「パパ・・・ 」

病室の窓から飛び去ろうとする父親に、母になったばかりの娘は言った。

C.C.に、家に戻るわよね?」

 

深夜。 久しぶりのC.C.

ついさっき、仕事から戻ってきた様子のトランクスと顔を合わせる。

「父さん・・・ 」

 

一瞬見せた、満面の笑顔。

それは彼がまだ子供だった頃・・・

大きな戦いの後の、天界での再会を思い出させた。

 

「ずいぶん遅いんだな。 ちゃんと休んでるのか。」

「平気だよ。  ・・C.C.社は母さんの形見みたいなものだからね。

 がんばるさ。」

 

ふっきるように答えた息子は、自分のいた世界とは違えど、戦う男の顔になっている。

そうベジータは思った。

 

これまで使っていた寝室とは別の部屋の、客用のベッドに体を横たえる。

 

あの夜。

ブルマの寝顔は、いつもと変わらないように見えた。

だから、いつものように病室の窓から一旦、家に戻ってしまった。

 

入院してから何日たっても、寝室はブルマの匂いで満ちていた。

妻のいない夫婦の部屋。

一人きりの浅く短い眠りの中で、ベジータはよく彼女の夢を見た。

 

あの夜に見た夢は皮肉にも、ブルマが初めて声をかけてきた日の光景だった。

ドラゴンボールに生かされて、心ならずも地球に送られてきた自分に。

 

今度訪れる死。

それが戦いに負けた時か、寿命をまっとうした時になるかはわからない。

だがおそらく、自分はまだ、もう少し生きていくだろう。

ならば顔を上げて、前を向かなくてはならない。

 

ただ、ブルマと二人で眠っていたあの部屋。

あそこにだけは、もう二度と入ることはできない。

 

そう思いながら、ベジータは目を閉じた。

 

 

翌日。

久しぶりに重力室でのトレーニングを行った後、階下に降りる。

 

朝、出勤したはずのトランクスとは違う、人の気配。

 

黒い髪を束ねた女が、同じ色の髪の赤ん坊を抱いている。

 

宿敵の妻。 今は娘の、義理の母親。

そして彼女もまた、生まれてきた子の祖母だった。

「修行、 済んだだか。」   「・・・ブラは。」

小さな赤ん坊をあやしながら、チチは答える。

「昨夜、あんまり寝られなかったみてえだったから 少し休め、って言っただよ。

 この子は、夜泣くことが多いようだからな。」

 

トランクスや、ブラにもそういうことがあった。

小さくつぶやいたベジータに、ふっ と笑ってチチが言う。

「やっぱり、あんたの方に似てるだな。 どっか神経質で。」

 

言葉少なな男に向かって彼女は続ける。

「ほんとはブラちゃんは産後、うちに来るはずだっただよ。

 でも、あんたのことが心配だから、ってな。」

 

祖母の腕に抱かれた小さな孫。  長いしっぽが、ゆらゆらと揺れる。

 

「立派なしっぽだな。 食欲も、泣き声の大きさも、たいしたもんだ・・・ 」

まっすぐにベジータを見つめながらチチは言った。

「とってもおらの手には負えねえ。

 力の使い方は、あんたがしっかり教えてやるだよ。」

 

そして、何か言いたげな男に向かって、笑いながら肩をそびやかす。

「この子の父親は、嫁さんと子供を食わせていくのに忙しいからな。

 おらの教育のたまものだべ。」

 

ベジータの口の左端が上がる。  彼特有の笑い方だった。

 

赤ん坊がぐずりだした。

いつの間にか、ガウンをはおったブラが降りてきた。

「ブラちゃん、 休んでねえと。」 「平気よ。」

小さな息子を、義母から受けとる。

 

「パパ、お義母さんの言ったこと、よろしくね。

 これはママの遺言でもあるのよ。 ・・・わたしも 」

一旦、言葉を切って、自分の父親をまっすぐに見る。

「これから結構たいへんなのよ。

 C.C.社に、何かの形で協力していきたいし、 まだまだ子供を産むつもりだし。」

 

あの、ブルマとの別れになった夜に見た夢。

 

「あんたも来たら?」

浅く短い夢。 現実との狭間で、俺は尋ねた。

「おまえはあの時、何故あんなことを俺に言った?」

 

ブルマは、はっきりこう答えた。

「寂しそうだったからよ。」

 

バカな。 

少なくとも、あの頃の俺には、そんな感情は無かった。

 

「わたしには、そう見えたの。 なんとなくね。」

 

愛した女の、そう言った顔はいつしか、

しっかりとわが子を抱く娘の笑顔に重なっていた。

330.『あんたも来たら?』

[ 082.『ママの秘密』の続きのお話です。 ]