161.『小さな紅葉』

[ ‘12の お正月SSです。三年ぶりに初詣の話が書けました。

(ちなみに前回のは、「ブラ誕生」にあります『新しい年』です。)

次世代CP感が強めですが、ブラが登場する話が書けてよかったです。]

母さんが忙しくて、都合がつかない年もあった。 だから別に、恒例ってわけじゃない。

でも、今年は行われることになった。 

何って、年の初めに行く あれ。 そう、初詣だ。

 

金魚みたいな色の振り袖を着せてもらったブラは 父さんと母さんの間に割って入ると、

二人と手をつないで歩いた。

なのに どうしてか、途中でパッと手を離し、後ろを歩いていた おれの方へ駆け寄ってきた。

「どうしたの?」 

母さんからの問いかけに、ブラは こう答える。

「お兄ちゃんと、ゆっくり歩くことにする。 お草履、歩きにくいんだもの。」

そして、父さんに向かって付け加えた。 

「パパ、ママと手をつないでね。 一人で すたすた歩いちゃダメよ!」

父さんが、フンとかチッとか言ってる横で、苦笑しながら 母さんは言った。

「じゃあ、はぐれないようにね。 トランクス、ちゃんと手をつないであげてよ。」

「はいはい、 もう そうしてるよ。」 

ポケットの中に仕舞ってあった手は、強引な妹により、とっくに 外気にさらされていた。

 

若干5歳のブラの手は、まだ小さくて赤ん坊っぽい。 

けど、発せられる言葉ときたら…。

「うふ。 わたし、いい子でしょ? 二人の邪魔しちゃ いけないものね!」

母さんの真似をしてるんだろうか。 

母さんは、おれの影響だって言うんだけど。

 

そんなことを考えていたら、人が どんどん増えてきた。

父さんは小柄だし、歩くのが とにかく速い。 

「あーあ、やっぱり見失っちまった。」

「気で わかるでしょ、大丈夫よ。」 

「まあ、おれたちを置いて帰っちまわなきゃな。」

この人ごみに うんざりして、いきなり飛んで帰っちまうとか。 

十分に考えられるな。

それでも ようやっと、参拝の順番が まわってきた。 

ブラは、さっきまで つないでいた手を おれに差し出す。

「ねえ 、おさい銭のお金ちょうだい。」 

「何だよ、おれが出すのかよ。 … 一緒でいいんじゃないか?」

「だめっ!ちゃんとしなきゃ、お願いを叶えてもらえないわ!」

やれやれ。

 

列からは、無事 解放された。 

けど今度は、お札やら おみくじを買い求める人の群れに巻き込まれそうになる。

どうやら その中に、母さんたちもいるようだ。 

それなのに、「おい!」

ブラの奴は何故か、全然別の方向へ走っていく。

あー もう、ちょろちょろすんなよ。 

いくら気で探せるっていったって、この人出だ。 体も小さいから、すぐに人ごみに紛れちまうよ。

どうにか追いついた おれに向かって、足を止めたブラが問う。

「お兄ちゃん、あれ なあに?」 

「ああ、絵馬だよ。」   

そうか。 たくさんの絵馬がぶら下がってるのが、めずらしかったんだ。

 

「あの板に、お願い事を書くの?」 

「そうだよ。 合格祈願が多いけど、ずっと一緒にいられますように、なんてのも結構あるな。」

「お兄ちゃんは恋人いないもんね! 合格をお祈りしないの?」 

「ちぇっ、大きなお世話だ。 いいよ、金が勿体ない。」

そう。 おれは今年、大学受験なんだ。

「さあ、母さんたちを探しに行くぞ。」 

? 返事が無い。 見れば ブラの目は、一枚の絵馬に釘付けになっている。

「どうした? … 」  

さっきも言ったけど、たくさんの合格祈願に混じって、

カップルが書いたとおぼしき札も 何枚か目につく。

そのうちの一枚に、なんと 悟天と そのガールフレンドの名前が書かれていたんだ。

 

「なんて書いてあるの…?」  ブラの、悲しげな声。 

「なんだよ、自分で読めるんだろ。」

ご多分にもれず、ハートマークだのLOVEだのが ごちゃごちゃと書かれている。 

「字が きたないから読めないのよっ!」 

… まったく、チビのくせに一丁前なんだよなあ。  

「ほら。」 

そこには、書き込むためのペンが ちゃんと置かれていた。それを取ってやる。

「? なあに?」 

「女の方の名前を消してさ、自分の名前を書いちゃえよ。 ブラって。」

「バカッ!! そんなことしないわ!!」 

怒りながら背を向けて、また どこかへ走り出そうとする。

「おい! どこ行くんだよ。」 

「新しいのを買いに行く!」 

「だって おまえ、金持ってきてないんだろ。」

「うん! だから お兄ちゃんが買って!」 

「… おーい。」

 

そんなこんなで手に入れた、新しい絵馬。 

てっきり、悟天ブラ とでも書くんだろうと思っていたら…

[ パパとママが、ずっと しあわせでいますように。 ]

「なんだよ…。」  

いい子ぶりやがって、なんてことは思わない。 

だけど これは何ていうか、ませてるってのとも少し違う。

ブラは言う。 

「これで いいの。 これが、一番でしょ。」

うん、わかるよ。 父さんと母さんが、穏やかに仲良く暮らしていけること。 

それは戦いのない、平和な日々が続くってことだから。

でも、 「子供らしくないんだよなあ。」 

母さんだって、知ったら きっと そう言うよ。

 

その時。 「ブラ! トランクス! そんな所にいたの。」 

母さんたちが やって来た。

「おみくじを引いてたのよ。 大吉が出るまで ねばっちゃったわ。」 

「おみくじって、そういうもんじゃないよね? スピードくじじゃないんだからさ…。」

呆れている おれをよそに、ブラが大きな声を上げた。 

「パンちゃんだわ!」

「え? ああ、ほんとだ。」  

強い気で、すぐに わかった。 

しばしののち、人波の中から、悟飯さん一家が姿を見せた。

 

「やあ、来てたんですね。 あけましておめでとうございます。」 

「偶然ねー。 今年もよろしくね!」

談笑が始まって、父さんが 飛び立つタイミングをはかっている。 

そんな中、ブラがまた口を開く。 

「ねえー、わたし のどが かわいちゃった。」

「あら、じゃあ どこかでお茶でも飲みましょうよ。 ちょうど よかったわね… って、ちょっとー!」

やっぱりな。 

「ゆっくりして来い。」 

そんな言葉を残して 父さんは飛び去り、あっという間に見えなくなった。

 

「まったく、いつも ああなんだから。」 

ぼやく母さんを先頭にして、おれたちは歩いている。

おれの横にはパンちゃんがいて、そのパンちゃんに向かって、ビーデルさんが話しかける。

ブラの後ろ姿に目をやりながら。

「パンも、着替えなければ よかったのに…。」 

「だって暑いし、歩きにくかったんだもん。」

どうやらパンちゃんも、着物を着せてもらっていたようだ。 

「へえ、残念だな。 見たかったのに。」

「写真は撮ったわ。」  小さな声で答える。 

「そうか。 じゃあ、今度 遊びに行った時に見せてよ。」

「…。」 

今度は何も言わなかった。

だけど伸ばした おれの手を、しっかりと握り返してくれた。

 

朱色の着物に身を包んだ、ブラの小さな後ろ姿を見つめる。 

今 ブラは、母さんと手をつないで 歩いている。

10年後、あるいは もう少し先。

悟天でも、そうじゃなくても 別に いいんだけど、

おれが認めた いい奴と、仲良く手をつないでくれれば いいな。

幸せそうな、笑顔でさ。

そんなことを思っていたら、パンちゃんに目を見つめられ こう言われる。 

「受験、がんばってね。」

「うん。 がんばるよ、ありがと。」

 

つながれた小さな手は やわらかで、ブラの手と よく似ている。

けど 少しだけ、何かが違った。 

それが何かを知る日は、まだ ずいぶん先のことだ。