345.『不測の事態』

[ ブログの2万5千打でリクエストをいただきました

「ブルマをめっちゃ大切にしているベジータ」です。

『髭』というお話が既にあるのですが、別ver.のつもりです。 ]

天才科学者であると同時に、地球一の企業である C.C.社のトップでもあるブルマ。

彼女は、ひどく多忙だった。

それでもブラが生まれてからは、できる限り 一人だけでは抱え込まないよう 心がけていた。

それは家族、特に まだ幼い娘との時間を、少しでも作るためだった。

 

朝は必ず幼稚園まで送って行き、降園の際も・・・ 

さすがに毎日は無理だったが、少なくとも 週に二日は迎えに行くようにしていた。

延長保育を頼み、ブラと一緒に そのまま帰宅する日もある。 

だが 多くの場合は、もう一度 会社に戻らなくてはならなかった。

 

そんなある日のこと。 

母親としての努力を続けているブルマを、奈落の底に突き落とすような事件が起こった。

仕事の方は一段落した。 今日は再び 出社しなくても済む。

ブルマは乗ってきた車を 一旦カプセルにしまい、小走りで 娘の通う幼稚園の門をくぐった。

玄関で、あまり面識のない教師に声をかける。 

「あの、すみません。 年少組の ブラを迎えに来たんですが。」

「はい。 ちょっとお待ちくださいね。」 教師は笑顔で応じた。 

そして、教室の方を向いて、確かに こう言ったのだ。

「ブラちゃん、お迎えよ。 おばあちゃんが来てくれたわよ。」

 

お・ば・あ・ちゃ・ん ・・・・

 

ブラとともに、どうにか家に帰りついたブルマ。 

せっかく早く帰宅できたというのに 何もする気になれず、

居間のソファに腰をおろして うなだれていた。

珍しく家にいたトランクスが 声をかける。 

「どうしたのさ。 暗い顔してると、老けて見えちゃうよ。」

「・・どうせ、老けてるわよ。」 「な、何かあったの?」

 

話を聞いたトランクスは、落ち込んでいる母親をなぐさめようと 懸命に言葉を探す。

「ああ、新しく入った先生だろ。 あの人、父兄の顔あんまり見てないんだよね。

おれのことをお父さんって言ったこともあったよ。」

「でも、今日は混雑なんかしてなかったし、しっかり目が合ったはずだわ・・・。」 

「じゃあ、服のせいだよ。」

今日は午前中に、会社の方で式典があった。 

そのため ブルマは仕立ての良い、オーソドックスなスーツを着ていたのだ。

「若いお母さんたちは みんな、ラフな格好をしてるだろ。 だからだよ、きっと。」 

「・・・。」

 

フォローしてくれる息子の優しさはうれしかった。 

けれど、『若いお母さんたち』と 区別されてしまったことが悲しかった。

考えてみれば、トランクスを産んだのだって30代になってからのことだ。

長男であるトランクスの時から既に、自分は『若いお母さん』ではなかったのだ・・・。

 

夜、 寝室。 

早々と床についてしまった妻に向かって、ベジータが苛立たしげに声をかける。

「まったく・・。 いい年をして、いつまで くだらんことで不貞腐れてやがる。」 

「どうせ わたしはいい年よ。 それに、なによ。」

くだらないという言葉で 一蹴されたことに腹を立てたブルマは、つい口に出してしまった。

「あんただって よくあるじゃない。」

「何だと?」 

「つまんないことでショックを受けて、茫然としちゃうことが。」

「・・・。」   しばしの沈黙。

 

ベジータは勢いよく、ブルマがかぶっていた毛布を引き剥がした。 

「ちょっと ・・!」 

覆いかぶさり、ひどく乱暴な手つきで パジャマを引きちぎろうとする。 

「イヤッ ・・ 」 

「これは、すまなかったな。」

意外にも、彼はあっさりと力を緩める。 

「年寄りを手荒に扱うのは 良くないな。」 

年寄りですって・・・? 「ひどいわ、 バカッ! どいてっ!!」 

「黙れ。」

 

押し返そうとしたが、敵うはずがない。 

抗議しているブルマの口を塞いでいた唇が、首筋に 胸元に、ゆっくりと移動していく。

「もう、 イヤ・・。 いつも いつも そればっかり・・  

「やかましい。 おまえが、いくつになっても いやらしいせいだ。」

「また、年のこと言ったわ! バカあ!! 」

 

知り尽くした体。 ひどく優しく、なのに時折 リズムを無視してうごめく指先。

彼女の口からは いつしか、不平ではなく 甘い吐息が漏れ始めていた。

 

事の後。  

「あんたが悪いのよ。」 

夫の左腕を枕に、胸に顔を埋めてブルマはつぶやく。

「もう少し早く地球に来て、もっと早く出会っていれば・・、」 

そしたら もっと、若いうちにお母さんになれてたかもしれないのに。

彼は答える。 「だとしたら、この星は全滅していただろうな。」

そうだった。 わかりきっていることなのに、何故か時々 忘れてしまう。 

「わたしのことも、殺してた?」

「・・当たり前だ。」 

言葉とは裏腹に、肩を抱いている腕に 力が込められる。

 

そう。 この人は 長い時間をかけて、本当に変わった。

来るべき戦いのために 自分を鍛え抜くことが第一である、それはずっと変わらないけど、

夫として 父親として、わたしたちのそばにいてくれる。

ブラの お迎えに、幼稚園まで行ってくれることだってあるのだ。 

「あんたはおじいちゃんなんて呼ばれちゃうこと、これから先も無いんでしょうね。」

 

おじいちゃん、か。 

ブルマは、娘と同じ幼稚園に通っている パンのことを思い出した。

孫くんは、本当に若いおじいちゃんよね。 見た目も、年も。 

パンちゃんのお迎えに行ったことって、あるのかしら。

チチさんは あるわよね。 そういえば少し前に、会ったこともあるんだった。

ああ・・。 だから あの先生、わたしのことも おばあちゃんだと思ったのかも・・。

 

「・・どうした?」 口数の減った妻に、ベジータが声をかける。 

「ううん。」  頬に、唇を寄せる。 

昔と変わらず、まるで少年のようにすべすべしている 彼の頬。

「髭でもはやせば、少しは年相応に見えるかもしれないわね。」 

そんなことを口にして、ブルマは間もなく寝息をたて始めた。

 

夜が更けていく。 

ベジータは何度も自分の顎 そして口元を、あいている右手で触れていた。

 

朝。 ブルマの機嫌が ほぼ なおっていることに、子供たちは胸をなでおろした。

ベジータはといえば、鏡の前に立っている時間が 妙に長かった。

彼が ほとんど剃る必要のなかった薄い髭を 手入れしながら伸ばし始めたのは、

実は その日からなのだった。