144.『髭』
夜。
ブルマはようやくベッドにおさまる。
そこには、眠っていない夫が待つ。
「ふう・・・。 ようやく終わったわ。」
ベジータは自分の左腕の上にある、彼女の頭をなでてやる。
ブルマの父、 ブリーフ博士が亡くなった。
妻を亡くしてから体調を崩し、入退院を繰り返していた。
故人の遺志で、できるだけ簡素な形で見送ったものの
この数日間は、やはり大変だった。
泣く暇のなかったブルマは、ベジータの左肩のあたりに顔を埋める。
そして、顔をあげずに言った。
「なんだか、いい匂いがする・・・ 」
「トランクスに借りたものを、風呂の後に少しつけたんだ。」
驚いたブルマは、赤みの差した目でベジータの顔を見る。
「えっ、 あのローション?
あれ、ひげを剃った後につけるものでしょ?」
「ああ・・・。 久し振りに少し剃ったからな。」
ベジータが右手で、口のまわりをなでている。
息子も、いつの間にかそんなものが必要になったのか、と思っていた。
夫に関しては、そういえばあまり考えたことがなかった。
「ふふ・・・ あんたもひげが伸びたりするのね。」
ブルマは再び顔を伏せる。
「わたし、子供の頃は、大人の男の人ってみんなひげを生やすものだと思ってたのよ。
父さんがああだったでしょう?・・・ 」
時折しゃくりあげ、声を震わせながらもブルマは続ける。
「父さんね、学生の頃からああだったんですって。
母さんがよく話してたの。 きれいに剃ったのは、
初めてのデートと結婚式の日だけだったって・・・ 」
何も言ってやれないベジータは、黙ってブルマの頭をなでる。
何か言いかけたブルマは、一瞬黙って、そして告げた。
「わたし、父さんと母さんの娘で本当に幸せだったわ。」
顔を上げて、 涙をぬぐって、 笑顔を見せる。
「トランクスとブラも、そう思ってくれるといいわね。」
だって、父さんたちに負けないくらい
わたしたちも仲良しだものね?
耳元で付け加えられて、ベジータは苦笑する。
「そういえば、トランクスは父さんに髪質が似てるわよね。
ひげを生やしたら、あんなふうになるのかしら・・・。」
「俺の父親もひげ面だったぞ。」
ブルマは夫の頬に寄せていた唇を離す。
「えーーっ、 そうだったの・・・。」
出会った頃と変わらないように見える、青年にしか見えない彼の顔をじっと見つめる。
「ひげ、生やしてみたら、案外似合うかもね?」
愛用のベッドの中で、愛する男のぬくもりを感じながら、ブルマは眠りにおちていく。
『母さん、今頃喜んでるわね。天国で父さんのこと、ずっと待っていただろうから。
二人はまた、ずっと一緒ね・・・ 』
ベジータには言えなかった言葉を、心の中で繰り返しながら。
ベジータが、ほとんど剃る必要のないうすいひげを
地道に手入れしながら伸ばし始めたのは、その翌日からのことだった。