020.『今日は晴天』
[ 『バーゲンセール』の、トランクスがやってくる前の
ベジブル二人のショッピングが中心のお話です。
こういう デート話?も、素敵なものがたっくさんあると思うんですが…
自分っぽい話が書けてよかったなーと思ってます。]
朝。 自動調理機が作ってくれた朝食を、ママは残さず たいらげた。
食欲が戻ったみたいで、ほんとに よかった。
ちょっと前までは、ほとんど何も食べられなかったもの。
そのことを口にすると、ママは こう答えた。
「でも今度は、太り過ぎが心配なのよね。 産んだ後、元に戻らなかったら困っちゃうわ。」
「大丈夫だよ。 ビーデルさんだって、あっという間に元通りになったじゃないか。」
「ビーデルちゃんはアスリートだし、何といっても若いし…。」
フォローのつもりで言ったのに、別の部分にママは食いつく。
「ああいう 若くてカワイイ女の子たちと、ママ友になるってことなのよねー…。」
そして言った。 決意も新たに、と いった口調で。
「さあ、おしゃれな服を買いに行こうっと! 産後のダイエットの励みにするためにもね!」
ママは やっぱり、バーゲンに行くつもりのようだ。
そんな中、パパに声をかけられた。 「おい。」
「ん? なに、パパ。」 「もう、時間じゃないのか。」
学校へ行くために 家を出る時間、ということだ。
TVの方を見ながら答える。 「ああ、あと5分くらいだよ。 いつも、この番組が終わったら、」
「さっさと行け。」
「…。」
これって… パパは結局、ママの買い物に付き合ってあげるつもりなんだ。
いったい どんな顔で、何て言って ついて行くんだろう。
見たかったな。 あー、残念。
昨日は つべこべ言っていたけど、ベジータは結局 ついてきてくれた。
普段なら ともかく、大きな おなかを抱えて人ごみに出かけるのは、やっぱり心配なんでしょうね、
ふふっ。
それは ともかく…。 助手席に座っている、彼の姿を 横目で見る。
まあ、いいわ。 後、 後。
乗ってきた車をカプセルに収納し、いざ、デパートへ。
「さあ、行くわよ!」
エスカレーターに乗り、まずは紳士物が揃うフロアで降りる。
婦人服の階よりはすいているけど、やっぱり、いつもよりも人が多い。
目をつけていたショップに、足を踏み入れる。 もちろん、ベジータも一緒だ。
「なんだ、ここは。 赤ん坊と おまえの服を買うんじゃなかったのか。」
「だって、あんたの格好…。」
そう。 ベジータは今、彼にとってのルームウェア…
早朝トレーニングを終え、シャワーを済ませた後 いつも着ている、
ランニングとハーフパンツという いでたちなのだ。
別に、おかしくはない。 でも どうせなら、もう少し お洒落してほしい。
二人きりで街に出てくることなんて、そうそうないのだから。
「いらっしゃいませ! 何か お探しですか??」
店員が、やけに愛想良く近づいてくる。
「いろいろ、お安くなってますよ! こちらなんか、いかがかしら。」
まだ あまり混雑していないとはいえ、他にもお客はいるというのに。
「わかってます!」 ぴしゃりと撥ね退ける。
「ご心配なく。 妻の わたしが、ぴったりな物をコーディネートしますから!」
その様子を見ていたベジータが、訝しげに尋ねてくる。
「気味の悪い男だったな。 何故 あんなに、ニヤニヤしていたんだ?」
それはね、あの店員さんは、見た目は男でも 中身は女の子だからよ。
あんたが、好みのタイプだったんじゃない?
なんて、本当のことは言わない。
「… 着てる物で、値踏みしてるのかもね。」
「! 何だと?」
プライドの高いベジータは、思った通りの反応を示す。
「ねっ、だから、もうちょっと改まった格好をした方がいいわ。
わたしが ちゃーんと、選んであげるから!」
そう言って大正解だった。
その店で、ベジータは比較的おとなしく、言うがままになってくれた。
「うん、素敵よ。 さすがは わたしのダンナ様ね!」
季節と流行に適っており、なおかつ わたし好みのスタイルとなった彼の頬に、素早くキスを贈った。
例の店員が、面白くなさそうな顔をしながら こちらの方をじっと見ていた。
ふふん、だ!
その後は、大きな目的であるベビー服、そして父さんと母さんに贈る衣類を選んだ。
「さっさとしろ。 一時間以内に、全て済ませろよ。」
「えーっ、無理よ、そんなの。 混んでる店だと、会計だけでも結構時間がかかるんだから。
ねえ、そんなことより、これとこれ、どっちがいいと思う?」
「知るか! 俺に聞くな!」
「別に難しいことは言ってないでしょ。 直感で選んでほしいのよ。」
「わからん!」
そんな やりとりを、何度となく繰り返しながら。
それにしても 世の男性というのは、こんな時…
妻の買い物に付き合うことに飽きてしまったら、どうしているのだろう?
本屋さんやCDショップといった所で、時間をつぶすのだろうか?
でも この人、ベジータの場合は趣味って言っても…。
トレーニングの時に着けるウェアやシューズさえも、
市販品ではなくて わたしが手掛けているんだもの。
そんなわけで、外出時におけるベジータの、おそらく唯一の楽しみである食事をするため、
レストランに向かうことにした。
王子として生まれた彼は、マナーは決して悪くない。
だけど とにかく、食べる量が半端ではないから、他のお客にジロジロ見られてしまう。
だから 隅にある上席か、そうでなければ 個室をとってもらうことが多い。
今日もそうだ。 コース料理は もう、あらかた運ばれてきたはずだ。
特に用事がなければ、従業員は来ないだろう。
黙々と、皿を空け続けているベジータ。
本当は、きちんと向き合って、話したいことがあった。
でも その前に…。 ちょっとした悪戯心が湧き上がってくる。
「…。」 おしゃべりをしていない わたしに、ベジータが気付いた。
「どうした。」
うつむいて腹部を押さえ、わざと 弱々しい声を出す。
「おなかが…、」
「腹だと? 腹が どうしたんだ。 痛むのか。」
「痛いんじゃないの。 ちょっと、張りがひどくて。」
「すぐに帰るぞ。」
言い終わらぬうちに、わたしは訴える。 「おなか、さすって。」
「何?」
「そしたら 楽になると思うの。」
少しだけ ためらっていたけれど、言うとおりにしてくれるベジータ。
「うーん…。」 「どうなんだ。」
「服の上からじゃ いまいちみたい。 直に さすってみてくれる?」
「な、なんだと?」
服の試着がしやすいように、上はチュニック風のブラウスを着ていた。
難なく、捲りあげることが できる。
「ん …、」
せり出した おなかに、直接触れるベジータの手。
真昼の、レストランの一室で…
たまりかねた わたしは彼の頬を両手で包み、
唇に、自分のそれを押し当てた。
その時。 盛大な音を立てて、食器が床に落ちる音が聞こえた。
「し、失礼しました!」 いつの間にか、ウェイトレスが入ってきていた。
気がつかなかった。 そして まだ、デザートが残っていたことを忘れていた。
「ねえっ、待ってよ。 おなかが張り気味だったのは本当なの。
まるっきり嘘だったわけじゃないのよ。」
歩く速さを、幾分ゆるめて俺は言った。
「なら 尚更だ。 もう充分だろう、帰るぞ。」
「じゃあ、あと一軒だけ寄らせて。 トランクスの服を買ってやらなきゃ。
あの子、急に背が伸びたから…。 ねえ、ベジータ。」
言葉を切って、訴えてくる。
「生まれてくる子の子育て、手伝ってね。」
「…。 これまでどおりじゃ、足りないと いうのか。」
「トランクスの時は母さんたちに、随分助けてもらったわ。 でも、もう… あんまり、頼れないから。」
「子供は、女なんだろう? 俺に、何をしろというんだ。」
「そうね、たとえば、幼稚園に通うようになったら… 親の出番、結構あるのよ。」
「チッ、気の早い奴だ。 何年も先のことだろうが。」
「そうなんだけどね。送り迎えのほかに、参観日や発表会、それに運動会。
行事だけは、他人に任せたくないのよ。」
参観日、 運動会。 トランクスがチビだった頃、よく耳にした言葉だ。
俺はもちろん、参加したことなどなかった。
「そうそう、親子遠足なんてのもあるわ。 水族館や動物園に行くの。 楽しいわよ。」
動物園。 何とはなしに眺めていた、TVのニュース番組で目にしたことがある。
争いも、自力で餌を獲ることすらも忘れたような、飼い慣らされた獣たち。
今の俺も、奴らと同じなのかもしれない…。
その時。 ブルマがまた、さっきと同じように 腹を押さえて うつむいた。
「フン、同じ手には乗らんぞ。」
そうは言ったものの、顔色が良くない。
「くそっ、まったく!」
舌打ちをしながらもベジータは、わたしを、通行人の邪魔になりにくい 隅の方に連れて行ってくれた。
肩を、抱くようにして。
「ありがと。 薬も持ってきてるんだけどね、あんまり、飲みたくないのよ…。」
ねえ、ベジータ。 わたしたちの息子であるトランクスは、元気に大きく成長した。
念願だった、二人目の子供も授かった。
それだけでいいと思っていた時期もあるのに わたしときたら、ますます欲張りになっている。
生まれてくる子供が大きくなる様子を、一緒に見守って、見届けてほしいの。
そして、ずっと、ずっと 一緒にいてほしいの。
わたしが、おばあちゃんになるまで…。
その代わりに、わたしは言う。
「ベジータ。」
「なんだ。」
「来年も、バーゲンに付き合ってね!」
さあ、あと一軒だけ寄らなくては。 トランクスの、新しい服を買うために。
うーん、でも、一軒だけじゃ 多分済まない。
ベジータは さすがに待っていられず、怒って 先に帰ってしまうかもしれない。
仕方がないわ、許してあげる。
家で、わたしが選んだ その服を着て、帰りを待っていてくれるなら。
今は まだ、隣を歩いてくれるベジータ。
そうだわ、言い忘れていた。 今日は とっても、いいお天気だ。