209.『夕焼け』

彼女がビキニに着替えたら』の補間と続きのお話です。]

結構 前から計画を練り、楽しみにしていた夏の旅行。

ギリギリまで気を揉んだけど、ベジータも ちゃんと来てくれた。

時間をかけて説得をし、さまざまな交換条件を出したことが 功を奏したようだ。

 

けれど甘かった。 

夏の海に、さあ入ろうと上着を脱いだ 次の瞬間、わたしの体は宙に浮いた。

ベジータによって、肩に担ぎ上げられたのだ。

驚いて空を見上げている みんなが、みるみるうちに小さくなっていく。

「パパ! ママ! どこ行くんだよー!」

トランクスの叫び声が、かろうじて耳に届いた。

 

空の上、彼の肩の上で、背中を叩きながら訴える。 

「ちょっと! 何考えてんの、下ろして、じゃなくて降りて! いったい、どうしたっていうのよ。」

「黙れ。 おまえの方こそ、何を考えてやがる。」 

「何が? 何のこと?」

「その 格好だ!」

格好って… 今 着ている水着のこと?

「それは下着だろうが! 真昼間から、人前で… 」 

「え、えーーっ??」

 

もしかして この人、ビキニって物を知らないの? 

確かに下着と同じ形だけど。

それに わたしは いろんな色や柄、ちょっと変わった質感の物も着けるから、

間違えるのも まあ、わからなくはないけど。

「誤解よ! これは水着。 海やプールで、泳ぐ時に着る物なの。 

あんただって今、海パン穿いてるでしょ?」

「…。」 

「まったく〜。 他のみんなだって着てたじゃないの。」

 

今 言ったのは、あの場にいた女性陣のことだ。

今回の旅行は、結構な人数だ。 うちと孫家、カメハウスのみんな、それに…

「フン。 本当に泳ぐ気なら、あの娘が着ていたようなやつを選ぶはずだ。」

あの娘。 誰のことかは すぐにわかった。 ビーデルちゃんだ。

悟飯くんの友達、ううん、恋人としてかな? 

一緒に来た彼女は、ワンピース型のシンプルな物を着ていた。

友達ばかりのグループ旅行ではないから、控えめにしたのかもしれない。

それにしても。

 

「何よ。 自分こそ、若い女の子の水着を しっかりチェックしてるじゃない。 いやーね。」

「バ、バカを言うな! たまたま目に入っただけだ。 

それに他の女どもは、タオルや上着を引っかけたままだった。」

それ以外の女性メンバーはというと、チチさんと18号だ。 からかい半分で大声を出す。 

「まあっ! よその奥さんにも興味があるのね?」 

「バカが! くだらんことを言ってると落とすぞ!」 

「キャッ、 危ない…っ 」 

履いていたサンダルが左右とも、まっさかさまに落ちていった。

水着だけを着けた わたしの体を抱え直し、厳しい声でベジータは言った。

「おとなしくしていろ。」

 

数秒ほどが経ったのち、わたしは改めて声をかけた。 

「ねえ。」

「何だ。」 

「戻りましょうよ。 他の水着も持ってきてるから、着替えるわ。 

このままじゃ みんなに悪いし、トランクスも心配してるわよ。」

「チッ。」 

大きな、聞えよがしの舌打ちの後、ベジータは方向転換をした。

 

ベジータが降り立ったのは、ビーチではなくホテルのそばだった。 

まずは着替えろ、ということらしい。

だけど ここは新館。 

たしたちの部屋があるのは、ロマンティックな旧館の方だ。 

飛んで行くほどではないけど、ここからは少し距離がある。

でも、 「歩けないわ。 わたし裸足なのよ。」  

履いていたサンダルは、さっき空の上から落としてしまった。 

誰かの頭なんかに、直撃してなきゃいいんだけど…。

それはともかく、道路には尖った小石が いっぱいだ。 

やや曇っているせいで、幸い それほど熱くはないけど。

 

「くそっ、まったく、世話の焼ける女だな。」 

そう言ってベジータは、自分のサンダルを脱ごうとした。

わたしが履いていた華奢な物と違い、ベルトでホールドするタイプだから 落ちなかったのだ。

「あっ、そんなことはしなくていいわ。」 

「なに?」

「はいっ。」 

怪訝そうな彼に向かって、わたしは両腕を伸ばした。

 

ベジータの、たくましいけど大きくはない肩に、再び担ぎ上げられている。

「これ イヤだわ、荷物みたい。 抱っこしてほしかったのにー。 おんぶでもいいわよ。」

返事をしない 彼に向かって続ける。

「あんたも瞬間移動ができたら便利なのにね。 あ、でも知ってる人がいない所はダメなんだっけ。」

何も言わないものだから、わたしはつい、しゃべりすぎてしまう。

「話は違うけどさ、あんたのやきもち、独占欲? ちょっと うれしいのよ。 

だってヤムチャはそういうの、全然無い人だったから… きゃあっ!!」

言い終えるよりも先に、地面の上に下ろされた。 乱暴に、本当に荷物みたいにだ。 

ああ、脚に擦り傷ができてしまった…。

「痛いわね! ひどいわ。」 

「知るか。 自分で歩け。」

 

飛び去りはしなかった。 けれどベジータは、ずんずん先に行ってしまう。 

「何よ…。」

仕方がない。 あと もう少しだからと、足を踏み出しかけた その時。 

一台の車が、やけに ゆっくり、こちらに近づいてきた。

助手席の窓が開いて、若い男が話しかけてくる。 

「どうしたの、彼氏とケンカ? ビーチに行くなら送って行くよ。」

「ありがとう。 でも結構よ。 一旦、ホテルに戻るの。」 

それだけを言って、早足で立ち去ろうとした。

なのに 男は、車から出てきた。 腕を掴まれ、引き寄せられる。 

「何よ、離して!」 「遠慮すんなよ、乗って 乗って。 … うわあっ!!」 

「… ベジータ!」 

あっという間の出来事だった。 絡んできた男が地面を転がり、車から別の男たちが出てきた。

だけど 彼らは無事だった。 わたしたちは また、空に浮かび上がったからだ。

 

「ありがとう、 それとごめんね、ベジータ。」 

「…。」

「でも あいつらね、かなり失礼なのよ。 車にいた奴らは、わたしを見てちょっとイヤな顔してたの。

やっぱり若くなきゃダメなのかしらね。」

「おまえという女はまったく…。」 

ベジータが、心底 呆れた声を出した。

 

その後は結局、ビーチに戻った。

到着したのがお昼過ぎだったために、もう 日が沈みかけていた。

パラソルやマットを片づけていた皆が、わたしたちに気付く。

「パパ! ママ! 戻って来たんだね!」 

トランクスが、駆け寄ってくる。 

「追いかけようと思ったらさ、ほっとけって みんなして止めるんだもん。」

うれしそうな様子に、わたしも笑顔で、大きく手を振る。

「ごめん ごめん。 心配かけちゃったわね。」 

その、次の瞬間。 足元に何か、軽い物が落ちた。

「… ママ!」 

「えっ? あっ、 キャーーーーー!!」

落ちたのはビキニの、上。 

背中の紐が、ほどけてしまったのだ。

 

 

 

「肩紐が無いタイプだったのよね。 それにさ、その日は一度も水に入らなかったから… 

結び目が緩んじゃってたのよ。」

「…。」  

自分から聞きたいと言ったくせに、ブラは しらけた顔をしている。

あの日のことは、トランクスや、他のいろんな人から聞いているはずだ。 

けど当事者である わたしの口から、一度 聞いてみたかったようだ。

 

「みんなの目から隠そうとしたのに、もっと すごいものを ご披露しちゃったわけね。 

パパも大変よね…。」

「あはは、まあね。 でも ほんの一瞬よ。 みんな こぞって、タオルや上着を貸してくれたもの。」

「で、次の日からは どうしたの? もうちょっと地味な水着に替えたの?」 

「ああ、 それがねえ。」 

トランクスを みんなに頼んで、わたしは先に都に帰った。

仕事ではない。熱が出てしまったのだ。 

まとまった休みを取るために、頑張り過ぎてしまったらしい。

 

「それで、また飛んで帰ったの?」 

「うん。ジェットフライヤーでね。」 

「パパと一緒にか。 ふうん。 …」 

 

わたしたちは今、ホテルの部屋の中にいる。 

ベランダの窓からは、美しい夕焼けが見える。

「こんな時間になってから 晴れてきたわね。」 

そう、今日は ずっと、ぐずついた お天気だった。

「あっ!」 

ブラの表情が変わった。 

「え? どしたの? あら。」 

ほどなくして、ジェットフライヤーが視界に入って来た。 

C.C.社のマーク入りのそれは、トランクスの専用機だ。

 

ブラが、勢いよく部屋から出ていく。 

「お兄ちゃんのお出迎え、ではないみたいね。」 

「フン…。」 

それはベジータの、不機嫌な顔からも わかる。 

トランクスが、悟天くんを連れて来たのだ。 もしかしたら、パンちゃんも一緒だろうか。

「うれしいわ。 退屈してたのよ〜。」

 

ブラは明日、新しい水着を着るだろう。 そう大胆ではないけれど、一応ビキニだ。 

それを見たら、ベジータは怒るだろうか。

でも もしも担ぎ上げられ、空に浮かんだとしても、ブラなら自分で、飛んで戻れるものね。

「ふふっ。」 

想像したら、笑ってしまった。

「何だ。」 

「ううん、何でもない。 明日は わたしも、ビキニを着ちゃおうっと。 

このメンバーなら いいでしょ? 怒らないでね!」

「チッ…。」 

舌打ちをするベジータの頬が紅い。 

 

ああ 本当に きれいな夕焼け! 

明日は きっと よく晴れて、海よりもきれいな青空が広がるだろう。