は どんな顔をするだろう。

 

その時、彼女は気付いた。

体を、動かせるようになっていることに。

 

手足が、体が自由に動く。

彼女が飛び起きたのは、そのことに気付いたのと ほぼ同時だった。

けれど、勢いよくベッドから飛び降りた 次の瞬間。

 

「・・・っ! くそっ・・ 」

床に置いてあった物に足をとられ、よろけた。

汚れた顔や手足を拭くために用意された、お湯の入った洗面器だ。

そこらじゅうが水浸しになる。

「あーあ。 じゃなくって、おい、 動けるのか? 大丈夫なのか?」

 

問いかけに答えを返すことなく 彼女は、まるで蹴破るように扉を開けて 外に出た。

辺りを見回す。

いない。

放置した場所に姿がないことに気付いたトランクス、

あるいはブルマかもしれないが・・

例の装置を持って やって来たかと思ったのだ。

 

追いかけてきたクリリンが声をかける。

「動けるようになったんなら よかった。

けど、あんな状態で倒れてたんだ。 もうちょっと休んだ方がいいよ。」

 

・・・ 今すぐに、C.C.まで飛んで行くのは簡単だ。

離れた場所から狙いをつけて、破壊してやることも容易い。

けれど もし 、それを察知したトランクスがブルマを避難させ、不在だったとしたら意味がない。

認めたくないことであるが、真っ向勝負では もう、彼女に勝ち目はなかった。

 

あの いまいましい、動作停止装置。

小さなリモコンにしか見えない あの機械、あれときたら

指先一つで こちらの動きを封じ込めてしまうのだ。

 

目の前にいる、小柄な男を見つめる。

こいつを人質にすれば、ブルマだけは殺せるかもしれない。

それも いい。

トランクスの泣きっ面を見てやることだけはできるだろう。

だが それも、確実とはいえない。

自分には及ぶべくもないだろうが、戦士の端くれだった この男も、多少の力はあるのだろう。

 

「くそっ、 ・・・ 」

悔しさが こみ上げてくる。

弟さえ いてくれれば。

あいつと組んでさえいれば、あんな機械に屈することなどなかった。

トランクスが どれだけ強くなっていようが、勝算はあったはずなのに。

 

「なあ、 君さ、 」

それには構わず、クリリンは あくまでも明るく話しかける。

「動けるんなら体を洗ってきたら どうだい?」

さっきは、顔と手足を拭いただけだった。

「黙れ! あたしに構うな。」

「だって 服も ひどいし、 正直言って・・ 」

 

そう言うと彼は、ほとんど無いように見える鼻をひくつかせた。

たしかに、何日もの間 路上に仰向けのまま、雨ざらしだったのだ。

地面の硬さ、 吹き付ける風。 容赦なく降りしきる冷たい雨。

それらときたら、消されたはずの遠い記憶を、次々と呼び醒ましてくれた・・・。

 

「チッ。」

さまざまな感情を振り払うかのように、彼女は大きく舌打ちをした。

 

 

クリリンが準備してくれたお湯に、ゆっくりと体を沈めながら

彼女は考えている。

もし、 自分がすぐに行動しなかったとしたら。

人造人間は滅びた、もう現れない。

生き残った人々は喜び、快哉をあげるだろう。

そして その後、時間をかけて 少しずつ 都市を再生させ、快適な暮らしを取り戻していくだろう。

もしかすると トランクスがリーダーに祭り上げられるかもしれない。

人造人間を倒した英雄として。

 

ある考えが、頭に浮かんだ。

 

・・・ しばらくの間、 身をひそめてみるか。

 

抹殺され、地獄へ送られることが決まっているのなら

せめて、 少しでも多く、トランクスの奴にダメージを与えてやりたい。

それに・・・

地球上の大都市を壊滅させてしまってからは、はっきり言って あまり面白くなかった。

小さな村や せこい集落など、まばたきをする間もなく灰になってしまう。

 

最初の頃は、それは楽しかった。

弟と二人で夜空に浮かび、大都会の きらびやかな夜景を見降ろす。

左右の手を交互にかざし、二人して まるで競争みたいにエネルギー波を発射した。

色とりどりの光が、真っ赤な炎に呑み込まれ・・・

本当に美しい花火だった。

もう少し待てば、あんな光景が、また見られるかもしれない。

しばらく、おとなしく していれば・・・。

 

 

お湯からあがった後 彼女は、

やはり クリリンが用意してくれた服に着替えた。

女ものだ。

どことなく古臭い感じがしたが、さっきまで着ていたやつよりはマシだった。

一人身らしいのに、何故 こんな物があるのだろうか。

 

「これから、行くあてはあるのかい?」

「・・・。」

「特にないんだったら、しばらく ここにいたらどうかな。」

答えない彼女に向かって、慌てた様子で付け加える。

「もちろん、ヘンな意味じゃないよ。 

このとおり、おれは もう、すごいオッサンだからね。」

「フン、 あたりまえだ。」 

・・・

それが、承諾の言葉となった。

 

「そうだ、さっき 聞きそびれたよね。 教えてくれよ、 名前は なんていうんだい?」

しばしの沈黙ののち、ある名前を 彼女は口にした。

「へえー。 いい名前じゃないか。  ちょっと男っぽいけど、君に よく似合ってるよ。」

 

実は、それは彼女の弟の名前なのだった。

 

 

あの日からクリリンは、何度も こう言っていた。

『おれは もう おっさんだからね、そんな気はないよ。』

 

なのに、彼女は身ごもった。

それが可能だということは わかっていた。

だが実際に起きてしまうと、やはり驚く。

改造手術の際、ドクターゲロは一体、何を考えていたのだろうか。

それを思うと、胃の中の物を全て、残らず出してしまった後も 吐き気が止まらなかった。

 

ひどく苦しげな彼女の、華奢ともいえる背中をさすってやりながら クリリンは訴えかける。

「イヤなのは よくわかるけど・・・ 赤ん坊、産んでやってくれよ。」

「・・・。」

「おれさ、本当だったら子供がいたはずなんだ。

記憶が飛んじまう程の大ケガをしたって、前に教えたろ。

その時 世話をしてくれた人とのね。」

 

この家においてあった、何枚かの女物の服のことを思い出す。

持ち主は もう いないというのに、きちんと畳んで仕舞ってあった。

 

彼に向かって、彼女は尋ねた。

「なんで いないの? 死んだのかい?」

「ああ。」

「・・・ 人造人間に やられたってわけ?」

「違うよ。」

すかさず否定する。

「お産の時に、どっちもね。  あんまり、丈夫な人じゃなかったんだ。」

「ふうん・・・。」

 

たとえ、そうであったとしても。

混乱していない世の中で、しかるべき治療を受けていれば助かったのではないか。

間接的には、自分が殺したと言えるかもしれない。

 

「だからさ、今度は絶対、元気に産まれてきてほしいんだよ。

世話は全部 おれがやる。  それに・・・。」

言葉を切って、小さな声で付け加える。

「ここにいるのがイヤだったら、出てってくれて構わないから。」

 

吐き気とは別の、不快感が湧きあがってくる。

怒りとは少し違う、 焦燥に似た感情・・・。

産んでやってもいいのではないか。

始末することは簡単だ。

まだ膨らんでいない腹をめがけて、拳を一発 当てさえすればいいのだから。

だが、自分の体を傷つけることは 気が進まない。

この際 普通に産むことが、ダメージゼロで身軽になれる 最良の方法なのだろう。

そんなことを考えていた。

 

 

半年余り経ったのち。

彼女は無事に、健康な赤ん坊を産み落とした。

 

「かわいいなあ。 おれ、こんなにかわいい赤ちゃん、初めて見たよ。」

クリリンは そう言って、小さな我が子に何度も何度も頬ずりをした。

 

「名前、どうしようか・・。」

寝間着姿の彼女に尋ねる。

「死んじまったガキと同じでいいじゃないか。 代わりなんだからさ。」

 

その一言で、珍しく 彼は気色ばんだ。

「なんてこと言うんだよ。」

けれども すぐに、いつもの口調で言い直す。

「・・名前は まだ無かったんだよ。  顔を見てから つけようって思ってたからね。」

産まれてくる前に、母親と一緒に この世を去ってしまったのだ。

 

それにしても。

この男は 今回も、顔を見てから名前を決めると はりきっていた。

辛辣な言葉が、彼女の口から また出てくる。

「だったらさ、母親の方の名前をもらったら どう? 女のガキだから ちょうどいいだろ。」

「そんなこと しないよ。」

声を荒げたりはしない。

だが きっぱりと、彼は続ける。

「まったく別の人間なんだから。」

「フン・・。」

 

どうにかして、やり込めてやりたい。

それなのに、何故だか こんな言葉が口から出てきた。

 

「マーロン。」  「えっ?」

驚いた顔。

「もしかして、この子の名前かい?」

「・・・。」

「かわいい名前じゃないか。 うん、 すっごく いいよ。」

 

大きな声を出したためだろうか。 赤ん坊が ぐずりだした。

「ごめんごめん、びっくりさせちゃったな。

おまえの名前、マーロンに決まったぞ。

よかったな、 かわいい名前をつけてもらって。」

 

さんざんぐずって 泣きやんで、やがて すやすやと寝息をたて始めてからも、

クリリンは ずっと、我が子を腕に抱き続けていた。

 

 

クリリンは、言ったことを守った。

マーロンと名付けた我が子の世話は、ほとんど彼がおこなった。

 

仕事先へも連れて行った。

まだまだ不自由な世の中だったから、幼子を背負って仕事をしようが 咎められることはなかった。

彼女が母親になりきれないであろうことを、クリリンは わかっているようだった。

 

それでも、彼は彼女を大切にした。

それは自分の妻、 子供の母親に対してというよりは・・・

娘に対する愛情に近かったかもしれない。

実際の彼らを目にして、

あれは似ていない父娘だろうと考える者もいたのではないか。

改造手術のせいなのだろうか、 彼女の容貌は昔・・・

10代の頃と、ほとんど変わっていなかったのだ。

 

そんなふうに、日々は過ぎていった。

 

特に、することのない午後。

そういう時、彼女は よく 空に浮かんだ。

復興が一段落した都を、上空から眺める。

とにかく 人口が激減してしまったわけだから、昔どおりではない。

それでも ずいぶん整備され、都会らしくなった。

きれいに修復されたC.C.も見える。

トランクスは 今のところ、政治的なリーダーにはなっていない。

C.C.社を再建し、そちら方面から人々の暮らしを支えるつもりのようだ。

 

C.C.を見降ろしていると いつも、ある考えに行きついた。

地球で育った孫悟空なら ともかく、

ベジータは何故、さっさと この星を去らなかったのだろう。

孫悟空の病死から 自分と弟が出現するまで、ある程度の猶予はあったはずなのに。

彼にしてみれば、地球がどうなろうが、知ったことではなかったはずだ。

あの女、ブルマに惚れていたのだろうか。

血を分けた我が子を目にして、情というものが芽生え始めていたのだろうか。

 

そして・・・

自分は何故、いつまでも クリリンの元に居続けているのだろう。

 

答えは出てこない。

だから彼女は いつもそこで、考えるのをやめにする。

目立たぬように地上に降り立ち、あの、小さな家に帰るのだ。

 

 

家に入ると、電話がけたたましく鳴っていた。

出ることなど滅多にないが、あまりにも耳障りなので 受話器をとる。

 

「・・・。」

こちらが何も言わないというのに、相手は勝手に話し始めた。

「奥さん!? クリリンさんの奥さんですね!? よかった・・。

いいですか、どうか 落ち着いて聞いてくださいね。」

 

声が うわずっている。

落ち着くのはそっちだろうと、彼女は思う。

だが、次に聞こえてきた言葉は、意外なものだった。

 

「クリリンさんは今日、仕事中に事故に遭いまして・・・

病院に運ばれたんですが、 もう・・。

○○病院です。 すぐに いらしてください。」

 

 

どうやって たどり着いたか覚えていない。

しかし、教えられた病室の前には 見知った顔、クリリンの仕事仲間が集まっていた。

 

扉を開く。

ベッドの上に、人が寝かされている。

つかつかと歩み寄り、顔を覆っている布を 勢いよく剥がす。

それは確かに、 間違いなく・・・。

 

呑気な顔で、眠っているとしか思えない。

 

いつまで寝てる気だよ。 さっさと稼いできな。

 

いつものように、そう声をかけたくなる。

けれども、指先で触れた頬は硬く、ひやりと冷たい。

 

「ママ。」

背後から、聞き慣れた声がする。

娘だった。

学校にも連絡がいったらしい。

ここ何年かで ぐんと背が伸び、彼女と同じくらいになった。

顔立ちはクリリンの方に似たけれど、髪と瞳、背恰好は彼女から譲られた。

 

この娘は、ほとんどクリリンの手で育てられた。

突然の死の知らせに、どれほど衝撃を受けただろうか。

それでも、泣きじゃくるよりも先に、母のことを気遣う。

「ママ・・ 大丈夫・・?」

 

彼女の、娘と同じ色の瞳からは、いつの間にか涙があふれていた。

彼女は やっと、彼の頬から手を離す。

涙で濡れた、自分の頬を拭うために。

死んだ人間に触ったのも、これほどまでに じっと見つめたのも、

考えてみれば初めてだった。

おかしなものだ。 あんなにも大勢の人々を殺してきたというのに。

「ママ?」

踵を返し、彼女は病室を飛びだした。

 

「ママ!! 何処へ行くの!?」

自分を呼んでいる娘の声。

それとともに、誰かの声が耳に届いた。

「あっけないものだね、 人の命なんて。 あんな大変な時代を、生き抜いてきたっていうのに。」

 

 

もはや、人目を気にする必要などなかった。

彼女は堂々と、空の上を移動する。

 

C.C.が見えてきた。

やや 高度を下げて、攻撃を始める。

一気に吹き飛ばしてしまわぬように 加減しながら、エネルギー波を撃っていく。

小出しにするのが煩わしかったものの、10数年ぶりの快感だった。

 

一人の女が、外に出てきた。

肩よりも少し長い黒髪の、まだ若い女だ。

驚いたことに、その女もまた 空に浮かび上がった。

例の、動作停止装置を手にしている。

「あんたが人造人間・・・ 18号ね。」

 

少女のような、けれど 子供ではない、女の声。

 

「そうだよ。  トランクスは・・ この時間は仕事で いないか。 ブルマはどうしたのさ?」

「ブルマさんは、亡くなったわ。 病気で・・・ 」

「へえ、 そうだったんだ。」

 

そういえば 何年か前、新聞に顔写真が載っていた。

教育を受けていない彼女は、そこに書かれていた長い文章を 理解できなかったのだ。

 

「で? あんたは誰なんだい?」

「パンよ。 トランクスの妻、 そして あんたたちに殺された、孫悟飯の娘よ。」

「へえー。」  

心底、感心したような声。

「一丁前に、ガキなんかつくってたのかい、あいつ。」

 

からかっているわけではなく、彼女は本当に驚いていた。

自分が手を下さなくても 人は死ぬ。

そして あれだけ破壊し、殺し続けた世界でも、人は出会い、新しい生命を生み出していたらしい。

 

さらに驚いたことに パンは、手にしていた装置を投げ捨てた。

「みんなの仇を討ってやるわ・・・。」

両手首を重ね合わせ、独特の構えをとる。

 

「ふーん、 あんた、 そんなこともできるんだ。 面白いね。 やってみなよ。」

彼女の方も手をかざす。 応戦するつもりのようだ。

その時。 

「ママー。」  

子供の声が、耳に届いた。

 

一瞬、 マーロンが追ってきたかと思った。

だが違っていた。 

C.C.から、黒い髪の幼児が飛び出してきた。

「ダメよっ、 外に出てきちゃ!! 家に入りなさい!!」

血相を変えて パンが叫ぶ。

 

それから 数秒ののち、 彼女は地面に落下した。

パンの攻撃によってではない。

芝生の上に落ちていた動作停止装置のスイッチを、小さな手が押したためだった。

 

重たい瞼を どうにか開くと、小さな顔が不思議そうに、自分を見降ろしている。

どうやら、女の子であるらしい。

髪は黒く、 顔立ちも母親似に見える。

けれども 青い瞳が、父親と祖母を思い起こさせた。

 

同時に、彼女は 自分の娘のことを考えていた。

同じ家で暮らしていたというだけで、たいして 母親らしいこともしてやらなかった。

それなのに 自分に向かって笑いかけ、ママと呼んでくれた娘。

あの子を置いてきたと言ったら、クリリンは さぞ怒るだろう。

 

だけど、仕方がないではないか。

この先 どれほど おとなしく暮らそうが、

自分は決して、天国へなど行けやしない。

そもそも 改造された この体の朽ち果てる時は いつなのか、

まるで見当がつかないのだ。

 

クリリンと、もう一度だけ話したかった。

それには 後を追いかけていき、あの世の入り口という所で捕まえるよりほか なかったのだ。

 

尋ねてみたいことがあった。

大ケガが原因で失われていたという記憶は、既に戻っていたのではないか。

あるいは、それ自体が嘘だったのではないか。

つまり、自分が何者であるか、

わかっていて 保護していたのではないかということを。

そうだとしたら、いったい 何のために・・・。

それは、愚問かもしれないけれど。

 

あと もう一つ、教えてやりたいことがある。

娘につけた マーロンという名は、実は自分の名前だった。

自分でも、全然似合っていないと思う。

おそらく、親ではない誰かが 適当につけた名なのだろう。

 

そのことを告げたら、いったい どんな顔をするだろう。

それを思うと、なんだか とても、楽しい気分になってくる。

 

もう二度と、彼女は目を開けることはない。

けれど その口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。