112.『リング』
[ 154.『めざわり』のあとのお話です。]
孫家、 昼。
パンとブラが通う幼稚園での行事の後、
ブルマたちは仕事先から駆け付けた悟飯に昼食に誘われた。
口も利かずに、いつまでも皿を空け続ける一人を除いた大人たちは談笑している。
それを尻眼に、二人の幼女はTVの前に陣取って慣れた様子でDVDをセットした。
チチがささやく。 「うちで遊ぶ時は、いつもあれを見てるだよ。」
画面には、パンの両親・・
悟飯と ビーデルの結婚式の様子が映し出された。
「へぇ、 やっぱり女の子ねぇ。」
ブルマがしきりに感心した、その時。
「わたし、この時 ちゃんといたんだよ。 ママのおなかの中に。」
よく通る声でパンが言った。
小さな彼女の両親は、頬を染めてうつむく。
「悟天が余計なことを教えたからだべ・・・。」
チチが、食事の後にそそくさと出て行った、もう一人の息子を非難した。
「わたしだって、そうよ。」 ブラも負けずに続ける。
「パパとママが結婚式の写真を撮った時、
わたしはママのおなかの中にちゃーんといたのよ。」
「・・お兄ちゃんは写ってるのに、どうして?って、べそをかくんだもの・・・。」
ブルマが、苦々しげな夫に言い訳をした。
TVの画面は、新郎新婦の指輪の交換の様子を映している。
幼女たちは目ざとく見つける。
「あの指輪、パンちゃんのママがしているものでしょ?」
「ねえ、ブラちゃんのママはどうして指輪をしてないの?」
パンの問いかけに、ブルマは優しく答える。
今度は夫の方を見ずに。
「指輪、あんまり好きじゃないのよ。機械をさわる時に邪魔になるから。」
例の記念写真を撮る際、ブルマの母は衣装と一緒に指輪も用意しようとしていた。
だが、そこまで親に準備させるのもどうかと思い、断ってしまったのだ。
いつしかブラは、TVではなく自分の母親の顔をじっと見ていた。
帰宅する途中。
車の中でブラは、運転している母親をつついて耳打ちした。
「あらあら、 たいへん。」
駐車場に車を停め、仏頂面の夫に言う。
「お手洗いですって。 すぐそこのビルで借りてくるから、待ってて。」
遅い。
気の短いベジータが 先に帰るべく車から出ようとした時、妻と娘が小走りで戻ってきた。
ブラが、両手で札を一枚広げている。
「どうしたんだ、 それは。」
ブルマが説明する。
「指輪の忘れものを見つけちゃって、窓口に届けたらちょうど探していた人が来て・・・。
お礼したいって聞かないのよ。 大切なものだったみたい。」
「わたし、このお金でおかいものがしたい。 パパとママも、いっしょに来て。」
付け加えられた一言に、ベジータも聞いてやらざるを得なくなった。
「ねぇ・・・ いいでしょ。」
すぐそばにある、おもちゃ屋に入る。
ブラは少しだけ迷って、アクセサリーのセットを選んだ。
自分でレジに走り、手にしていた札で会計をする。 包装は断る。
店を出ると小さな彼女は、先を歩く父親を呼んだ。
「パパ、ここから好きなものを一つ選んで。」
「ブラ・・・?」 怪訝そうなブルマ。
ベジータは足を止めると、ケースの中から迷わず一つを取り出した。
娘の瞳と同じ色の宝石を模したような、おもちゃの指輪。
彼は傍らに立っていた妻の左手をとる。
「・・・チッ 」 「小指でいいわよ。」
子ども用であるそれは、他の指には入らなかった。
「ふふ・・・。」
ブルマの、指輪の石と同じ色の瞳に、涙が光る。
「何を泣くことがあるんだ・・・。」
「いいじゃない。 うれしくても、涙って出るのよ。」
泣き笑いの顔になった妻と、照れてそっぽを向く夫。
「チュッて、 しないの?」
おませな娘が、両親に向かって声をかける。
もう夕暮れが近かった。
沈みかけた太陽の暖かな光が、都の街並みを、人々を、幸せな家族を照らしていた。