『あの頃のまま』

[ ベジブルSSの『約束』の続きです。 ]

チチは、この夏を自宅以外の場所で過ごした。

こんなに長く家を空けるのは、生まれて初めてのことだった。

 

夫の悟空が、ウーブという少年の強さを引き出してやるために住み着いてしまった

遠い南にある小さな村。

その姿を見るために大勢で押し掛けてしまったのだが、

村人たちは皆、温かく迎えてくれた。

 

それぞれがあふれる自然を満喫し、仕事や新学期に合わせて帰っていって

今夜チチは、夫と二人きりだ。

 

「もっとここにいればいいのにな・・・。」

ブルマが置いていってくれた、カプセルハウスのベッドの上で

明日帰るという妻の肩を抱き寄せる。

 

「悟空さでも、寂しいなんて思うことあるのか?」

「あるさ。 昼間は正直、忘れてっけど・・・ 夜とかさ。」

 

勝手なことをつぶやきながら、長い髪を指で梳く。

彼と同じ黒い髪は、年を重ねていても艶やかだ。

 

うれしいはずなのに、彼女は何故かつまらぬことを口にしてしまう。

「悟空さは、おらと違っていつまでも若えんだから

いくらでも可愛い子がいるべ・・・。」

 

チチはこの村にいる間、何人かの若い娘の視線が気になっていた。

年相応の自分と、青年のままのような夫が釣り合わないと思われたのだろうか。

もしかしてあの子たちは・・・

 

「チチは、オラがそばにいねー時、他の奴と仲良くしたいって思うんか?」

「まさか・・・。」

「オラだって、おんなじさぁ。」

にっこりとほほ笑んで、彼は妻を抱く力を強めた。

 

 

「おらがもっと年とって、ホントのばあさんになって

 こんなことに付き合えなくなったら、どうするんだ?」

南国暮らしで、すっかり日焼けした夫の胸に顔をうずめてチチは尋ねる。

「そんなら、こうするだけでもいいさ。」

太く逞しい両腕に包まれ、

大きな掌の温かさを背中に感じていると、チチは泣きたくなってくる。

 

やっぱりもう少し残ろうかな。

そう言おうとした時、悟空が口を開いた。

「チチに聞かねーでここに来ちまったから、すげー怒ってると思って、帰れなかったんだ。

 これからは時々、家にも帰るよ。」

 

チチはあきれて笑ってしまった。

息子たちは成長し、自分の手から離れていく。

今はまだ幼い孫も、いずれそうなる。

なのに、まったく、この人ときたら・・・。

 

「悟空さが寂しくなるのは、腹が減った時だべ。

 うちの飯が恋しくなったら、ちょっと戻ってくればいいだよ。」

「ちぇっ、 それだけじゃねえよ・・・」

 

すねたような夫の頬に、唇を寄せる。

それはやっぱりよく日に焼けて、いつもよりも熱いようだ。

 

夜空には家の窓から見えるのとは別の、たくさんの星がまたたいていた。