047.『人の妻』
ブルマが、寝室のベッドに横たわるベジータに話しかける。
「あのね、今日トランクスが幼稚園でね・・・。」
彼は何も言わない。
でも、聞いているのはわかっているので彼女は続ける。
話の中身はこうだった。
トランクスが通う幼稚園の、卒園式が近々行われる。
園児たちは壇上で、将来の夢を一言述べる。
そのリハーサルの際、女の子のほとんどが
「トランクスくんのお嫁さんになりたい。」と 言ったのだという。
それを当人ときたら 「ダメ。 おれはママとケッコンするから。」と一蹴し、
泣き出す子まで出る騒ぎになってしまった。
まぁ、泣いたのは「ママとはケッコンできないんだよ。」って言った子を、
トランクスが言い負かしたらしいんだけど・・・
言い終わらぬうちにベジータに腕を引き寄せられ、
ブルマは火をつけたばかりのタバコを消さなくてはならなかった。
わが子のことながら ベジータは、そういう話はどうも笑えなかった。
いまや別人であるとはいえ、青年に成長した姿を先に見てしまったせいかもしれない。
同じ年頃の友人などいない、荒れた世界で育った彼は
母親への思い入れがかなり強いように見えた。
またベジータの出自である王族では、高貴な血筋を守るため
近親者同士の結婚は珍しくなかった。
さすがに親子間というのは考えられないが、
トランクスの、自分によく似た強情そうな顔つきを思うと
他愛のない言葉と聞き流せなくなってしまう。
「いま、別のこと考えてるでしょう。」
愛撫を受けて、ためいきを漏らしながらもブルマが口をとがらせる。
まったく飽きることのないその表情。
それは次第に、ベジータだけが知るものに変わっていく・・・。
勝負を先延ばしにしたまま、宿敵は手の届かない次元に行ってしまった。
この地球に留まる理由はもう無いはずなのだ。
宇宙に飛び立ってしまえば、この暮らしが堕落ではないかと思い悩むこともなくなる。
しかしここは、青年の姿のトランクスが育った世界とは違う。
ここでのブルマは、家も親も仕事も失っていない。
自分が去った後、少しの間悲しんでも、いずれまた恋人をつくるだろう。
今は自分だけのものであるこの女が、他の男のものになる。
それを考えるとベジータの胸は妬けつくように痛み出す。
あせりにも、苛立ちにも似た感情。
僅かずつだが、彼は認め始めていた。 ブルマを手放したくない自分を。
卒園式が無事に終わり、
ブルマはトランクスと二人で家路についていた。
壇上で、小さな彼は堂々と「パパよりも強い男になりたい。」と述べた。
「小学生になったら、重力室で特訓できるんだよね。」
トランクスは大張り切りだ。
「そうね。前からの約束だものね。 ・・・でも 」
気をつけなきゃダメよ、と言いかけた母親を遮って
「きのうパパにね、
パパに勝てるようになったら、ママとケッコンしたいって言ったらね・・・」
トランクスは続ける。
「ダメだって。 ブルマはもう俺の妻だ、って。
『つま』ってなに? ・・・ママ、どうしたの??」
ブルマは、ハンカチで目元を押さえながら答えた。
「なんでもないの。 ちょっとね・・・。」
「今日の、幼稚園の先生たちと、おんなじ?」
「・・・そうね。 うれしくても、涙って出るのよ。」
最後の園服姿になる息子と手をつないで、ブルマは家路を急いだ。
家には、この子の父親、私の夫が待っているから。