364.『それは日常』
[ 『いつものこと』の次世代っ子目線です。]
「お兄ちゃん、何してたの? 遅いわよ・・。」
遅く帰宅したおれを出迎えたのは、皮肉が得意な父さんでも
恋人がいるのなら連れて来いと うるさく言う母さんでもなく
パジャマ姿の妹だった。
「なんだ、ブラ。 まだ起きてたのか。」
「お兄ちゃんを待ってたの。大変なのよ。 パパとママ、ケンカしちゃったの。」
「へえ。」
別に、いつものことだろ。
不安げな妹に向かって、そう続けようとする。
だけど まあ、 ブラの前では控えていたのかな。
「理由はなんだよ。」
「ママがお出かけしたいって言って、パパが行かないって言って、 それで・・・ 」
まったく。
おれがガキだった頃にも、おんなじ理由で何度も言い争っていた。
あの頃のおれも こんな顔をして、おじいちゃんやおばあちゃんに不安を訴えていたんだ。
「大丈夫だよ。 朝には仲直りしてるさ。」
「でも、パパ すっごく怒ってたのよ。 どうしよう、 二人がリコンしちゃったら・・・。」
離婚って・・・。 どこでそんな言葉 覚えてくるんだよ。
それに、父さんは地球人じゃないんだぜ。
そもそも 届けなんか出してないぞ、おれたちの両親は。
「えっ、 なあに?」
「いや、 こっちのことだよ。 ほら、早く寝ないと 明日 起きられないぞ。」
そして、 手のひらで小さな頭を撫でてやりながら付け加えた。
「おまえにできることは 自分の部屋でさっさと眠って、 二人の邪魔をしないことだよ。」
そう。
これは昔、母さんたちがケンカをするたびに 周りの大人たちから言われてきた言葉だった。
いまひとつ納得していないような顔で、ブラはうなずいていた。
あの頃のおれと同じように。
翌日の午後、 幼稚園。
ブラは迎えを待ちながら、パンに向かって 得意げに両親の話をしている。
「お兄ちゃんの言ってたこと、ホントだったのよ。
朝ごはんの時には いつも通り、仲良しに戻ってたの。」
「ふうん。 ねえ、ブラちゃん。」
パンが素朴な疑問を口にする。
「シンシツって、寝るお部屋のことでしょ。 そこへ行くと、どうして仲直りするの?」
実は、ブラは 物陰に隠れて、居間にいた両親の様子をそっと窺っていたのだ。
母を抱きかかえて 寝室の方へ歩き去っていく父の姿も、しっかりと見ていた。
さすがに寝不足で、午前中はあくびばかりしていた。
けれども こういう話になるとテンションが上がるらしい。
「寝室って、二人っきりでしょ。 だからね、きっと こんなふうにしてるのよ。」
ブラは そう言うと、園服姿のパンの背中に両腕をまわした。
小さな唇を突き出して、キスの真似までしてみせる。
同い年であるブラの、ませた仕草に パンは頬が熱くなる。
けれど そのことを悟られまいと、こんな話をし始めた。
「それ、 うちのパパとママもしてたわ・・・。」
「えーーっ、 ほんと!!」
ブラの青い瞳が、さらに輝きを増したようだ。
「ねえねえ、それから どうしたの??」
「わたしに気付いて、パッと離れちゃった。」
「あら ダメじゃない。 そういう時はね、邪魔しちゃいけないのよ。」
同じ学年でも、誕生月はパンの方がずっと早い。
なのに、ひどく姉さんぶった様子で ブラは続ける。
「お兄ちゃんが そう言ってたわ。」
「そうなの ・・・。」
その時。 「何 話してんだい?」 聞きなれた声が耳に届く。
「悟天!」
彼の姪であるパンよりも先に、ブラが素早く反応する。
「今日のお迎えは悟天おにいちゃんなの?」
帽子をかぶり、かばんを背負いながら パンが尋ねる。
毎日ではないのだが、ビーデルも仕事をしていた。
だから 孫家では、手の空いている者が パンの送り迎えをしてやることになっている。
「うん。 遅くなるかもって電話したのにさ、お母さんが迎えに行けって。 まったく、強引なんだよな。」
ぼやく悟天をたしなめたのは、パンではなくてブラの方だ。
ただし、最高の笑顔を見せながら。
「遊んでばかりいちゃダメ。 パンちゃんとおうちに帰って、ちゃんとお勉強するのよ。」
「あはは、 厳しいな・・。 じゃあね、ブラちゃん。」
本当は飛んでいく方が速いのだろう。
だが 人目を考えて、悟天とパンは やや旧式の ジェットフライヤーに乗り込んだ。
空に向かって手を降り続けるブラに やはり聞きなれた、けれど別の声がかけられた。
「ママ!」 驚いて駆け寄る。 「お仕事はどうしたの?」
「午前中で終わらせてきちゃったわ。 今日はね、二人一緒よ。」
「? あっ、 パパ!!」
少し離れた場所には、父の姿もあった。
空の上、 ジェットフライヤーの中でパンはつぶやく。
「わたし、今日から一人で寝ることにしようかな。 ブラちゃんもそうしてるって言ってたし。」
「そうなのかい?」
慣れた手つきで操縦かんを握りながら 悟天は尋ねる。
「でも 兄さん・・ パンのパパが寂しがるんじゃないの?」
「大丈夫よ。 パパにはママがいるんだから。」
ブラちゃんの影響かな。 そんなことを思いながら 悟天は言った。
「まあ、 もうすぐ一年生になるんだもんな。」
「うん、 そうよ。」 それに・・・
その続きは、心の中で言うことにする。
『邪魔しちゃ、いけないんだもん。』
パンは ちっとも知らなかった。
父と母の間に入って しっかりと手をつないで歩いているブラが、
さっき以上の笑顔になっていたことを。