234.『触れる指先』

異色CP話などで、ブルマはC.C.の地下にあるシェルターに身を隠している、

という設定にしたため、それをフォローするお話を考えてみました。

これまでのベジブル未来編と あまりつながっていません。]

C.C.、地下。  そこには密かに、非常用のシェルターが存在していた。

 

重たい扉が 開く音が聞こえる。

「ベジータ・・!」  

トランクスを抱いたままで、駆け寄る。 彼は今日もここに、わたしの元に戻ってくれた。

ケガはしていないようだ。 それは つまり、今日は敵に出会わなかったことを示していた。

 

恐ろしい敵、 人造人間。  

その攻撃の仕方には目的が見えてこず、ひどく気まぐれだと思われていた。

けれども、だんだんとわかってきた。 奴らはとにかく、人々の暮らしを壊したいのだ。

都会を壊滅させた今では、難を逃れた人たちが身を寄せ合っているところを 集中的に狙ってくる。

今いるシェルターは、試験的に造られたものだ。 

とはいえ食料や医薬品の備蓄もあり、30人程度ならば収容できる。

ケガのひどい人や、行き場をなくした子供だけでも助けたいと思う。 

なのに、今のわたしには できない。

その理由は・・・。

 

そんなことを考えていたら、ベジータが口を開いた。 「食いものを用意しろ。」

「あ、そうよね。 ごめん、ボンヤリしちゃった。」 

トランクスを床に座らせ、非常食を見つくろって あれこれと組み合わせる。

目の前に置くやいなや、さっそく食べ始めるベジータ。 

わたしも隣に腰を下ろし、トランクスにレトルトのおかゆを食べさせる。

父親に似たのだろう、トランクスの食欲ときたら 底なしだ。 

「食料は余裕があるけど、この子の食べられそうなものは限られてるのよね・・ 困ったわ。」

パックの中のおかゆは、案の定 すぐになくなってしまった。 

本来ならば まだまだミルクを中心に与えなくてはいけない時期だ。 

なのに、ここにあった分はすっかり 飲みつくしてしまったのだ。

 

「洗って つぶしてあげれば、味の濃いものでも食べられるかしら。」 

ひとり言のつもりでつぶやく。 すると、めずらしくベジータが口を挟んできた。

「混血とはいえ、こいつはサイヤ人だ。」  トランクスの方を見ながら続ける。

「そこいらの ひ弱なガキと一緒にするな。 口に入るものなら、何でも食うはずだ。」

彼はそう言って 自分の分の肉料理、 レトルトだが・・ の端を指先でちぎった。 

「え・・?」 

驚いているわたしを尻目に、小さな口にそれを押しこむ。 

「何するのよ! のどに詰まっちゃうじゃないの!」

「・・見てみろ。」  「!・・・」 

あごを動かし、噛み砕くようなしぐさをしている。 まだ歯も生えていないというのに。

 

「すごい・・ 飲み込んじゃったわ・・。」 

そして、もっと欲しいというように ベジータに向かって口を開けている。

何も言わずにベジータは、さっきと同じことをする。 

だけど今度は うまく飲みこめず、吐き出してしまった。 どうやら、大きすぎたようだ。

「ほら、やっぱり。」  それでもトランクスは めげることなく、小さな口を開け続ける。 

「フン、まったく 食い意地の張ったガキだ。」

信じられないことが起きた。 

なんとベジータは、自分の口の中で二、三度租借したものを 指先で取り出してから

我が子に与えたのだ。

「えーーっ・・ 」 目を疑いながらも わたしは続けた。「ちょっと不衛生じゃないの、それ。」

「いちいち うるさい女だな。」 

彼の言葉で、何日かぶりに わたしは笑った。

 

明日をも知れない こんな状況だというのに、今 この時は幸せだと思える。

どれだけベジータが 意地を張ろうとも、わたしたちは確かに家族だ。

 

 

夜。 

腹持ちの良いものを食べたせいか、トランクスは よく眠っている。

ベジータも、壁を背にして腕を組み、両脚を床に投げ出している。 仮眠をとろうとしているのだ。

隣に座って話しかける。 「そんなんじゃ、疲れがとれないわよ。」 

フリーザ軍時代に 身についた習慣らしい。 彼が地球に来た頃にも 何度か、同じことを言った。

 

そして わたしは、あの頃と同じように 顔を近づけていく。 息がかかる。 

目を閉じていたベジータが 視線を向ける。

「・・不衛生じゃなかったのか?」 「わたしは赤ちゃんじゃないから、平気よ。」

皮肉な笑みが浮かぶ口元に、唇で そっと触れる。 

一度でも そうしてしまうと、離れられなくなる。

より深く、何度も何度も 重なる唇。 舌が自然に絡み合い、唾液が混じり合う。

ため息とともに わたしはささやく。 「抱いて・・。」

白い手袋をはめたままの両手によって、床の上に仰向けにされる。 

 

抱いてほしかった。  

瞼を開ける暇もないほど くたくたになるまで求めあって、いつの間にか眠りに落ちる。

そして 目が覚めたら、朝の光が差し込むC.C.だったらいいのに。 

父さんや母さんが笑っている、穏やかな朝だったらいいのに・・・。

人造人間が出現して間もなく、父さんと母さんは亡くなった。

その死の原因は、奴らによる攻撃ではない。

 

自分たちだけが避難することはできない、

ケガをしている何人かだけでも このシェルターで保護しなくては。 

両親は そう言って扉の外へ出て行った。

 

わたしも一緒に行くつもりだった。 だけど その時、トランクスが何故かひどく ぐずりだした。

父さんは言った。 「おまえたちは ここで待っていなさい。」 ・・・

 

一昼夜が過ぎても、父さんたちは戻らなかった。 

不安に駆られたわたしは 小さなトランクスを連れて、重い扉の外へ出た。

この間あった攻撃のせいで、エレベーターは使えない。 長い階段をのぼって地上へ出る。 

目の前に広がる光景に、わたしは言葉を失った。

 

半壊のC.C.。  破れた壁からは人が何人も入り込んでいる。 

それはいい。 雨露をしのぐためならば、別に構わない。 

父さんたちだって、そう言うに違いない。

けれど床の上には、いくつもの死体が転がっているではないか。 

しかも それらは、刃物による傷のせいで死に至ったように見えた。 

争いごと? 物を奪い合ったのだろうか。 こんな時だというのに・・・。

「!!」   

次の瞬間、わたしの目に飛び込んできたものは・・・ 

両親の亡骸だった。

 

特別な力など持っていない、ごく普通の人の恐ろしさを 思い知らされた。 

それ以来 わたしは、このシェルターから出られずにいる。

 

おそらく それが理由なのだろう。 ベジータが以前に比べて、優しくなったように思えるのは。

苦労知らずだったわたしが あんな形で親を失ったことを、あわれだと思っているのだろうか。

彼は決して、この地球を守っているわけではない。 そのことは よくわかっている。

強大な力を持つ者に、挑まずにはいられないベジータ。

だけど それは結果として、わたしとトランクスを護ることにつながっているのだ。

 

仰向けの姿勢で 彼の顔を見上げながら告げる。 

「好きよ、ベジータ。」

それに対し、こんなふうに彼は答えた。 

「おまえは忘れているかもしれないが・・ 」 一旦 言葉を切る。

「この俺がしてきたことは、人造人間の奴らと変わらんぞ。」  

「違うわ。」   だって、わたしは ・・・  

「地球に、C.C.に来てからのあんたを、恐ろしいなんて思ったこと ないもの。」

そして、もう一度 小さな声で付け加えた。 

「ね、抱いて・・。」

 

気というものを、感じさせない人造人間。 

奴らの動きを知るために、ラジオは常につけたままだ。

地下にあるシェルターには、電波がちゃんと届かない。 

そんな中 トランクスは、我関せずで すやすやと寝息をたてている。

耳障りなノイズを、子守唄の代わりにして。

 

ベジータは もう、戦闘服を脱ぐことはない。 いつでも迎撃できるよう、備えているのだ。

「せめて、これくらいは外しなさいよ。」 

彼の手をとって、手袋を外す。 

髪に、肌に、指先が触れる。 そして胸にも、唇にも・・。

わたしは告げる。 さっきとまったく同じ言葉を。 

「好きよ、 ベジータ。」

答えない彼の、耳元に向かって 小さく ささやく。 

「だけど、戻ってこなきゃ 嫌いになるわ。」

 

彼は再び、皮肉な笑みを浮かべただろうか。 わたしはそれを見ていない。

瞼を開ける暇もなく、そのまま眠ってしまったから。

彼の動きに身をまかせて、指先のぬくもりを 体中に感じながら。