『素直な悪女』

出来あがる前の(笑)天ブラで、これまでの話とは別バージョンになります。

ありきたりなロマンス』のダークバージョンというかんじです。]

勉強にしても 運動にしても、苦手なものは あまり無い。

だけど、これは!というものも とっさには出てこない。

わたしは まさに、そういうタイプだ。

 

サイヤ人の血を引く子供・・ 王族の直系だというのに、武術の類を ほとんど教わらずに育ってしまった。

そのことを口にすると、お兄ちゃんは こんなふうに言ったものだ。

『パパはさ、ママに そっくりなおまえが、痛い思いをするのを見るのが イヤなんだよ。』 

・・・

まあ、半分くらいは 当たっているかもしれない。

後の半分は きっと・・ 女の子である わたしをどう扱っていいものか、パパは わからなかったんだと思う。

 

とはいっても、体を鍛える手段なんて いくらでもあったのだ。

遅くに生まれた女の子として わたしが甘やかされて暮らしているうちに、

同い年のパンちゃんは ものすごい力を身につけていた。

気がついた時には もう、あまりにも差がつきすぎていて、

すっかりやる気が失せてしまった、というのが正直なところだった。

 

武術のことだけじゃない。

家族や周りの人に対して どこか屈折した思いを抱きながら、わたしは高校生になった。

いろいろ言われたけれど、ママとお兄ちゃんの母校に入学するのは、敢えて避けることにした。

だから、パンちゃんとも別の学校だ。

それが良くなかったのだろうか。

一年生の時は、とにかく最悪だった。

 

わたしがC.C.の一人娘だということで、やたらと おべんちゃらを言って まとわりついてくる奴らがいたのだ。

鬱陶しいから適当にあしらっていたんだけど、そのことが どうも気にいらなかったらしい。

一転して、子供じみた嫌がらせをしてくるようになった。

わたしにだけ教科連絡をしないというのは当たり前で、持ち物を隠されるということが何度も起こった。

 

ある日。

ついに頭にきたわたしは、リーダー格の奴の胸倉を掴んで、壁に押し付けてやった。

力の加減を間違えて、うっかり殺してしまっては おおごとになる・・  じゃ済まない。

そう思ったから、ちゃんと そこでやめておいた。

それなのに その後、ひどく大げさなことになった。

ママが学校に呼び出され、何だか知らないけど パパまで来てしまった。

どれだけ大変だったか、想像がつくと思う。

わたしはもう、思い出すのも御免だ。

家に帰れば今度はお兄ちゃんに捕まり、さんざんお説教をされた。

あの時は本当にイヤな気持ちになった。

もう、学校なんか やめてしまおうかと本気で考えたものだ・・・。

 

そんなふうに 暗い高校生活を送っていたわたしは、ようやく三年生になった。

大学は もう、推薦が ほぼ決まっている。

周りが大人になったら、あんなことは無くなって、少しは ましになるんだろうか。

それとも ずっと、同じなんだろうか。

だけど 今は、そんなことはいい。

わたしにとって、これ以上ないような 大ニュースが飛び込んできたのだから。

 

なんと悟天が、わたしの通っている高校で、体育の教師として勤めることになったのだ。

悟飯さんと違って勉強嫌いの彼だったけど、努力すべき時はしていた。

ちゃーんと、まあまあの大学の教育学部というところを出ているのだ。

明るくて人あたりのいい悟天は、教師にわりと向いているのではないかと言われていた。

なのに 卒業後、彼は まったく別の道に進んだ。

その理由は・・・。

長くなってしまうから、また改めて話すことにする。

とにかく今日は、悟天による 最初の授業が行われるのだ。

 

期待と好奇心で、鼓動が速くなる。

深呼吸で それを押さえながら、わたしは体操着に着替えた。

お洒落とは決して言えない、学校指定の体操着。

でも わたしのこれは、他の皆の物のように傷んでおらず、まだ新しい。

さぼってばかりいるためと、例の嫌がらせがあった頃に、一度 買いなおしているせいだ。

 

ホイッスルの音を合図に、皆が整列する。

悟天はジャージー姿だ。 デザインが新しい。 多分 今日のために、わざわざ用意したのだろう。

「今日から君たちの体育の授業を担当する、孫悟天です。 どうぞよろしく。」

 

自己紹介の後、わたしたち生徒に向かって 軽く頭を下げた彼は、倉庫からマットと平均台を出してくるよう命じた。

前任の教師から引き継いでいる内容を、まずは忠実に守るつもりらしい。

「じゃあ、誰かに模範演技をしてもらおうかな。」

体育館の床に座っている、生徒たちを見回す。

そして 彼は、まっすぐに わたしの顔を見定めた。

「そこの君。」

指などさしていないけど、わたしに言っていると すぐにわかる。

「・・頼むよ。」

 

「はい。」

やや ゆっくりと、わたしは立ちあがる。  前に進んでいくと、軽いざわめきが起こった。

体育の授業なんて、さぼってばかりいる。

皆の前で 平均台の上に立つわたしの姿なんて、考えられないのだろう。

 

助走なんか必要ない。 軽く飛び乗って、空中で何度か回転する。

あまり長い距離だと疲れてしまって きついけど、武空術だけは こなせる。

だから こんなことは朝飯前だ。

むしろ、やりすぎないよう加減するのに 神経を使う。

当然、パンちゃんもそうだろう。

学生だった頃のお兄ちゃんも。 そして、悟天だって・・。

 

「素晴らしいね。 みんな、拍手!」

複雑な思いがこもったような溜息とともに、パラパラと拍手が起こる。

「ありがとうございます、 悟天先生。」

言葉を切って、続ける。

「わたしは、ブラって いうんですよ。」

「ブラね。 ・・どうぞ よろしく。」

 

うなずきながら 小さくつぶやいた彼の口元を、わたしはじっと見つめていた。

 

 

休み時間。  職員室のドアから、様子を伺う。

自分の席にどっかりと腰をおろして、授業の準備をしている先生もいる。

だけど 悟天は不在だった。

日直やら当番やらが いろいろあるから、何人かの生徒の姿も見える。

だから わたしも、素知らぬ顔で 中へ入った。

 

悟天の席は もう、わかっていた。

ラッキーなことに、端っこの目立たない位置にある。

キャスター付きの椅子の背もたれに、上着がかけてある。

周りに目を配りながら、ポケットの中に たたんだメモを滑り込ませる。

その時。   指先に、何かが当たった。

カプセルだ。  乗ってきた車を、収納しているのだろう。

ちょうどいい。  人質代わりに、これを預かっておくことにする。

ミッションを終えたわたしは、素早く その場を後にした。

誰かに見咎められたりしないうちに。

 

メモには、こう記した。

『話がしたいの。 放課後、待ってます。』

名前は敢えて、書かなかった。

誰かに見られた場合を考えたのと、書かなくても 当然、わかるだろうと思うから。

もっと言えば、待っている場所も 書いていない・・・  決めていない。

わたしの気を読んで、探してほしかった。

だから、携帯電話の電源は 切ってしまう。

 

放課後。   悟天は もう、気付いているだろうか。

わたしは繁華街で、ウィンドウショッピングをしていた。 時間をつぶすためだ。

歩き回っているうちに いつの間にか、町外れまで 来てしまった。

実をいうと さっきから、柄の悪そうな男二人に後をつけられていた。

「ねえ、君。」

・・返事をするのも面倒くさい。  瞼を閉じて 集中し、気を高める。

「暇なんだろ。 オレたちと どっか遊びに行こうよ。 ・・・!?」

地面を強く蹴って、空中に浮かび上がる。

男たちが驚いて 腰を抜かそうが、知ったことじゃない。

 

わりと高さのあるビルが目にとまった。

ちょうどいい。 あの屋上で、悟天を待つことにしよう。

 

お店ではなく、いくかの会社が入っているらしいビル。

屋上は 高いフェンスに囲まれているだけで、何にも無い。

こんなに広くて日当たりのいいスペース、 遊ばせておくなんてもったいない。

チチさんや うちのママだったら、きっと そう言うんだろうな。

そんなことを考えていたら、とても大きな気が こちらに向かってくるのを感じた。

ぐんぐん近づいてくる。

訓練をちゃんとしていないわたしでも、悟天の気はわかる・・・。

 

「ブラちゃん・・。」

降り立った彼は 体育の時のジャージー姿ではなく、通勤用の恰好をしていた。

さっき椅子にかけてあった上着も、きちんと着ている。

「お疲れ様。 さすがね。 すぐに、わかっちゃったわね。」

「君の気は、普通の子とは違うからね。」

素っ気ない言い方。 それでも やっぱり、悟天は優しい。

わたしの上着のポケットの中には、持ち出したカプセルが入っている。

車が無いと、そりゃあ困るかもしれない。

だけど、 無視することだって できたのだから。

 

「あのさ、 おれでいいんなら 相談には のらせてもらうよ。 でも、こういうやり方は困る。」

黙っている わたしに向かって、彼は続ける。

「今度の仕事はさ、おれにとっちゃ再出発なんだ。 だから・・ 」

間違っても、女子生徒と問題を起こすなんて あってはならない。

そう言いたいのね。

聞こえるかどうか わからない声で、わたしはつぶやいた。

「ちょっと大げさなんじゃないの・・?」

 

そうよ。 そんなふうに考えることなんか ないのよ。

悟天は ずっと仕事をして、ちゃんと頑張っていたじゃないの。

特に、大学を出てからの数年間。

あの頃のことは、まだ ほんの子供だった わたしの耳にも届いていた。

22歳だった彼は恋人のために、さまざまなものを捨てようとしていたのだ。

自由や、夢・・ 自分なりの将来設計。

そのほかにも もっと、いろんなものを。

 

悟天に そうさせたのはパレスだ。

彼女だけが悪いわけじゃないってことは わかってる。 

だけど許したくない。

絶対に、絶対に、 わたしは認めない。

 

パレスと悟天は、大学生の時に付き合い始めた。

高校も同じだったけれど、その頃は高嶺の花で、手の届かない存在だったらしい。

 

C.C.と並ぶ、だけど全く違うタイプの金持ちである パレスの家。

保守的で、排他的な・・・。

卒業後には、まるで好きと思えない男との政略結婚が待ち構えていた。

拒否することもできず、 ただ泣いてばかりいた彼女。

その人生を、悟天は引き受けてやろうとした。

 

パレスの父親である時代錯誤のワンマン親父が、(これは わたしではなく、お兄ちゃんが言っていた。)

ようやく話し合いに応じてくれたと喜んだのも束の間。

とんでもなく高飛車な要求をされてしまう。

 

一人娘であるパレスの夫は、

我が一族が 長い年月をかけて築き上げてきた企業の、トップになれる者でなくてはならない。

よって、その資質があるかどうかを見極めるため、

幹部とともに 明日からでもビジネスの最前線で働いてもらう。

娘の気持ちを汲んでやりたいのは やまやまだが、歴史も財産も無い家に嫁がせることはできない。

 

・・つまり、努力を認められ 晴れて『合格』できたとしても 彼女を妻として迎えることは許さない。

悟天の方が養子になるよう、命じられたということだ。

その言い草には、彼の家族は もちろんのこと、周りの人たちは皆 怒りを露わにした。

チチさんなど、心労が原因で しばらく寝込んでしまったほどだ。

 

けれども 彼女のために、悟天は頑張った。

これまで学んできたことが、まるっきり役に立たない 畑違いの環境で、 ひたすら努力して耐えた。

その様子を お兄ちゃんやママから聞かされるたびに、わたしは地団太を踏みたくなった。

今よりも、もっと子供だった わたしは、どうすることもできなかった。

あの頃は いつも不機嫌な顔をしていた気がする。

パパに似てきただの、難しい年頃だの、勝手に解釈されてしまうことにも 腹が立った。

だけど、お兄ちゃんだけは、私の気持ちが わかっていたようだ。

ある時、 こんなことを言われた。

『あの、パレスって子じゃなくたって 相手が誰だろうと、おまえは気にいらないんだろ?』

『違うわ。』  

小さな声で 反論した。

 

決して、きれいごとを言うつもりはない。

たとえば。 あくまでも たとえばだけど、パンちゃんのママ、

ビーデルさんみたいな人だったら、少し時間がかかったとしても わたしは納得できただろう。

ビーデルさん、 チチさん、 それに、うちのママ。

サイヤ人の妻となる女性は、きれいで優しいだけでは駄目なのだ。

揺るぎのない、屈しない、一本 芯の通った、力とは 別の強さ。

そういうものが必要なのではないだろうか。

少し 話したことがあるだけだったけれど、

彼女、パレスには そういうところが まるで感じられなかった。

親に従い、 親の決めた夫に 決して逆らわぬよう、刷り込まれていた彼女。

悟天は そのことに気づいて、そこから救ってやろうとしたのかもしれない・・・。

 

なのに 結局、二人は別れた。

彼女の父親の、思惑どおりになったのだ。

結婚式は挙げておらず、届けも出していない。  まるっきり、何も無かったことに されてしまった。

だけど、それでも、あの 二年足らずの短い日々。

パレスは悟天のことを、夫だと思っていただろう。

そして もちろん、悟天の方も。

そのことを思うと、わたしの胸は張り裂けそうになってしまう。

 

「ブラちゃん?」

黙り込んで、うつむいている わたしの顔を、悟天が 覗きこんでいる。

何か言わなきゃと、口を開きかけた その時。

「何をしてるんですか?」

ドアが開く音とともに、警備員が現れた。

悟天は 立ちふさがるようにして、制服姿のわたしを庇う。

「すみません。 ちょっと話をしていただけです。 すぐに出ていきます。」

「施錠してあったはずなのに・・。 どうやって入ったんですか。」

やけにしつこい。  鍵を盗んだとでも 思っているのかもしれない。

「ホントにすみません。 二度と来ませんから!」

 

謝罪の言葉が終わるやいなや、悟天は素早く わたしを抱き上げた。

「・・・!!」

あっけにとられた表情の警備員を 一人残して、高く、 高く、 空に浮かび上がる。

 

今日の、学校での体育の授業のことを わたしは考えていた。

わざと踏み外して、足をくじいたふりでもすれば 保健室まで、こんなふうに 運んでくれただろうか。

実は あの時、 そんなことを思っていた。

だけど、 そうしなかったけれど、 わたしは悟天の腕の中にいる。

そして思いだす。

もう、二年近くも前のこと。 

彼の車の中で、 今とは違う形で 抱きしめられた日のことを。

 

入学して間もない頃、バカで幼稚な奴らに しつこく嫌がらせをされた。

頭に血がのぼった わたしは、リーダー格だった奴を椅子から立たせ、

胸倉を掴んで 近くの壁に押し付けてやった。

教師の前では いい子ぶって、子分に命令ばかりしている最低な奴。

青ざめた顔で謝ってきたから、それ以上は何もせずに手を離した。

わたしは甘かった。

奴は その日、家に帰って 自分の親に訴えたのだ。

引きずられて腕が抜けただの、壁に叩きつけられた時に 頭を打っただの、とんでもないデタラメを。

 

次の日、 ママが学校に呼び出された。

落ち込んで家に帰った後は、お兄ちゃんからのお説教が待っていた。

『何 考えてるんだよ。 おれたちは簡単に人を殺せる力を持ってるんだぞ。

気にいらない相手に いちいちそんなことしてたら、 』

『おおげさね。』

話を遮って、わたしは言い返した。

『わたしは お兄ちゃん達とは違うもの。 そこまで できないわよ。』

『バカ。』

声を荒げて、一気に続ける。

『訓練してないから まずいんだよ。 力を抑えるってことができないんだからな。』

 

『なによ・・。 じゃあ わたしに、我慢だけしてろって言うの?』

『そうは言わないよ。 まずは教師に相談するとか・・・。』

『そんなの、あてにならないわよ。』

うつむいたわたしに小さな声で、だけど たしかに お兄ちゃんは言った。

『だから おれは反対したんだ。』 

・・・

あの高校を選んだことを言っているのだ。

お兄ちゃんとママの母校であり、今はパンちゃんが通っている高校。

わたしが そこを受験しなかったことについて お兄ちゃんは今でも、言葉の端に批難を込める。

 

わたしは家を飛び出した。

気が付いたら、携帯の番号を押していた。

教えてもらったばかりの番号。

お兄ちゃんに聞けば簡単に、もっと前から わかったけれど、悟天本人から聞きたかった。

 

彼は その頃、わりと時間の融通のきく仕事についていた。

二人きりになりたいと無理を言って、車に乗せてもらう。

時々 うなずいたり 相槌を打つだけで、悟天は ほとんど口を挟まず、わたしの話を聞いてくれた。

一言だけ、短く つぶやく。

『イヤな奴もいるし、いろんなことがあるけどさ、 あの学校をキライにならないでほしいな。』

そう。 わたしが通っている高校は、悟天が卒業した学校だ。

あの高校を選んだ理由は、ママやお兄ちゃんへの反発だけではなかったのだ。

悟天の言葉で、わたしは久しぶりに そのことを思い出した。

 

涙がこぼれそうになる。

車は さっきから、道路の脇に停められたままだ。

ハンカチを出そうとしているらしく、ポケットを探り始めた悟天。

わたしは助手席のシートから、上半身を起こした。

彼の両肩に手を置いて、唇に、自分のそれを押しつける。

 

ファーストキスではない。

小さい頃は その背中に、胸に何度も飛びつき、頬に、額にキスを浴びせた。

多分、何度か唇にも・・・。

 

今よりも子供だったわたしは、この後どうすればいいか わからなかった。

何を言ったらいいか考えていた、その時。

意外なことが起こった。

背中に彼の両手が まわり、腕の中に閉じ込められる。

唇が、重ねられる。

つい さっき、わたしの方からしたのとは全く違う、大人のキス。

照明をおとした部屋の ベッドの上で行うような、探り当てられ、 貪られるキス。

 

このまま離れたくない。 誰も来ない所に行きたい。

わたしは それを、とうとう口にできなかった。

唇が離れ、 体を離した後、つぶやくように悟天は言った。

『ごめん。』

 

パレスが結局、一族の遠縁にあたる男性と、正式に結婚したという事実。

わたしは そのことを、少し後になってから知った。

悟天とわたしは、その後 ずっと顔を合わせずにいた。

今日が、久しぶりの再会だったのだ。

 

地上に降りた後、車の入ったカプセルは すぐに返した。

あの日と同じように 助手席に座った わたしは、わざと遠回りになる道を示す。

苦笑いしながらも、悟天は言うことを聞いてくれた。

本当に、悟天は優しい。

ちょっと優しすぎるかもしれない。

だけど、わたしには厳しいお兄ちゃんも、他の女の子には優しいのだろう・・・。

 

「ねえ、知ってた?」

運転中の悟天に向かって話しかける。

「お兄ちゃんとパンちゃん、 付き合ってるのよ。」

あっさりと彼は答える。

「うん。 だって、うちにも・・ あ、パオズ山のね。 この間、 挨拶に来たらしいよ。」

「ほんとに?」

そこまでは知らなかった。 ママは聞いているのだろうか。

「挨拶って・・ 結婚するってこと?」

「いずれ、ってことじゃないかな。 いい加減な気持ちじゃないって、伝えたかったんじゃない?」

「そうなの・・・。」

けれど わたしは、それほど驚いていない。

おそらく みんな そうだと思う。

10歳だったパンちゃんが 悟天の代わりに 宇宙船に乗りこんだ時から、

二人の運命は 動き始めていたんだと思う。

 

「いいな、 パンちゃんは。」

思わず本音が出てしまう。

少しだけ 笑いながら、悟天が言った。

「でもさ、 兄さんたちは ちょっと心配してるんだよ。」

「心配って、何が?」

「トランクスの奥さんってことは、C.C.社の社長夫人だろ。 パンに務まるのかな、って。」

「平気よ、 そんなの。」

お兄ちゃんは絶対、パンちゃんに嫌な思いなんかさせないようにするだろうし

パンちゃんが うちに来てくれたら、とってもうれしいもの。

頭に浮かんだ その言葉を、わたしは口に出せなかった。

 

パレスのために 次期社長候補として、慣れない暮らしを強いられていた頃の悟天。

彼は きっと、自分自身に言い聞かせていたに違いない。

兄である悟飯さんは、大学を出たか出ないかで結婚し、家族を持った。

そして やはり 大学を出て 間もなく、お兄ちゃんはC.C.社の社長となった。

だから、自分に できないはずはないと・・・。

 

気がつけば、家のそばまで来ていた。

「ここでいいわ。 どうも ありがとう。」

車が停まる。 シートベルトをはずす。

「さっきも言ったけどさ、 何かあったら 相談にのらせてもらうよ。 こういう やり方は ちょっと困るけど・・・。」

多分 この後、悟天は学校へ戻るのだろう。

「先生として言ってくれてるの? それとも親友の妹? 昔からの知り合い?」

そのうえ、お兄ちゃんとパンちゃんが結婚したら、 わたしたちは親戚になってしまうのだ。

 

「そうだなあ。 全部だけど、しいて言えば・・・ 」

言葉を切って、悟天は続ける。

「先輩として、かな。 学校が嫌いって、あんまり言わないでよ。」

その言い方が おかしくて、わたしは何だか笑ってしまった。

笑顔のままで、走り去る車に 手を振り続ける。

そうしながらも、 わたしは決意していた。

 

何があっても、 休まず きちんと学校に行く。  ちゃんと卒業して、大学へも行く。

そして・・・。

じっくりと、時間をかけて考える。  悟天を振り向かせる方法を。

どうすれば わたしを、一人の女として見てくれるかってことを。

だって わたしは悟天に、言うことを聞かせたいわけじゃない。

わたしは悟天の、心が欲しいの。