悟天が兄の部屋で寝てしまった夜、
悟空は隣に横になった妻を引き寄せた。
当然のようなその態度が気に入らないチチは、軽く拒否した。
「今日はダメだ・・・。」
「えっ? なんでだ?」
確かめるように伸びてきた手の甲を、ぴしゃりと叩いてチチは夫に背中を向ける。
悪かったよ、 とつぶやきながらも
悟空は妻の、つやのある長い髪に指を通していた。
「オラや子供たちと同じ色なのに、チチの髪はやわらけーよな。」
あの、ビーデルという子も黒い髪だった。
悟飯もあの子に、そんなことを言うのだろうか。
ビーデルが良い娘であるのはわかっている。
応援したいと思っていたのに、
悟天の口から あの二人がただの友達ではないと知らされた時、
ひどくイライラしてしまった。
悟飯が、今の悟天と同じくらいだった頃みたいに。
あの頃、怒ってばかりいた気がする。
夫の呑気な受け答えに腹を立て、自分の本音がわからなくなった。
弱い者を守ってやれないようでは困るけれど、
息子には 平和になった世の中で困らないようにしてやりたい。
そう思っていただけなのに。
強さを追いかけてばかりいたら、
戦いばかりを求めるようになってしまう・・・。
チチはため息をついた。 夫はまさにそういう男だ。
そして、もう一人そんな男が思い当った。
けれども、まるで他人に打ち解けないあの男は、妻のもとからだけは離れようとしない。
神龍に頼んだわけでもないだろうに。
悟空さは、いつだって優しいけれど、時々遠くを見ているように思える。
おらには、何か足りないんだろうか・・・。
「どうしたんだ、 チチ・・・」
とうに眠ったと思っていた悟空の顔が目の前にあった。
いつの間にか、チチは泣いていた。
「なんでもねえだ。」
ほおに当てられた、大きな手のぬくもりを感じながら言葉を続ける。
「悟空さは、おらのこと好きか?」
子供のように、素直にうなずく。
「じゃ、愛してる って、言って。」 「言ったら、泣きやむのか?」
今度は自分がうなずいて、
夫がつぶやく一言を、耳を澄ませて噛みしめる。
それから腕を背中にまわして囁いた。
どこにも行かないで、 と願うかわりに。
「女の赤んぼも、かわいーだろうな。女の子、ほしくねーか?」
まったく悟空さは、言うだけだから気楽なもんだ。
おらをいくつだと思ってるんだべか。
「そのうち、あの子が産んでくれるべ。 悟飯の・・・。」
夫の左腕を枕にしながらつぶやく言葉は、いつしか寝息に変わっていた。