夕飯の席で、パパとママが揉めている。 

その理由はママが、明日から始まるというバーゲンに行きたいと言い出したためだ。

 

「週末まで待とうかと思ったんだけどね、やっぱり 初日から参戦しないと!」  

そんなことを言って、張り切っている。

それだけなら別に、なんてことない。 

何が問題かっていうと、ママは今、妊婦さんなんだ。

つわりのせいで 結構長く寝込んでいて、よくなってからは休んでいた分の仕事に追われていた。

で、やっと落ち着いてきたと思ってたら これだよ。

 

「だってさ、うかうかしてたら生まれちゃうわ。 ベビー服を揃えておきたいし、それに…」  

言葉を切って、ママは続ける。

「わたしの服も見たいのよね。 育児休暇の間に公園デビューするつもりだから、それ風の物をね。」

そうはいっても 何も、わざわざ人ごみに出かけて行かなくたってさ。

ベビー服も、育休の時に着るつもりらしいカジュアルな服も、もう何枚も買ってあるはずなんだよ、

通販で。

それについて、ママは こう説明する。

「それが通販ってね、色や生地がイメージと違ってることが よくあるのよ。 

だから やっぱり自分の目で見て、手に取って選ばなきゃって思ったの。」

 

「フン、くだらん。」 

パパが口を挟んできた。 

「思い通りの服がほしいなら、そいつと同じような機械を造ればいいだろうが。」

パパが言う「そいつ」ってのは、自動調理機のことだ。 

つまり、洋裁をこなすマシンに、自分好みの服を作らせろってこと。

あっさりと、ママは答える。 

「そういうマシンも、もちろんあるわよ。 ほとんどは業務用で、縫製工場なんかに卸してるんだけどね。

 でもさ、それじゃあ つまんないじゃない。

賑やかな街の中のたくさんのお店、そこで売られてるたくさんの洋服から、自分の一枚を選ぶの。

それが楽しいのよ。」

ふーん。  … なんだか、恋人選びみたいだね。

 

全部 機械で作れ、とまでは思わない。 

けど、ファッションデザイナーに依頼しちゃった方が、効率がいいんじゃないの?

そう口にした おれに、呆れたようにママは言った。 

「もうっ、あんたまで そんなこと言うの? 女心が わかんないとモテないわよ!」

そして付け加える。 おじいちゃんの方を見て、微笑みながら。 

「まったく うちの男たちときたら、みんなして同じようなことを言うんだから。」 

おばあちゃんが入院しているせいで、おじいちゃんは とても寂しそうだ。 

赤ん坊の顔を見たら、元気になってくれるかな。

 

そうそう。 バーゲンの話に戻るけど、なんで揉めてたかっていうと… 

いつもと、だいたい おんなじ。 ママがパパに、ついてきてほしいって言ったから。 

パパが無条件に、うんって言うはずないからね。

何か買ってくれるなら おれがついていくんだけど、あいにく平日だからなあ。

小学生の頃なら、一日くらい休んでも構わなかった。 でも、おれは もう中学生。 

それに、明日はテストなんだよ。 

あーあ、やんなっちゃうな。

 

そして、次の日の午後。

テストの日は、掃除なんかはしなくていい。 だから、いつもよりも早い時間に学校を出られた。

なんとなく、家には誰もいないような気がした。

制服のまま おれは、デパートが建ち並ぶ繁華街へと向かった。

平日なのに、人が多い。 やっぱり、バーゲン初日のせいなんだろうか? 

そんな中でも、パパの強い気は伝わってくる。

それを辿って おれは何とか、あるファッションビルに着いた。

 

エレベーターのそばに置かれているベンチ。 

そこに腰を下ろしていたパパはもう、これ以上はできないくらい 面白くなさそうな顔をしていた。

見れば周りにも、奥さんや彼女に待たされているとおぼしき男の人が何人もいる。

平日なのに、休みなのかな。 それとも このために、わざわざ休みを取ったのかな。

それにしても、誰もパパの隣に座ろうとしない。 

あまりにも不機嫌そうで、怖いからだろうな。

おれに気付くとパパは少し、うれしそうな顔に変わった。 

「来たか! よし、交代だ。」 

そんなことを言って立ち上がり、すかさず おれを座らせると、さっさと この場を後にしてしまった。

お店の名前が入った紙やビニールの袋を いくつも携えたママが姿を見せたのは、

それから30分程が過ぎてからだ。

 

「あら トランクス、あんたも来たの。 ベジータは? えっ、帰った? もーーっ!ひどいわ!!」

ひとしきり怒った後で、手にしていた袋のうちの一つを差し出す。 

「はい、これ。」

「? なに?」 

「あんたの服よ、ついさっき買ったの。 ちょうどいいわ、着替えてきなさいよ。」

「えーっ、めんどくさいな、いったい どこでさ。」  

あっさりとママは言う。 「男子トイレなら すいてるでしょ。」

そして、こう続けた。 

「着てるところを見せてよ。 

それに その制服、いかにも中学生ってかんじで、おしゃれじゃないんだもの。」

ちぇーっ、なんだよ。 しょうがないじゃないか、本当に中学生なんだからさ。

でも、腹を立てながらも おれは、言うとおりにした。 

おなかの大きなママを、放って帰るなんて できないもの。

パパも、そうだったんだろうな。

 

着替えを済ませたおれを見て、ママは何度も繰り返した。 

「うん、かっこいいわよ。 この色 やっぱり、あんたに似合うわ。」

そうかな。 ちょっと子供っぽいと思うけど。 

だけど、それは言わなかった。

 

ビルを出た後、少しだけ車を走らせた。 

今度はどこへ行くんだろう。 そう思っていたら…

着いた先は、病院だった。

ただし 自分が受診するわけではなくて、お見舞いのためだ。

そう。 ここは、おばあちゃんが入院している病院だ。

ノックして、病室のドアを開くと… 

「あら!」 「おお! 来たのか!」 

おじいちゃんも来ていた。

 

次々と、買ってきた物を広げているママ。 

おばあちゃんのパジャマにスリッパ、おじいちゃんの服。

おじいちゃんには、おれと同じように 今、着替えるように勧めていた。 

あー、そういえばパパもさっき、新しい服を着ていたような…。

 

袋の中は、あとは赤ちゃんの物ばかりだ。 

おれが思ったのとおんなじことを、おばあちゃんが口にする。 

「ブルマさんったら、自分の物は買わなかったの?」

「うーん、なんとなくね。 時間も足りなくって…。」 

「ふふっ、前にも、そういうことがあったわね。 

そうだわ、ちょうど このくらいの時期だったんじゃない?」

おれが、ママのおなかにいた頃のことらしい。 

バーゲンの初日に休みが取れたママは、喜び勇んでショッピングに出た。

でも その時も、山のような戦利品の中身は おれや、家族の服ばかりだったという。

 

「あの時は母さんと… そうだわ、なぜか父さんも ついてきてくれたのよね。」

「そう そう。

洋裁のマシンを使えばいい、デザイナーに依頼して誂えさせればいいって、ブツブツ言いながらね。」

しみじみと口にした後 おばあちゃんは、こんな言葉を付け加えた。

もちろん、ママに向かってだ。

「ベジータちゃんが、来てくれたんじゃない?」

「… えっ?」  

「もし あの時、わたしたちが ついていかなかったとしたら、よ。」

「まさかあ。 さすがに、それは無かったと思うわ…。」

否定しながらもママは、含み笑いをしていた。 

なんだか ちょっと、意味ありげな笑い方だった。

 

家に戻ると、ちゃんと 明りが灯されていた。 

「ベジータ。」 

うれしそうに つぶやいた後、明るい声でママは言った。 

「さあ、夕飯の支度をしなきゃ!」

おばあちゃんが家にいない今、食事の用意はママの役目だ。

もちろん自動調理機に、全面的に頼っている。 けど一応、作りたての料理を出す。 

それがママなりの、主婦としてのプライドらしい。

 

「トランクス、おかわりは?」 

「あ、いいよ、ママ。 自分でできるから… おじいちゃんは?サラダ、もっと どう?」 

「ありがとう。 じゃあ少しだけ もらおうか。」

もう あと2〜3ヶ月で、赤ん坊が生まれてくる。 

きっと、ものすごーく賑やかになるんだろうな。 

その頃には おばあちゃんも、退院して 元気になってるといいんだけどな。

いろんなことが変わっていく。 

だけど それだけは、ずっと ずっと、変わらないでいてほしいよ…。

 

おかわりって言われなくてもママは、パパの好きな料理を また、山盛りに よそってあげている。

そういえば今日、ベンチでママを待っていた時、赤ちゃん連れの お父さんを たくさん見かけた。

案外、来年はパパも そうなっているかもね。 

これ以上できないくらい、不機嫌な顔をしながらも。

 

そんなことを考えていたら、ママが口を開いた。

「あーあ、やっぱり 自分の服も買えばよかったわ。 

明日 また、ちょっとだけ行ってこようかしら。 ねっ、誰か付き合ってよ。」

おじいちゃんとパパとおれ。 

ママが見立てた、買ったばかりの服を着た 男三人は、顔を見合わせて肩をすくめた。

132.『バーゲンセール』

どっちかというとタイトルから お話を作っていったかんじです。

拙サイトではブラって3月生まれくらいの設定だったんですが、まあ

これはこれというかんじで…(学校があるなら夏のバーゲンですもんね。)]