291.『指をからめて』

やや つながってないところもありますが、『触れる指先』の少し前の お話です。

この前哨にあたる『闇の帳』というのがありまして…

(地震発生前日に書きました…。)その後、説明書きをつけてupしました。]

わたしは今、夢の中にいる。

それは わかっている。

だって 足元が、なんだか ふわふわしているもの。

なのに 悲しくて、心細くて、わたしは めそめそ泣いている。

 

気配に気づいて顔を上げると、父さんと母さんが、並んで立っているのが見えた。

涙を拭うことも忘れて、急いで駆け寄る。

いつもの笑顔で、母さんは言った。

『まあ、ダメよ、ブルマさん。 簡単に泣いたりしちゃあ。 あなたは もう、お母さんなんだから。』

お母さん?  わたしが・・?

父さんも言った。

『そうだぞ。 おまえは もう、一人きりじゃないんだよ。』

 

 

ふぎゃー、 ふぎゃー。

泣いている、トランクスの声で目が覚めた。

それなのに、すぐには起き上がれない。 頭が、働かない。

それでも どうにか、簡易ベッドから下りる。

そう、 ここは、C.C.の地下に、密かに存在しているシェルターだ。

宇宙から遅れて戻って来た、孫くんの急死から三年。

この地球に現れた 新たな敵、人造人間による攻撃が始まってから、わたしは ここに避難している。

家族と、一緒に ・・・。

 

けたたましい泣き声が、ぴたりと おさまった。

それから数秒ほどが経ったのち、わたしは、信じられない光景を目にした。

トランクスが、ベジータの腕の中にいる。

なんと・・ あのベジータが、トランクスを、抱き上げてくれているのだ。

ただし、泣きやんだ理由は・・ あやしてくれたわけではない。

小さな口に 指を突っ込み、吸わせることで 黙らせていたのだ。

どうやら、空腹で泣いていたらしい。

「何をぼんやりしてやがる。 起きたんなら、こいつを何とかしろ。」

「ご、ごめん ごめん。 さあ、トランクス、いらっしゃい。」

 

トランクスを受けとった後、すぐにミルクを作って飲ませた。

乳児用のものは飲みつくしてしまったから、幼児用だ。

これも無くなったら、どうしよう。 大人用の食料なら、まだまだ余裕があるんだけど・・。

両腕で、しばらくの間 揺らしてやっていたら 眠ってしまった。

すぐに起きちゃいそうだけど・・  ベビーベッドに、そっと寝かせる。

 

ふと見れば ベジータも・・・

でも、まだ 眠ってはいない。 目を閉じて、休んでいる。

壁を背にして 腕を組み、床の上に、脚を投げ出して。

わたしも隣に、腰を下ろした。 肩に、頭をもたせかける。

離れろ、と言う意味だろう。 少しだけ、肩を揺らしていた。

でも 気にしない。 

小さな舌打ちが聞こえた。 けれども、彼は立ち上がらない。

だから、話しかける。

「この形にしてよかったわ。」  「なに?」

「プロテクターよ。 前のやつみたいに 肩の所が大きくなってちゃ、こんなふうに できなかったでしょ。」

「フン・・。」

 

今、ベジータが着ている戦闘服。

これは、彼が地球に来てから、わたしが素材から作ったものだ。

結構、苦労させられた。

「あの、肩が鎧みたいになってたやつ。 あんたって、小さい頃から あれを着けてたの?」

「・・だったら、なんだっていうんだ。」

「もしかしたら あれが、サイヤ人の正装でもあるのかなって思ったのよ。」

しばしののち、ぼそりと答える。

「王族は エンブレム付きのプロテクターに、マントを着けていた。」

「へえ! かっこいいじゃない。 王子様ってかんじね。」

今度は返事が返ってこない。 だけど、質問を続ける。

「そういう、 あんたにとっての正装を用意してあげてたとしたら・・ あの時、承知してくれた?」

「? 何の話だ。」

「ほら、写真だけでも撮りたいって頼んだ時のことよ。」

 

おなかが大きくなってくる前。

普通の夫婦として やっていかないのなら、それでもいい。

二人が、納得しているならば。

だが、正装しての 記念写真くらいは撮ったらどうか。

何年かが過ぎたのち、物心がついた子供に、きちんと話をしてやるためにも。

いつだって自由にさせてくれて、うるさいことなど言わなかった両親。

なのに あの時は、やけに食い下がってきた。

いろんなことを言っていたけど、わたしの花嫁姿が見たかったのだろう。

多分。

 

「叶えてあげたかったな・・。」  ぽつりと口にする。

すると ベジータは、意外なことを言い始めた。

「ふざけた機械人形どもは、この俺が必ず始末してやる。」

「・・・。」

「それが済んだら、 ・・1〜2時間程度なら、おまえにくれてやってもいい。」

「えっ?」

わたしは耳を疑った。

「それって、一緒に写真を撮ってくれるってこと?」

はっきりとは答えない。 でも 彼は、こんなふうに続けた。

「その前に おまえの親・・ 死んだ奴らを生き返らせればいいだろう。

 強引な おまえの、得意技だろうが。」

ドラゴンボールのことを言っているのだ。

 

思いがけない言葉。 この人は わたしを、慰めてくれている。

「ありがとう、 ベジータ。」

だけど 抱きつくことはせず、それだけを言った。

 

トランクスが、また泣きだした。

「あら あら、泣き虫ね。  どうしちゃったの?」

ベッドから抱き上げて、思い切って連れて来た。

そのままで さっきの場所、ベジータの隣に 腰を下ろす。

もう ほとんど出ないのだけど、胸元をはだけて、おっぱいを含ませた。

小さな口で 吸い続けるのは疲れるらしく、うとうとと寝入ってくれることがあるのだ。

その様子を チラリと横目で見て、ベジータは言った。

「よく そんなことができるな。」

「え? そんなことって?」

「俺は さっき、そいつに指を食いちぎられそうになったぞ。」

「えーっ、 大げさねえ。」

「本当だ。 見てみろ!」

 

プロテクター、アンダースーツ、ブーツ。

戦闘服を身につけ続けているベジータが、白い手袋を外した。

もちろん これも、わたしが手掛けた物だった。

「あら、 ほんと。 赤くなってるわ。 もしかして この子、わたしには加減してくれてるのかもね。

 あんたと、おんなじ・・・。」

 

また舌打ちをしたけれど、立ち去ることをしないベジータ。

ただ それだけのことが、わたしを ひどく幸せにする。

空いている方の手を伸ばし、彼の手に、指に触れる。

結婚指輪なんて無い。 写真だって撮っていない。

ううん、それどころか、愛してると言われたことさえ 一度もない。

それでも わたしとベジータは、トランクスの親なのだ。

そして この男、ベジータは わたしの・・。

絡み合う、指。

ねえ、ベジータ。 あんたも、そう思ってくれてるんでしょう?

少なくとも、今 この時は。

 

この瞬間、わたしはとても幸せだ。

だから、考えるのは やめにする。

ドラゴンレーダーの反応が、かつてないほど鈍いこと。

人造人間の攻撃により、ドラゴンボールが、壊れてしまったかもしれないということを。

 

トランクスを抱いたまま、床に座わった姿勢のままで、わたしは眠りに落ちてゆく。

悲しい夢は見ないだろう。

隣りには、ベジータが いてくれるから。

たとえ、また すぐに、目覚めなくては ならないとしても。