177.『遠く呼ぶ声』

[ トラパンの『Can you Keep』のブラ目線のようなお話です。

「お兄ちゃんったら、ずいぶん遅いわね・・。」

家に遊びに来ていたパンちゃんを送って行ったまま、お兄ちゃんは帰ってこない。

携帯も鳴らしてみたけれど、出ない。

音を切っているのだろうか。 それって、もしかして・・・。

 

実はさっきから、おなかが痛いのだ。

予定日には まだ日があるのだけど、

この、数分間隔で襲ってくる 独特の鈍い痛み。

最初のお産の時のように あせって病院へ行って、帰されるのは恥ずかしい。

だけど何といっても、今回は双子なのだ。

やっぱり早めに病院に行こう。

悟天に電話をかけたいけど、仕事中だったら悪い。

1歳の息子は子供部屋に寝かせてしまった。

パパに頼んで、一人で行くことにしよう。

自分で運転するのはやめて、タクシーを呼んだ方がいいかしら。

 

そんなことをあれこれ考えていたら、本格的に・・・。

「うっ・・・  く・・ 」

ソファに身を沈めて、腹部を押さえる。

 

「ブラ! どうした!!」

パパが居間に下りてきた。 大丈夫よ。 でも、声が出せない。

痛みが引いたら段取りを説明するつもりでいるのに、パパはかなり慌てている。

「悟天もトランクスもいないのか。くそっ、役に立たん奴らだ。」

「仕事なんだから、仕方ないでしょ・・・ 」

お兄ちゃんは多分、違うけどね。

 

「えっ? ちょっと・・・ 」

パパがわたしを抱え上げた。

テラスのガラス戸を開け、あっという間に空に浮かび上がる。

 

「病院はどこだ。」

「ダメよっ、 ・・・を一人にしちゃ! 戸も開けっ放しじゃない!!」

家の方に目をやる。 

すると 見なれた人影が、文字通り飛んできた。

 

「悟天! よかった。」

「ゴメン、遅くなって。 どうした? もしかして、もう・・ 」

「貴様、 こんな体のブラを放っといて何をやってるんだ!!」

「パパ! 悟天は遊んでたわけじゃないのよ!!」

いけない、もめてる場合じゃなかったわ。

しかも 空の上で・・。

「悟天、一旦戻って ・・・を連れて病院に来て。 わたしのいつも使ってるバッグも持ってきてね。

 あっ、戸締りもちゃんとしてね。」

 

わかった、 と戻った悟天の姿を見届けて、わたしは病院へ向かった。

パパの腕に抱えられながら。

「ふふ・・ パパに抱っこしてもらうなんて、何年ぶりかしら。」

「・・おまえは、早いうちから自分で飛べただろう。」

 

そうね。

うんと小さかったころを除いて この場所はずっと、ママ一人だけのものだった。

 

「・・・・。」 「どうした、 ひどく痛むのか。」

「痛いっていうより もう、 」 破水、しちゃってるみたい。

「待て!! ここで産んでくれるなよ。」

 

いつもよりも重たいわたしを、両腕でしっかりと抱えて

猛スピードでパパは飛んだ。

正面玄関は、もうとっくに閉まっている。

「窓からはダメよ!! ヘンな人だと思われちゃう。」

なんとか通用口の前に降りてもらった。

チャイムを押して、ドアが開くまでが ひどく長く感じられる。

 

「どうしました?」

時間が時間であるせいか、初めて会う看護師さんだ。

「見ればわかるだろう。 子供が生まれそうなんだ。 さっさとなんとかしろ。」

 

パパったら、そんなふうに言っちゃダメ・・

だけど もう、声が出ない。

すぐに分娩室に案内される。

何故かパパも一緒だ。

見た目が若いから、子供の父親だと思われてるんだわ・・。

 

背もたれを大きく倒せる椅子に座らされ、

開いた両足を台に置く。

ああ、 わたし、 もう、 なんだか、 

「−−−−・・・ っ 」

 

「あらっ!! 大変!!」

点滴を準備してくれていた看護師さんの、慌てた声。

 

ふぎゃーーー。 ふぎゃーーーー。

 

泣き声の大合唱。  本当に、あっという間だった。

パパはあっけにとられたみたいで、言葉が出ないようだった。

 

お祝いに来てくれた人とゆっくり話がしたいから、

今回も結局 個室にした。

部屋へ行くと、悟天が子供と一緒に待っていた。

 

「ブラ!!」 

わたしのおなかに目をやる。

「まさか・・ もう産んじゃったのかい?」

「その まさかよ。 自分でもビックリしちゃったわ。」

「立ち会うはずだったのになぁ。

 ここで待つようにって言われちゃったんだよ。」

やっぱり パパがわたしのダンナ様だと思われちゃったのね。

「ベジータさん・・ お義父さんが立ち会ったんですか? どうでした?」

「・・・・。」

 

何とも言えない、複雑な表情。

最初のお産の時は、一緒じゃなかったものね。

そう、 あの頃 パパはわたしたちの前から姿を消していた。

ママが亡くなったあの日から、しばらくの間。

 

悟天がパパに尋ねる。

「ブラの時は、立ち会わなかったんですか?」

「生まれたら呼ぶから 入ってくるなと、あいつが言ったんだ。」

 

あら。 ママが教えてくれた話と、ちょっと違ってるみたい。

でも、どちらにしてもママは、わたしを産む時 少し前から入院していたそうだ。

年齢のこともあって、大変だったんだと思う。

 

しんみりする間もなく、

キャスター付きのベッドに寝かされた双子の赤ん坊が、看護師さんに連れられてくる。

今はすやすや眠ってるけど、嵐の前の静けさね。 きっと。

「うわぁ・・・ 小さいなぁ。 でも、 ・・・とおんなじ顔だ。」

弟が二人もできた息子に向かって、悟天が声をかける。

「おまえ、いっぺんに二人のお兄ちゃんになったんだぞ。 すごいなぁ。」

 

お兄ちゃん。 その一言で、わたしは思い出した。

「そうよ、お兄ちゃん どうしたかしら。」

「え? トランクスのことかい? そういえば、帰ってきてないの?」

「一度帰って来たんだけど、」 

お兄ちゃんってばやっぱり・・・。

「ねえ、パンちゃんのところに電話してみて。 アパートの方よ。 携帯には多分出ないわ。」

「それって・・・。」 

わたしはうなずいた。

「わかった。 生まれたこと、お母さんにも知らせないと。 びっくりするだろうなあ。」

電話をかけに、悟天は廊下に出て行った。

 

パパに向かってわたしはつぶやいた。

「お兄ちゃんとパンちゃん、付き合ってるのかもしれないわ。」

パンちゃんったら、どうして言ってくれないのかしら。

 

あきれたようにパパは言う。

「なんだって わざわざ・・。 まったく、おまえらときたら。」

「ママは気がついてたんだわ。」

いくつかの出来事を、わたしは思い出していた。

「お嫁に来てほしいって、パンちゃんに言ったこともあるのよ。」

パパは、何も言わなかった。

 

しばらくのち、電話を終えた悟天が部屋に戻ってきた。

「お兄ちゃん、 いた?」

「ああ。 ブラが思ったとおりみたいだ。」

「やっぱり。 アヤシイと思ってたのよね、あの二人・・。」

 

「じゃあ、俺は帰るぞ。」

パパが窓を開ける。

まったく。 玄関っていうものの存在を知らないみたいだ。 

小さな手を振る孫に見送られ、空に向かって飛び去っていく。

 

入院している時、 ううん、家でも、別の場所でも。

ママは何度 こんなふうにパパを見送ったのだろう。

ママ。 わたしはとっても幸せよ。

お兄ちゃんも、みんなに内緒でこっそり幸せになってたみたい。

パパは・・ 不幸せではないと思うけど、

やっぱり ちょっと寂しそうだわ。

 

「ママがいてくれたらな。」 

そしたら、どんな顔をしたかしら。 

どんなに喜んでくれたかしら・・・。

悟天がベッドに腰かけて、黙ってわたしの肩を抱く。

「ママ。」 

今日からはお兄ちゃんと呼ばれる息子も ベッドの上に上がり、

涙で濡れた わたしの頬を拭ってくれる。

 

「ふぎゃーーー。」 「ふぎゃーーーー。」

「わっ、 起きちゃったな。」

双子たちが泣きだした。

そうよね、 今はわたしがママなんだものね。

 

『しっかりね。』

子供たちの泣き声が響き渡る中、

なつかしい優しい声が耳に届いたような、そんな気がした。 

第一子を産んだ後、悟天とブラはC.C.に同居しています。]