022.『入学式』

[ トランクスの小学校卒業の頃の話です。

回想で幼稚園の卒園式のエピソードが登場しますが、

以前書いたお話とは違っています。

また、トラとブラって ほんとは13〜4歳差だと思いますが、これはこれということで…。]

今日は、小学校の卒業式だ。 

今日で おれは、6年間通った小学校を卒業する。

担任の先生を先頭にして、クラス順に、二列に並んで入場する。

会場である体育館には もう、在校生や来賓、そして お父さんやお母さんたちが着席しており、

拍手で迎えてくれる。

 

けど あの中に、おれの家族は いない。 

おばあちゃんは二カ月程前に亡くなったし、おじいちゃんは入院中だ。

それにママも、先週から入院している。 

但しママは病気ではなく、元気な赤ちゃんを産むためだ。

赤ちゃんができてから、ママは本当に大変だった。 

つわりがひどかったために 長いこと起きられず、治まってからは、たまってしまった仕事に追われた。

多分そのせいなんだろう。 

休みに入った途端、病院から、早めに入院するようにと 強く勧められた。

まあ、ママの年齢も考えてのことらしいけどね。

 

校長先生による挨拶の後、PTA会長さんなど、偉い人たちの祝辞が続く。

そんな中で おれは、今から6年前の、幼稚園の卒園式の日のことを思い出している。

あの時も、ママは来なかった。 

仕事で、どうしても都合がつかなかったためだ。

おじいちゃんとおばあちゃんが 二人揃って来てくれたけど、やっぱり ちょっと寂しかった。

 

あの日は、こんなことがあった。

式が終わって 一旦教室に戻った時、

同じクラスの、あまり一緒に遊んだことのない友達に話しかけられた。

『ぼくんちね、もうすぐ赤ちゃんが来るんだよ。 だから うちのママは、今日来れなかったんだ。』

おれのママが来てないことを知って、そんな話をしてきたのだろうか。 

ともあれ、『へえ、そうなんだ。』 と おれは答えた。

『多分、弟だよ。 生まれたら、毎日一緒に遊ぶんだ。』

『ふうん、弟かあ…。』 

その時 おれの頭に浮かんだのは もちろん、悟飯さんと悟天の姿だ。

いいなあ、と言おうとしたけれど やめた。 

その友達には、お父さんが来てくれていた。

だから うらやましくて、少し悔しかった。

 

… 「卒業生代表、トランクスくん。」

「はい!」 

名前を呼ばれ、椅子から立ち上がる。 

そう。 実は おれ、6年生を代表して答辞を読むんだ。

どうせ誰も来ないんなら、他の友達に譲ろうかとも考えた。 

でもママは、選ばれたのなら頑張りなさい、って言ってくれた。

 

一歩一歩、踏みしめるようにしながら壇に上がり、一礼をして ゆっくりと読み上げる。

その時。 やけに大きな音をたてて、体育館の扉が開いた。

「!」  

パパだ。 来てくれたんだ。

用意してあったはずのスーツは着ておらず、普段着のままだ。 

おまけに席に着こうともせず、腕を組んで立ったまま。 参観日じゃないんだからさ。

見かねた先生が駆け寄り、何やら話しかけている。 空いている椅子をすすめているのだろう。 

なのにパパときたら、完全に無視だ。

 

そんなことがあったおかげで、何度か つっかえてしまった。 

けれど どうにか、挨拶を終えた。

拍手が響き渡る中、また礼をして、席に戻る。 その最中に、パパは出て行った。

またしても 扉を、ひどく乱暴に開け閉めして。

 

式が終わった後、おれは まっすぐに、ママがいる病院へ向かった。

パパが来た話をすると、ママは とっても楽しげに笑った。 

かつてのおじいちゃんたちと違って、おれの写真や映像を撮っておいてくれたわけではない。

それでも、うれしそうだった。

 

「あー、明日から春休みだー!」 

大きく伸びをした おれにママは言う。 

「宿題がないからって遊んでばかりいちゃダメよ。 

ちゃんと予習して、それに、トレーニングも頑張るのよ。」

「はーい…。」  

どんな時でも、重力室 あるいは荒野で、自分を鍛え上げることを休まないパパ。

そのパパに対しては文句たらたらなくせに、おれには そんなふうに言う。

でも、理由はわかっているつもりだ。 

いつだったか、ママに言われた言葉。

『もっともっと強くなって、戦えない人たちを、みんなの幸せを 守ってあげなさい。 

だって あんたは いわば、選ばれた子なんだから!』

 

その後 ママは、にこにこしながら こう言った。 

「●日に産むことになりそうなの。 

予定より ちょっと早まったけど、おかげで入学式には余裕で間に合うわね。」

大きなおなかを、さすりながら続ける。 

「うふっ、この子には何を着せようかしら。 春らしく、ピンクがいいかしら。」  

生まれてくる赤ちゃんは、女の子なのだ。 それはそうと… 

「え、連れてくるの? 大変じゃない?」

「大丈夫よ。 ベジータにも ついてきてもらうもの!」

きっぱりと、ママは断言した。 

まあ、家で子守をするか ついてくるか、どっちかを選べ!ってせまれば、来てくれるかもね。

 

でも何だか、すっごく想像できるな。 

すぐに帰ろうとするパパ、ダメよって 怒るママ、その声にびっくりして 泣きだす赤ちゃん、

あわてるパパ、それを見て 笑いだすママ…。

 

家への帰り道、おれは また、思い出している。

今度は小学校の、入学式のことだ。 

あの日はママが、ちゃんと来てくれた。

例の、卒園式の時 話した友達には、お父さんとお母さん、それに赤ちゃんも一緒に来ていた。

おれが駆け寄って行くと、

『ぼくのうちは おじいちゃんやおばあちゃんがいないからね。』 と言っていた。

生まれたばかりの赤ちゃんは、かわいいピンクの服を着ていた。

『なんだ、弟じゃないじゃん。』 

そう言うと、友達は照れた顔をして、『でも かわいいよ!』 と笑った。

 

ところで その日、ママは新しいスーツに身を包んで、とってもきれいだった。 

けれど まぶたが、少し腫れていた。

パパに一緒に行こうと誘って却下され、ケンカになった。 

でも そのせいじゃない。

朝 家を出る前、パパが おれに、こう言ったためだ。

『今日から重力室を使って、本格的にトレーニングを始める。 但し あそこでは俺に、絶対服従だ。 

それと、余計な世話をかけてくれるなよ。』

『まーったく。 何なの、あの言い方。 ほんと、 誰に対しても 偉そうな奴よね…。』 

呆れたような声を出しながらも、ママは何故か、目元を手で押さえていた。

 

C.C.が見えてきた。 パパは今も、重力室にいるだろうか。 

どっちにしても… 「ま、いっちょ 頑張るか!」

 

4月から、中学生になる おれ。

勉強に、新しい友達づくり、それにトレーニング。 

そして、妹の世話も 手伝わなくちゃ。

ママの力に なってあげなきゃいけない。 

おじいちゃんは年をとったし、おばあちゃんは もう、いないから。

 

雨は降っていないけど、今日は あいにく曇り空だ。

空気も少し冷たいけれど、吹きつける風には かすかに、花の香りが混じっている。