082.『ママの秘密』

わたしのママは、すごい女性よ。

美人でスタイル抜群で、地球一の科学者だったわ。

お料理とお部屋の片づけ以外なら、何だってできちゃう。

 

だけど他にも、誰にも知らない特技があったの。

ママが入院していた時、わたしだけにそっと教えてくれたのよ。

 

パパが地球に来て少し経った頃、 まだ二人が恋人になる前のこと。

重力室が、爆発したの。 無茶な使い方をしたせいね。

 

重傷を負って、目を覚まさなかったパパのことが心配で

ママはずっと付き添ってたのよ。

 

さすがにちょっと疲れちゃって、机に伏せて目を閉じてたら

髪にそっと、誰かの手が触れたんですって。

 

誰かって、わかるでしょ。

ママはとっても、とってもうれしかったって言ってたわ。

 

それからまた少し経った、お兄ちゃんを授かる頃のこと。

パパはよく、行き先も告げずにどこかに行ってしまったんですって。

ママを残して。

 

「帰ってくる?」  って、聞けないママは

涙がこぼれてしまわないよう、眠ったふりをしていたの。

だけどある時、目を閉じたママの唇に

そっと、 やさしく、 短いキスをしてくれたんだって・・・。

 

ママはやっぱりうれしくて、枕に伏せて泣いちゃったって言ってたわ。

 

それからいろんなことがあって、

二人は朝まで、一緒に眠るようになったのよ。

 

お兄ちゃんは大きくなって、わたしも家族に加わって、

時々騒ぎが起こるけど、とってもとっても幸せな日々。

 

そんな中でも、ママは時折パパの前で、眠ったふりをしてたんですって。

それは病気で入院してからも続けていたの。

 

ママは、聞いてみたかったのよね。 

「愛してる。」 って、一度でいいから。

心の内を、言葉にしないパパの口から。

 

あの日。

ある予感をぬぐい切れずに、目を覚ましたわたしは

お兄ちゃんに連絡して、病院へ向かった。

 

夜明けの色に染まった病室。

 

そこで見た光景を、お兄ちゃんとわたしは、決して忘れることはできない。 

そう思ったわ・・・。

 

 

あとから、お兄ちゃんが言ってたの。

「あの時、おれたちがいなかったら 

 父さんは母さんを連れて、どこかに行っちまったんじゃないか。」

 

少しだけ、わたしもそう思った。

 

パパはママのお葬式には出ずC.C.にもずっと戻ってこなかった。

お墓の前に一人でいた、って話は何度か聞いた。

多分、わたしたちの顔を見ることさえ、とってもつらかったのよね。

 

だけどわたしが子どもを産んで、明日には家に戻るという夜。

病室の窓の外に、気配を感じたの。

「・・・パパ。」

 

やっぱり来てくれた。  なんとなく、そんな気がしてた。

わたしにとっては贅沢だけど、一人部屋にしてもらってよかった。

 

「体は大丈夫なのか。」  「平気よ。 ね、 抱っこしてあげて。」

わたしは、小さな息子をベッドから抱きあげる。

 

「眠っているんだろう・・・。」  「大丈夫よ。 ねぇ、 いいでしょ。」

 

パパはわたしの腕から受けとる。

数日前に生まれたばかりの、自分の孫を。

ベビー服にあけた穴から、長いしっぽが揺れている。

 

「お祝いに来てくれた人達みんな、パパに似てるって言ってたのよ・・・。

 とんでもない暴れん坊になるだろうって。」

あ、 それを言ったのはお義母さんだったわ。

 

付け加えた言葉で、パパはほんの少しだけ笑う。

 

わたしは思った。

眠ったふりをしながら待ってた、ママの願いは叶ったのかしら。

 

あの日。

夜明けの色に染め上げられた病室で、

パパはベッドの上に腰かけて、ママのことを抱きかかえてた。

ママの最期の表情は、幸せそうに満ち足りていた。

 

だからわたしは信じてるの。  ちゃんと言ってあげたって。 

ほんとうの眠りについてしまう、 その前に・・・

 

「名前は、なんていうんだ。」

 

パパの言葉に、涙をぬぐってわたしは答える。

顔を上げて、 笑顔で。