137.『新しい年』
「わっ、 すごい人ね。」
元旦。 神社の境内に入る前。
乗ってきた車をカプセルに収納しながら、ママは毎年同じことを言う。
違ってるのは、今年はパパが一緒だってことだ。
これまで、どんなに誘っても絶対に来なかったのに。
おばあちゃんの具合が良くないことと、ママに赤ちゃんができたこと。
やっぱり気にかけているんだろうか。
「行くぞ。」 さっさと歩いて行ってしまう。
おれの、思い違いだったのかな。
「もうっ。 いいわよ、ゆっくり行きましょ。」
ママの右手が、おれの左手に触れる。
「迷子になったら、大変だものね。」
今じゃ多分、迷子になるのはママの方だ。
「赤ちゃんが歩きだしたら、こんなふうに手をつないであげてね。」
おれがうなずくと、人ごみの中から手が伸びてきた。
ママの腕をつかんで、自分の方に引き寄せる。
「ぐずぐずするな。」 「なによ、勝手なんだから。」
人波をかき分けて、二人の後をついていく。
パパの強引な進み方のおかげで、いつもの年よりずいぶん早く、前の方にたどり着く。
「さ、お参りしてね。 ケガしないように、 勉強をがんばれるように・・・。」
ママが財布から小銭を出して、おれに握らせる。 これはいつもと同じだ。
だけどその後、パパの方を見て尋ねる。
「あんたは何てお参りするの? やっぱり・・・ 」
「フン、 こんな大勢で神頼みとは・・・。 ドラゴンボールを探しに出る方がマシだ。」
パパは人の列から外れて、またどこかへ行ってしまう。
「まったく・・・。 もう、いいわ。」
お参りを終えると今度は、
お守りやおみくじを求める人たちの列に並ばなきゃいけない。
「おみくじを引いて・・・ あと、今年は安産のお守りを買わなきゃね。」
コートの上から大きなおなかをさすって、ママはにっこりする。
おれもつられて、ちょっと笑う。
すると、 「トランクスくん・・・ 」 聞き覚えのある声がした。
同じクラスの、女の子たちのグループだ。
実は、一緒に初詣に行こうと誘われていた。
家族と行く決まりだから、って断ったけど。
「話してきたら。」 「いいよ、別に。」
「あの子たち、あんたに晴れ着を見せたいのよ。
女の子の気持ちを、わかってあげなきゃダメでしょ。」
少し強い口調で言われて、仕方なくママと離れる。
ママがおみくじを選んでいた、その時。
また人垣をかき分けて、パパがママの腕を引いているのが見えた。
おれの方を向いて叫んでいる。
「先に帰るぞ。」
「ごめんね、トランクス。 買えたら、安産のお守り、買っておいて・・・ 」
パパはママを抱き上げて、あっという間に飛び去った。
女の子たちや、周りの人は、あっけにとられて空を見上げていた。
空の上。
「ほんとに勝手なんだから。」
不満を漏らしながらも ブルマは下を向いて、小さな紙片を開こうとしている。
「なんだ、 それは。」
「おみくじよ。今年の運勢が書いてあるの。
やったぁ、 大吉だわ。 勝負事に強いって書いてあるわよ、よかったわね。」
フン、とベジータは鼻を鳴らす。
「そんなもの・・・。」
「あっ、お産も軽く済むって。 よかったわ・・・ 」
「おまえのか、俺のか、どっちなんだ。」
ブルマは、あきれる夫の顔を見る。
「だって、急に腕を引っ張るからひとつしか引けなかったのよ。
いいじゃない、二人の運勢ってことで。」
「くだらん・・・。」
そんなふうに言いながらも、悪い気はしていないようだ。
「来年の初詣は、この子も一緒ね。」
コートに合わせた色の手袋をはめた手でおなかをさすって、ブルマはつぶやく。
「きっとおてんばになると思うけど、
トランクスとあんたがいてくれれば、迷子になっても心配ないわね。」
これからも、あんな、わけのわからない人ごみの中に連れ出されるのか。
うんざりしながらもベジータは、笑顔の妻を抱える腕に力を込めた。