154.『めざわり』
「休みなら、おまえが行ってやればいいだろう。」
ベジータがテーブルの上に、一枚の紙を置いた。
それは、ブラの幼稚園の日曜参観のプリントだった。
「休日の参観は、母親以外の家族が来ることが多いんだよ。」
トランクスが助け舟を出す。
「おれの時は、おじいちゃんが来てくれたけどね・・・ 」
付け加えた一言に、ベジータは言い返せない。
その隙にブルマがたたみかける。
「あんた一人で行くのがイヤなら、わたしも一緒に行くわ。
それなら、 ねぇ ・・・いいでしょ?」
見事な連携プレーだ。
家族の・・ 特に、両親のやりとりを 幼いブラはしっかりと見ていた。
翌日。 娘を先頭に、ブルマとベジータは幼稚園の園舎に入った。
既に大勢集まっていた父兄や園児の中から、黒髪の幼女が駆け寄ってくる。
「あら、 パンちゃん、早く着いたのね。」
母親の言葉の途中でブラは叫んだ。
「あ!! 悟天!!」
人ごみの中、パンの少し後から、よく知っている少年の姿が見えた。
また、こいつか・・・。
ベジータは小さく舌打ちをする。
「おはようございます。 兄さん、仕事で急に呼び出されちゃって。」
「それで悟天くんが来たの。 えらいわね。」
「終わるまでには来られると思うんで、それまでの代理です。」
僕の時には兄さんが来てくれたから。
一言ぽつりと付け加えた。
「ねえ、ブラちゃんのパパって、どうして 怒ってるの?」
パンが素朴な疑問を口にし、ベジータは言葉を失う。
ブルマと悟天が失笑していると、ブラが答えた。
「怒ってないわよ。 ああいうお顔なの。 でもね、 おうちではね・・・ 」
女同士で顔を近づけ、聞きとれない声での内緒話。
「ああいうかんじ、女の子よねぇ。」
感心するブルマに、悟天が言った。
「ブルマさんとうちのおかあさんも、よくあんなふうに話してますよね?」
意味ありげに笑う妻。 ベジータは不機嫌をつのらせた。
園児たちは教師の指示で、遊戯に続いて簡単な器械体操を披露してくれる。
パンとブラの動きの良さはさすがだ。
「ブラちゃんは、武道をやらないんですか?」
悟天の質問に、夫を横目で見ながらブルマは答える。
「この人ね、人にものを教えるの苦手なのよ・・・。」
ベジータは否定しない。
トランクスにも、技を盗むよう申し渡しただけで
手とり足とり教えてやったことなどない。
特に、女の子であるブラは、正直どう扱っていいのかわからなかった。
「もったいないなぁ。 うちで、パンと一緒に修行すればいいのに。
今は、兄さんと義姉さんが交代で見てやってるんですよ。」
カカロットではなく、あの二人なら・・・。
ベジータの気持ちが一瞬動いた。
「そうなの。礼儀正しくなりそうで、いいわね。」
ブルマも乗り気のようだ。
「どちらも忙しい時は、僕が見ることになりますけど。」
・・やはり ダメだ。
悟飯がようやく着いたのは、終礼の頃だった。
「パパ、 おそーい。」
ふくれっ面をしながらも、パンは父親に飛びついた。
ゴメンゴメンと謝りながら、ブルマたちに向かって彼は言う。
「さっき家の方から電話があって、母たちが食事の用意をしてくれてるそうです。
一緒にどうですか。」
「あら、 うれしい。」
しかし夫は、今にも歩き去ろうとしている。
「おまえたちだけで行け。」
「えーっ、 どうして。 おなか空いてるでしょ? ねぇ・・・ 」
そのやりとりを遮る者がいた。
「パパも一緒に来て。」
ベジータの指を、娘の小さな手がつかむ。
「ねぇ・・・ いいでしょ。」
はねつけることなど、とてもできそうにないベジータの様子を見て
皆が温かい気持ちになった、その時。
「それじゃ、 おれはここで・・・。」
今度は悟天が立ち去ろうとする。
「あら、もしかしてデート?」
ブルマの言葉にブラは素早く反応した。
「ダメ!! 行っちゃ!!」
駆け寄って、その胸に飛びつく。
「一緒に来て。 ねぇ・・・ いいでしょ。」
その話し方。 顔つき。
その場にいた誰もが小さな彼女の母親と、その夫のいつものやりとりを連想してしまっていた。
ベジータは思った。
やはり、カカロットの一族と必要以上に関わってはいけない。
離れようとしないブラに、照れたような、困ったような顔の悟天。
特にあいつには、要注意だ。