361.『ピンク』

天に召されたベジータと、遺されたブルマの想い。

壊れた戦闘服』の、続きのような 広げたような内容です。]

負けた。 畜生、この俺が…。

そう思った次の瞬間、彼の脳裏に浮かんできたもの。 

それは、病で逝った宿敵ではなく、赤ん坊を抱いた女の姿だった。

女の名前はブルマ、その腕に抱かれた赤ん坊はトランクス。 彼、ベジータの息子でもある。

 

 

どのくらい経っただろうか。 

人造人間との戦いに敗れた彼は、ようやく意識を取り戻した。

「? どこなんだ、ここは。」 

見渡せば 人、人、人、 老人から子供まで、あらゆる年代の人間が ひしめき合っている。

なんと、全く知らないうちに 長い列に並ばされていたのだ。

 

後ろに立っていた男が、口を開いた。 

「ここは、あの世への入り口だ。」 

「なに…?」 

「閻魔大王の審判を受けるために、皆 こうやって並んでいる。」

見上げるほどの大男だ。 肌は浅黒く、長い髪と同じ色の瞳が、強い光を放っている。

だが、顔立ちは よく わからなかった。 深い傷を 負っているためだ。 

彼の視線に気付いた男は こう言った。 

「オレは まだ良い方だ。 もっと ひどい姿の者は大勢いる。」

「…。」 

彼は再び、辺りを見回す。 そして、問う。 

「ここにいる奴らは、皆 死人なのか?」

「そうだ。 このオレも、そして おまえもだ。」

「くそっ、俺ともあろう者が こんな… 

こんな遅れた星で造られた機械人形なんぞに やられるとは…!」

 

悔しげに地団太を踏む彼に構わず、男は ゆっくりと言葉を続ける。

「痛みは もう無いだろうが、皆 ひどい姿だ。 

かわいそうに、本来なら こんなことはないはずなんだが。」

死者たちのことだ。 

どうやら ここは、死んだ者を、天国か地獄かに振り分けるための場所らしい。

そして 男の話によれば、この場所に召された者は普通、

身なりの整った 小奇麗な姿になっているはずだという。

誰もが 平等、たとえ どんな死にざまであったとしてもだ。

「おそらく、数が多すぎて 手がまわらないのだろう。 ひどいものだ。 

どんなに大きな戦争でも、これほど多くの人間が死んだことはなかっただろう。」

「フン…。」 

その言葉に、彼は やや鼻白んだ。

ならば かつて、自分によって滅ぼされた星では どうだったのか。 

それとも 今いる この場は、地球で死んだ者専用なのか。

そういえば ナメック星で、フリーザに殺された時とは 様子が違っている…。

 

顔を上げ、男に向かって、改めて 彼は問うた。 

「貴様、いったい何者だ? さっきから聞いていれば、やけに くわしいな。」

「オレは ボラという。 悪い奴との戦いに負けて、一度 死んだ。 

ドラゴンボールの力で、呼び戻されたのだ。」

「なんだと!?」 

「我が友で、恩人でもある 孫悟空のおかげだ。」

その名前を、まさか このような場で、見知らぬ男の口から聞くことになるとは。

奴は死んだ。 

宿敵である 自分との決戦を前に、あろうことか、つまらぬ病などで…。

そして、奇跡を起こす ドラゴンボールも、もう無い。

やりきれぬ思いが こみ上げて、いてもたってもいられなくなる。 

腕を振り上げ、彼は手をかざした。

 

「やめろ!!」 

男が叫んだ。 彼が何するつもりなのか、理解したらしい。 

「大きな罪になるぞ。 それに ここにいる皆を、これ以上 傷つけるな。」

「フン、ここの連中は どうせ 皆、死人なのだろう? 

死人が さらにケガを負ったり、また死んじまったりするというのか?」

彼からの問いかけに、男は深く頷いた。 

「そうだ。 死者が そうなれば、魂が消える。 始めから いなかったことになる。 

そして もう、生まれ変わることができない。」

「… くそっ!」

  

振り切るかのように、エネルギー波を放った彼。

どよめきが起こる。 だが それは、既に死んでいる者たちの叫びだ。

閃光が、天井を、壁を 破壊する。 

しかし その向こうには、何も無かった。

風も吹き込んでは来ず、月も 星も 太陽も、何も見えは しなかった。

 

その後 間もなく、彼は閻魔大王の前に連行された。

スーツに包まれた巨体を揺るがし、疲れ切った表情で 閻魔は嘆く。

「まったく、とんでもないことをしてくれたもんだ。 

おまえのような要注意人物は、本来なら 列には加わらず、

まっすぐに わしの所へ連れてこられるはずなんだが… 」

一旦 言葉を切る。 ため息をつくためだ。

「どうやら、手違いがあったようだな。 なにせ、この人数だ。皆 オーバーワークで疲れておる。

ああ、それに、」

「? なんだ。」 

「その、身なりのせいかもしれんな。」 

「!」

 

なにげなく付け加えられた言葉に、彼は再び、苛立ちを あらわにした。

彼は今、戦闘服を着ていない。 

あの、地球に来てから用意された、

都で買い求めたと おぼしき ピンクのコットンシャツを着せられていた。

間違いない、ブルマの仕業だ。 

「くそっ、あの女、何を考えてやがる。 仮にも、死装束だというのに…。」

こんな服、引きちぎってやる。 

腹立ち紛れに裾を掴んだ その時、彼は ようやく気がついた。

胸ポケットに、小型のカプセルが入っていたことに。

 

「フン、こっちに入っているということか。 手の込んだことしやがって、何のつもりだ。」

ブツブツとひとりごちたのち、閻魔に向かって 彼は叫んだ。

「どうせ 俺は、文句なしに地獄行きなんだろうが。 さっさと連れて行け。」

「… そのとおりだ。 だが ベジータ、おまえの考え通りには ならんぞ。」 

「? どういう意味だ。」

「どうせ おまえは、持たせてもらった その戦闘服を着て、

地獄の悪党どもを相手に、一暴れする気なんだろう? そうはいかんということだ。」

深い呼吸をした後で、閻魔は一気に こう告げる。

「おまえのように、特に罪の深い者は すぐに肉体を剥奪される。 

記憶を消され、魂を洗われ、まっさらな状態になって、生まれ変わる日を待つのだ。」

 

「くそったれが…!」 

毒づいたのち、彼は尋ねる。 

「で、俺は何に生まれ変わるんだ? 家畜か? それとも、取るに足らん虫けらか何かか?」

「そうはならん。」 

きっぱりと否定をし、厳かに続ける。 

「おまえは、人間として生まれてくる。 だが今度は、戦士にはならん。」

「何だと? なら いったい、何になるというんだ。」 

「戦いをせずに、世のために尽くす人間、そうなる予定だ。 人造人間が、滅びた後の地球でな。」

 

「機械人形どもが、滅びた後 だと…?」 

「あ、いや、」  

まずい。 少し しゃべりすぎたと、閻魔は口に手を当てた。

「忘れてくれ。 確かというわけではないんだ。 

わしが言ったことは、何人かの賢者の予言を組み合わせた仮説にすぎん。」

「それでもいい、教えろ。 あの人形どもを倒すのは、いったい誰だ。」

とはいっても、自分を含め、戦える者は 殺されてしまった。 

残っているのは、 「悟飯か? それとも、」

「…。」 

「教えろ!」 

「おまえが、今 思い浮かべている人物だ。」

それを聞いた彼は、その鋭い目を伏せて、口の端に笑みを浮かべた。

「… そうか。」

 

どうやら、成長したトランクスが、仇を討ってくれるようだ。 

それがわかれば、ブルマの その後も見当がつく。 

あの女のことだ。 おそらく その件に、一枚も二枚もかんでいるのだろう。 

つまりは、元気で生き延びるということだ。

 

「そろそろ 仕舞いにしてくれ。 とにかく、後がつかえているんだからな。」

そう言って 閻魔は、机の上のハンマーを叩いた。

終了の合図だ。彼は食い下がる。 

「もう一つだけ聞かせろ。 カカロットはどうなる? 奴は いつ 生まれ変わるんだ。」

「孫悟空のことか。 あいつも もちろん、地球人として生まれてくる。

ただし おまえより、もう少し後になりそうだ。」 

その言葉は彼が、ベジータとして聞く 最後の言葉となった。

消えゆく彼が、最後に目にしたもの。 

それは身につけているシャツの、きれいなピンク色だった。

 

 

わたしは今、夢を見ている。 これが夢だということは、何故か はっきり わかっている。

それでもいい、いっそ、もう 目覚めなくていいとさえ思う。 

何故ならば、目の前にはベジータがいる。

それも戦闘服姿ではなく、あの ピンクのコットンシャツを着ている。

こんな物なんて言っていたくせに、普段は あればかり着ていた。 

意外と、気に入っていたのかもしれない。

 

『母さんが買ってきたのよね、それ。』 

何も言ってくれない彼に、一方的に話しかける。

『わたしも一緒に行きたかったんだけどね、用事があってダメだったの。 

でもね、アドバイスはしたのよ。 黒じゃ もろに悪人だし、ブルーは戦闘服と同じだって。』

だからって いきなり ピンクなんてね。母さんらしいわね。 

なつかしい、平和な日々を思い出し、涙が こぼれそうになる。

でも、違うの。 そんな話が したいんじゃないの。 

ああ、夢の中でも わたしは、素直になれないのかしら…。

 

うああーん、 うああーん。 

離れた場所から、泣き声が聞こえてくる。 

『トランクスだわ。』

行ってあげなきゃ。 だけど、今 ここを離れてしまえば、もう…。

その時。 ベジータが、口を開いた。 

『行ってやれ。』

自分の子であるトランクスを、一度も抱いてくれなかった彼。 

けれど その声は、とても優しかった。

頷いた後で、わたしは言った。 

そうよ、これなら言える。 好きだとも愛してるとも言えなかったけど、これなら。

『ベジータ。 また、夢に出てきてね。』 

 

消えてゆく彼の、皮肉っぽい笑顔。 

そして、例のシャツのピンク色が、今でも はっきりと目に浮かんでくる。

タイムマシンで時を遡り、皆に警告をすること。 

それを思いついたのは、実は あの夢を見てからだ。

 

始めは、悟飯くんに頼むつもりだった。 

だけど、間に合わなかった。

不自由な環境で 機体がようやく完成しようという頃、トランクスは、何度も わたしに言ったものだ。

『自分で、行かなくて いいの?』

『うん、いいのよ。 あんたに任せたわ。 頼んだわよ。』

だって もしも わたしが行ったら、伝えるだけでは済まなくなる。 

顔を見て、触れたくなる。

そうなれば歴史を、めちゃくちゃにしてしまうかもしれない…。

それに、いいの。 

時々だけど、夢で会ってるから。 

なんてね。

 

そうは言っても、時間旅行は危険なものだ。 

テスト走行も結局できず、万全とは とても言えない。

それでも、トランクスは うれしそうだ。

「おれは、父さんに会えるのが楽しみだな。」

「あんまり、期待しない方がいいかもよ。」  

それにね、と付け加える。

「くれぐれも、笑ったりしちゃダメよ。 怖い顔に似合わない、ピンクのシャツなんか着てるけどね。」