304.『幼い戦士』
[『ミルク』の続きです。 ベジブル+飯ブルです。
夜の都から、半壊のC.C.に戻る。
明かりがついている方へ行くと、ベジータさんとブルマさんが さっきの部屋にまだいた。
二人は抱き合っていた。
ベジータさんは 床の上に仰向けになったブルマさんの胸に顔を埋め、
ブルマさんはベジータさんの髪をなでていた。
小さい頃 両親と同じ部屋で寝ていた僕は、
お父さんとお母さんのそういう場面を 一度だけ見たことがあった。
その場では声をかけなかった。
だけど次の日、お父さんと二人になった時に 僕はそのことを言ってしまった。
お父さんは ものすごくあわてて、耳まで真っ赤になりながらも
こんなふうに答えてくれた。
『大人になって好きな女ができたら、そうしたくなるんだ。』
そして、大きな手のひらを僕の頭にぽん、と置いた。
『オラは、チチと一緒になるまであんまり考えたことがなかったけど・・
おめえは あと10年もすればわかるようになるかもな。』
お父さんは、僕がその年齢になるのを 見届けることができなかった。
隣の部屋で、ベビーベッドに寝かされていたトランクスが目を覚ました。
手足をばたつかせている。 泣きだす前触れだ。
「今はまずいよ。 邪魔しちゃダメだよ・・・。」
ささやきながら抱き上げると、少しの間だけ おとなしくしてくれた。
けど やっぱり、僕じゃ長くは持たなかった。
まるで火がついたみたいに、トランクスが泣きだす。
あわてて服を着たらしいブルマさんが、早足でこちらにやってきた。
僕が戻っていたことを知って、少しだけ きまりの悪い顔をした。
だけど すぐに、いつもの調子でこう言った。
「よかったわ、無事で。 ちゃんと寝なきゃダメよ。 休めるときに体を休めておかないとね。」
はい、と返事をした後で、僕はあわてて視線を逸らす。
トランクスを受け取ったブルマさんが、部屋の隅で授乳を始めた。
ついさっきまで、ベジータさんが顔を埋めていた胸。
その白さが、ひどく まぶしく感じられた。
目を上げると、ベジータさんが僕の方をじっと見ていた。
翌日も上空から、見回りのようなことをした。
ここ数日、人造人間の攻撃は 行われていない。
今のうちに、と 都の人たちが避難している様子が見える。
人造人間の奴らには、これと言った目的が無い。
人々が都を捨てて 地方へ移動すれば、今度は田舎が標的になってしまうだろう・・・。
奴らからは、『気』が感じ取れない。
ラジオ放送からの情報か、自分自身で現場をおさえるしかないのだ。
合流したベジータさんが、ひとり言のようにつぶやく。
「スカウターが、残っていればな。」
「あの、目元につけていたメカですか?」
こんなふうにしていると忘れそうになるけれど、この人は かつて、恐ろしい侵略者だった。
「あれはとにかく、戦闘力に反応するからな。 奴らの居場所だけはわかっただろう。
もっとも、居場所がわかったところで・・ 」
言いかけて、黙ってしまう。 ベジータさんらしくない言葉だった。
だけど僕にもわかっていた。
僕らがまだ生きているのは、奴らが『楽しみ』を残しておいているためだ。
手ごたえのある相手を一気に殺してしまっては、つまらないからなんだ。
「スカウター・・。 ブルマさんだったら、すぐに作れたんでしょうね。
研究室がちゃんと残っていれば。」
笑顔をつくって言った僕に、ベジータさんが返した言葉は 意外なものだった。
「悟飯。」 一瞬、耳を疑った。
ちゃんと名前を呼ばれたのは、初めてのことだ。
「ブルマが欲しいか?」
ブルマさんを そう呼んだのも、初めて聞いた。
「どういう意味ですか?」 「言葉通りの意味だ。」
「わかりません。 僕は まだ子供です。」
ベジータさんの口元が、少しだけ笑ったように動いた。
「そんなふうに答えるのは、もう それほどガキじゃないってことだ。」
そして、こう続けた。
「この戦いで俺が死んで、おまえが生き延びることができたら そうすればいい。
いや、自然とそうなるだろう。」
「どうして そんな・・・ 」 ブルマさんは、ベジータさんの奥さんじゃないですか。
ちゃんと結婚してなくたって 二人は夫婦で、トランクスの両親だ。
C.C.で過ごすようになってから、僕はずっとそう思っていたのに。
そんな僕に、ベジータさんはきっぱりと言った。
「その世界で一番強い男が、一番いい女を自分のものにするのは 当然のことだ。」
腑に落ちない僕に構わず、ベジータさんは飛び去っていく。
他のどこでもない、C.C.がある方角へ。
人造人間との戦いで ベジータさんが亡くなったのは、それから数日後のことだった。
連れて戻った遺体を見て、ブルマさんは茫然とした様子で床に両ひざをついた。
けれど、取り乱すことなく 僕に言った。
「ありがとう、 連れて帰ってきてくれて。 少しの間、二人だけにしてくれる?」
僕はうなずいた。 そして、眠っているトランクスを抱き上げて外へ出た。
お父さんの最期の時を、僕は思い出していた。
病気で苦しそうにしながらも、
僕に向かって 『お母さんを頼む。』 という意味のことを何度も言った。
涙をこらえながら、僕も何度もうなずいた。
だけど、約束は果たせなかった。
それから何年もしないうちに、お母さんは亡くなった。 まるで、お父さんの後を追うようにして。
ベジータさんの あの言葉は、あの人なりの僕への 遺言だったのだろうか。
『ブルマを頼む。』 という意味の・・・。
そんなことを考えていたら、腕の中にいるトランクスが目を覚ました。
けたたましい声で泣き出す。
頑張ってみたけれど、泣きやんでくれない。
扉の向こうから、ブルマさんが現れた。 ありがとう、とつぶやいてトランクスを受け取る。
いったい この人は、いつ泣くんだろうか。
服にも、頬にも、ベジータさんの血が付いていた。
ブルマさんは、ベジータさんの後を追うことはできないのだ。
ブルマさんの行くあの世には、ベジータさんはいないのだから。
ベジータさんを埋葬した日。
ブルマさんは ずいぶん迷った末に、遺体からプロテクターをはずした。
「あいつ、怒るかしらね。 新しい物があれば、つけ換えてあげたんだけど・・。」
ブルマさんは、思い出の品が、形見がほしかったんだ。
「一番の形見はトランクスなんだけど、それだけじゃ、ね。」
そんなふうに言って笑った。
今日のトランクスは機嫌がいい。
僕の顔をじっと見つめて、まるで話しかけるみたいな声を出す。
「トランクスは、悟飯くんのことをお兄ちゃんだと思ってるのね。
悟飯くんがいてくれて本当によかった。
わたしも悟飯くんのこと、本当の子供みたいに思ってるのよ。」
「ありがとうございます。」 頭を下げた後で 僕は言った。
「僕も トランクスのこと、本当の弟だと思ってます。」
そして、口には出さず 心の中で付け加える。
僕自身の手で 人造人間を倒すことは、もしかしたら できないかもしれない。
だけど あなたをあの世へなんか、絶対に行かせない。
僕は あなたのことを、お母さんだとは思っていません。
抵抗のあるかたは閲覧を見合わせてください。]