110.『彼女の特権』
[ 『エスコート』の続きです。]
初めて、二人で出席した パーティー。
その席で、ベジータは 意外と無難に振舞ってくれた。
まあ、問題が起こる前に、と早めに失礼させてもらったことも
大きいんだろうけど。
傍らに立つベジータを、「夫です。」
と、周りに紹介できたこと。
やっぱり、うれしかった。
家族や友達、仲間以外の人達にも認めてもらいたいと
ずっと、心のどこかで願っていたのだと思う。
『ご主人は、何をされているかたですの?』
何度もされた、この質問。
それに対し、こんなふうに わたしは答えた。
『あることを、準備しているところなんです。』
・・・間違ってはいない、はずだ。
ベジータ本人も、余計な口を挟むことはせず、悠然と構えていた。
それが功を奏したらしく、皆、良い方に解釈してくれた様子だ。
たとえばC.C.社のラボで秘密裏に、大きな研究をしているとか・・。
けど 考えてみれば、妻の実家に援助してもらいながら起業したり、
政界への進出を目論んでいる男の人は
いくらでもいる。 そう思えば、別にね。
それに 何といっても、 この人、ベジータは王子様なのだから。
ところで 今、わたしたちは帰りの車の中にいる。
邪魔になりそうだと判断したから、運転手は頼まなかった。
行きは わたしが、そして帰りである今はベジータが、ハンドルを握っている。
シャンパンを飲み過ぎてしまった わたしに代わって。
断っておくが、彼は 無免許ではない。
まあ、お礼をはずんでの ずるいやり方だったんだけど・・
教習所のえらい人に、家に来てもらったのだ。
メカ全般に精通しているベジータは、すぐにライセンスを手にしてしまった。
自分の時も そうしてほしいと、トランクスが騒いでいた。
けど、あの子には ちゃんと手順を踏ませるつもり。
実は10代の頃、わたしも C.C.の敷地内で免許を取った。 そのことは、内緒にしておこうと思う。
「あっ!」 「なんだ。」
「お願い。 あの建物・・ あそこに、寄ってほしいの。」
怪訝な顔をしながらも、ベジータは
言うことを聞いてくれた。
車を降りて外に出て、扉を押してみたけれど、さすがに鍵がかかっていた。
「何なんだ、 ここは。」
「教会よ。 ねえ、さっき パーティーで、〜っていう
おじさんに・・ もう おじいさんかしら。
話しかけられてたでしょ?」
わたしが、少しだけ離れていた間の出来事だ。
「--大学の名誉教授でね、結構えらい人なのよ。 父さんの、昔からの知り合いなの。」
相槌は打たないけれど、黙っている。 多分、その辺りのことは聞かされたのだろう。
「あの おじさんね、わたしと同い年の娘がいたのよ。
だけど まだ小さい時に、病気で死んじゃったの。
父さんと母さんと一緒に、わたしもお葬式に行ったわ。」
わたしの、一番古い記憶の一つ。 それは
この教会で行われたのだ。
「他にも子供がいるし、今じゃ孫もいるんだけどね、全員男の子なのよ。
そのせいか わたしのこと、やけに気にして、心配してくれるのよね。」
「・・・。」
「あの おじさん、あんたに何を話してたの?」
「たいした話じゃない。」
「ふうん・・。」 「帰るぞ。」
踵を返そうとしたベジータに、声をかける。
「待って。」
「まだ、何か あるのか。」
瞼を閉じて、わたしは顎を わずかに上げた。
「何のつもりだ。」
「誓いのキスよ。 教会は、結婚式を挙げる場でもあるでしょ。」
「何を、今さら・・。」
「来て、こっちに。」
舌打ちの音。
それでも両手が、肩に置かれる。 唇に、彼の
それが そっと触れる・・・。
それなのに、 「きゃあっ!!」
次の瞬間。 両腕に抱え上げられ、夜空に浮かんだ。
「ちょっと! 何すんのよ、いきなり!」
「黙れ。」
「・・・。」 有無を言わせない、彼の一言。
仕方なしに、小声でつぶやく。
「よかった。 車、カプセルに仕舞っちゃってて。」
わたしを抱えて、猛スピードで 彼は飛んだ。
あっという間に、着いたC.C.。
玄関の前には降りず、わたしたちの、寝室の窓から入っていく。
いつだって、ここは ロックをしていない。
ベッドの上に、投げ出される。
文句を口にするより先に、ベジータが口を開いた。
「いちいち、確かめようとするな!」
「? 何よ、何のこと?」
「わかりきっていることをだ!」
一旦切って、一気に言った。
「この俺が、女の言うことを聞いてやっているんだぞ。 それだけで感謝して、満足しろ!!」
手が、再び 肩にかかる。 「いいか。 俺は、」
ひどく、乱暴に・・。 「あ、ダメ! 待って!!」
彼の手を、必死に押しとどめる。
「自分で脱ぐわ。 ドレスが、破れちゃう。」
半身を起こし、ファスナーを下ろす。
行く前に さんざん揉めて、ベジータが選んでくれたドレス。
残念ながら 純白ではないけど、ゴールドがかった、アイボリーだ。
ベジータも、タキシードを着ている。
それもあって、さっき、結婚式の真似事を思いついたのだ。
黒いジャケットに手をかける。 ネクタイを、はずしてあげる。
糊の効いたワイシャツのボタンも、ひとつひとつ
はずしていく。
ベッドの上。
産まれたままの姿になって、いつものように
抱き合った。
手順をいくつか省いたことに、不満を漏らす。
すると その後 たっぷりと、埋め合わせをしてくれた。
丁寧に、 時間をかけて もう、イヤと言うほど・・・。
『いいか。 俺は、』
さっきの、あの言葉の続きは何だったのだろう?
疑問は全て、痺れるような快感の波に
呑み込まれていった。
このまま、眠ってしまいたかった。
だけど 腕をすり抜けて、どうにか
ベッドから下りた。
寝室に、設えられたバスルーム。 メイクだけでも落とそうと、洗面台の前に立つ。
鏡の中にいる わたしの、上気した頬、うるんだ瞳・・。
その時、やや乱暴に、ドアが開いた。
ベジータも、やって来た。
一緒に、お湯につかりながら 話しかける。
「パーティー、楽しかったわ。 ありがと。 ねえ、毎回とは言わないから、また
付き合ってよ。」
「断る。」
・・間髪を入れずに却下されてしまった。
「他の男を誘えってこと? いいの?」
「父親に頼め。 あと何年かしたら、トランクスを連れて行けばいい。」
「前社長と 次期社長か・・。 現社長は、夫と一緒に行きたいのにな。」
そう言うと ベジータは、声を出さずに笑っていた。
口の、左端だけを持ち上げて。
ベッドの上。 目を閉じて、俺は思いだしている。
宴の席で やけに親しげだった、初老の男のことを。
『やあ、 会うのは初めてだね。 でも
君のことは、ブリーフ君から よく聞かされてるよ。』
ブルマの父親の、旧い友人だという。
『ブルマちゃんは、きれいになったねえ!
もともと 母親似の美人だけど、今が一番きれいなんじゃないかなあ。』
返事も待たず、勝手に話し続けている。
『それに、優しくなった。
ブリーフ君も言ってたんだけど、以前はちょっと、ワガママが過ぎたもんねえ。
君と一緒になって、よかったんだろうなあ。』
『・・・。』
『ブリーフ夫妻も、さぞかし安心してるだろうな。 ブルマちゃんはね、結構
遅くに出来た子なんだよ。』
聞いたことが、あったかもしれない。
『ブリーフ君と僕は同期生でね。
それはわかるだろうけど、彼の嫁さん、ブルマちゃんのお母さんね。
あの人、僕らと同い年なんだよ!!』
傍らに立っていた、女の方に顔を向ける。 身ぎれいにしてはいるが、どう見ても若くはない。
『この人、僕の奥さん。 彼女より
ずっと年上なんだよ。 驚いちゃうよねー。』
そこへ、グラスを手にしたブルマが戻ってきた。
『お久しぶりです。 楽しそうに、何を話してるの?』
『いや、ちょっとした世間話だよ。
そうそう、近々うちでも こういう席を設けるつもりだから、ぜひ来てくれたまえよ。
もちろん、君も 一緒にね!』
笑顔で右手を差し出され、反射的に応じてしまった。
背を向けている方から、小さな声が聞こえてきた。
「ベジータ。」
「なんだ。」
返事はない。 寝言だろう。
・・そう思ったが、ちょうど寝がえりを
うちたくなった。
眠っているはずの 女の口元が、微かに、笑ったように
動いていた。
この間のパーティーの後、 パパとママは意外にも、ケンカらしいケンカはしていなかった。
でも 何日かして、おじいちゃんの友達という人から招待状が届くと
また、
あーだ こーだと揉め始めた。
おれ 思うんだけど、パパって、ホントはそんなに嫌がってないんだよね。
ただ、ママの言うことを、すんなり
聞いてやるのが悔しいんだ。
ま、どっちにしろ すぐに仲直りするんだから
ほっとくよ。
呆れた おれが 部屋を出て行ったら 多分、チュッ チュッ て 始まるんだと思うし。