『Can You Keep A Secret ?』
ブラちゃんに会いに行くたびに、わたしは驚かされている気がする。
だっていつも新しいことが起きているんだもの。
ブルマさんが亡くなった少し後、無事にお産を終えた彼女に お祝いをしに行って・・・
季節が変わった頃、赤ちゃんに会いに訪れると
ブラちゃんのおなかはまたふくらんでいた。
「あの・・ 何カ月なの? ずいぶん大きいみたい・・。」
「それが、双子なのよ。」 あっさりと答える。
「このアパートじゃ狭すぎるから、これからしばらくC.C.に厄介になるの。」
手伝いロボットがあるから 不自由はないはずだけれど、
父と兄だけになってしまった家が心配なのだろう。 そう思った。
ブラちゃんたちが引っ越して空いた部屋は、わたしが借りることになった。
通学が大変になっていたところだったから、ちょうどよかった。
住まいが近くなったから。 赤ちゃんの顔が見たいから。
自分自身にいろんな言い訳をしながら、わたしはC.C.を訪れる。
本当の理由は、別にあるくせに。
そして、その日はやってきた。
「遅くなっちゃったわね。 悟天が帰っていれば 送ってもらえるのに。」
「平気よ、近いんだし。 それに、その辺の奴になんか負けないわ。」
足もとが見えないくらい大きなおなかで
玄関まで見送ってくれたブラちゃんと笑っていると、一台の車が停まった。
「あっ、お兄ちゃん。 ちょうどよかったわ。 パンちゃんを送ってあげて。」
トランクスは 一旦車から降りて、助手席のドアを開けてくれる。
「お邪魔しました。 体、大事にしてね。」
手を振りながらも、わたしはもうブラちゃんの顔は目に入っていなかった。
「少し 話がしたいんだ。」
そう言ったトランクスを、ためらいながらも結局 アパートの部屋に上げてしまう。
「へえ、こうなってたのかぁ。」 彼はものめずらしげに部屋の中を見回した。
「ブラちゃんたちが住んでた時には、来たことなかったの?」
「だって、ゆっくり赤ん坊を見に来る前に すぐ次をつくっちまうんだもんな。」
わたしが淹れたお茶を飲みながら トランクスは笑う。 そして、言った。
「・・やりなおさないか、おれたち。」
それは、夢にまでみた言葉だった。 なのにわたしは、笑顔になれなかった。
初めて、口にしてみる。 「トランクスは、わたしのこと好き・・?」
「好きだよ。」 「・・いつから?」
言葉に詰まりながら、だけど真剣な表情で 彼は答える。
「好きなのはずっと前からだよ。 けど、パンじゃなきゃダメだってわかったのは・・・ 」
それは、仕方のないことだと思う。
トランクスがブルマさんの背丈を追い越す頃に、
わたしはようやく生まれてきたのだから。
確かブラちゃんもそんなふうに言っていたことを、わたしは思い出していた。
そして、両手で彼の頬を包んで 唇を重ねた。 そっと、 短く。
「少しこわいの。 また同じことになっちゃうかも、って考えると・・・ 」
「ならないよ。」 トランクスは はっきりと言った。
「おれは もう二度とパンを離したくないって思ってるから。」
・・ブラちゃんにも言えることだけど、トランクスの、
相手にいつの間にかYESと言わせてしまうようなところ。
これって、両親のどちらから譲られたものなんだろう。
もしかしたら、両方かもしれない。
彼に手を引かれてベッドに入る時、わたしはそんなことを考えていた。
「そういえば、あのお部屋はどうしたの?」
伸ばした左腕に、頭を乗せるようわたしに促して 彼は答えた。
「ホテルの? ・・あれからすぐ、引き払ったよ。」
「わたしのせい?」 「・・そうだよ。」
以前のように 有無を言わさず組み敷こうとはせず、
トランクスは そっとわたしの髪に指を通す。
「ほんとはさ、こんなふうにしてるだけでもいいんだ。」
独り言みたいに 言葉を続ける。
「あの頃は、イライラしてたんだよな。 ・・言いわけだけど。」
そして、笑った。 「それにさ、この部屋ですると すぐ子供ができそうだよな。」
トランクスの皮肉をたしなめたあと、わたしは言った。
「でも、ブラちゃんたちがC.C.に住むようになって うれしいでしょ?」
「おれは別に・・・。 でも、父さんはうれしそうに見えるな。 なんとなくね。」
だから、きっと 母さんも喜んでる・・・
つぶやくような声のあと、髪を梳いていた指の動きが止まり 静かな寝息が聞こえてきた。
規則的な鼓動と 彼の体温を感じながら、わたしもいつしか眠りに落ちていた。
どれくらい経ったんだろう。 まだ、夜は明けきっていない。
頭を上げて 腕をずらそうとしたけれど、彼のもう片方の腕がそれを止める。
トランクスも、目を覚ましていた。
「寝苦しかったでしょ。・・狭いものね。」
「いや。すごくいい気分で眠れたよ。」
そして、そのままの姿勢で こんな話を始めた。
「パンはさ、小さい頃 両親と一緒に寝てた?」
「うんと小さな頃はね。 あとはずっと一人よ。 一人っ子だもの。」
右手でわたしの頭をなでて、トランクスは言った。
「おれの家は、夫婦の寝室には 子供は絶対立入禁止だったよ。」
笑いながら続ける。
「それがどうしてなのか察するようになるまでは、あの手この手で入ろうとしたなあ。」
「トランクスは、甘えん坊ね・・・。」 そんなありきたりなことしか、わたしは言えない。
「一度さ、怖い夢を見たふりなんかして ドアを開けてもらって・・
母さんがおれの部屋で一緒に寝てくれたことがあったんだ。」
薄暗がりの中、腕を枕にわたしは 話し続けるトランクスを見つめている。
「たまに熱でも出せば、あんなふうに寝られたのかな。 けど、おれたちは滅多なことじゃあ・・ 」
言い終わらぬうちに、わたしは彼に覆いかぶさった。
さっきと同じように両手で頬を包んで、唇を重ねる。
だけど今度は、深く、長く、息が苦しくなるくらいに。
そして、初めて言う。 自分の方から。 「抱いて。」
少し驚いた顔の 彼にささやく。 「わたしが、そうしたいの。」
そう。 以前のわたしに足りなかったのは、きっとこういう気持ちだったの・・・。
そのあとトランクスは言ってくれた。 あの頃いつも口にしていた問いかけの代わりに。
「・・愛してる。」
彼の重みを体で感じながら、泣きたいくらいに幸せな気持ちになる。
わたしもよ。 そう言おうとした時、電話が鳴った。
携帯の音は切ってるから、部屋の電話の方だ。 こんな早くに、誰かしら・・。
「もしもし?」 『あ、 パン? 朝早くに、悪いね。』 悟天おにいちゃん・・・。
『ブラがさ、赤ん坊、双子を産んじゃったんだ。』
「うそ・・・もう? 昨夜は もう少し先だって言ってたのよ。」
トランクスが、ベッドから出てきた。
『今回は早くってさ。 とにかく、あっという間だったんだよ。
・・ところで、そこに誰かいる? ひょっとして・・ 』
返事に困っているパンを見かねて、おれは彼女の手から受話器を奪った。
「とりあえず、そっちに向かうよ。 パンも一緒にな。」
「・・いいの? わたしも行って。」 パンが受話器を置いたおれの顔を見る。
「いいんだよ。 隠す必要なんてないんだ。 それより、早く行ってやろうぜ。」
少し乱れている彼女の髪に指を通してから、おれは立ちあがった。
電話であちこちに出産の報告をしていた悟天が、病室に戻ってきた。
「お母さんたちも すぐ来るってさ。」
そう、と答えたあとでブラは尋ねる。
「・・お兄ちゃん、いた?」 「ああ。 ブラの思ったとおりみたいだ。」
ブラの頭の中で いくつかの記憶がつながった。
「なんとなくアヤシイと思ってたのよね、あの二人・・。」
「じゃあ、俺は帰るぞ。」 新たにできた孫たちの顔を見届けたベジータが 口を開いた。
「パパ、ゆうべはありがとう・・。ゆっくり休んでね。
わたしたちが戻ったら、また騒がしくなっちゃうから。」
昨夜、兄がパンを送っていった少し後に 陣痛が始まった。
二度目だからと落ち着いていた自分と違い、父のあわてぶりといったら・・。
ブラは思わず笑顔になる。
ものめずらしげに病室の中を歩き回っていた長男が、出て行こうとする祖父に 小さな手を振る。
声をかけてやったりはしないが、どこか優しげな視線を孫に向けて ベジータは飛び去って行った。
「まったく。絶対にドアから出入りしないんだから。」
苦笑いしながら、ブラは夫に窓を閉めるよう頼んだ。
トランクスとパンがそろって姿を見せたのは、それから少し経ってからだった。
「おっ・・と。」 トランクスがついたてに身をかくす。
ブラが いっぺんにできた次男と三男に、順番に授乳しているところだった。
「別にかまわないわよ。」
あっからかんとした言い方は、妹が生まれた頃の母を思い出させる。
だが当時、その言葉に甘えて近寄ると 恐ろしい目で父に睨まれたものだった。
その場からつまみ出されたこともある。
しかし妹の夫である悟天は、あまり気にしていないようだ。
「うちの子たちは、考えてみたら パンの従弟ってことなんだよね。」
「そうね。かわいい従弟が たくさんできてうれしいわ。」
「・・もしかして、これからは甥っ子ってことになっちゃうのかしら?」
生まれたばかりの赤ん坊を世話をする手は休めないが、ブラの瞳は好奇心でキラキラしている。
「内緒にしてたなんて、ひどいわ。 ゆっくり聞かせてもらうわよ、二人のこと・・。」
口ごもるパンに見かねて、トランクスが口をはさんだ。
「おまえたちがそうなったんなら、おれたちがこうだって不思議じゃないだろ。」
その時、ノックの音が聞こえた。 返事を待たずにドアが開く。
「無事に生まれただか。」
祝いの品をかかえたチチと、その後ろにはビーデルがいた。
「おばあちゃん、 ママ・・。」 「パン。 ずいぶん早く来ただな。」
少し驚いた様子のチチと違い ビーデルはピンときたようだ。
微妙な空気が流れる中、悟天はあっさり口に出してしまう。
「この二人も、一緒になるんだって。」
その場が静まりかえる。 「・・あれ? 違った?」
誰かを思わせる、独特の呑気さ。 女性陣は 苦笑いの表情になった。
「先に言うなよ・・。」
トランクスはどうにか態勢を立てると、チチとビーデルの方に向き直した。
「パンとは、そのつもりで付き合ってます。」
だが そう言った後で、まだ本人にもきちんと告げていないことに気づく。
「あ・・ だからさ、その・・。」
ふぎゃーー。
それまでおとなしかった赤ん坊が泣きだした。
双子なので 泣き声の大合唱になってしまう。
「まぁ、今日はブラちゃんの出産のお祝いだから・・。」 ビーデルが話題を替えた。
「パン、あなた大学は?」 「そうだわ。 行かなきゃ。」
「お兄ちゃん、会社は?」 「おれも 一度戻って着替えないと。」
二人はバタバタと病室を後にした。
泣いている小さな孫をあやしながら チチがつぶやく。
「また赤ん坊が増えそうだな・・。」
「あの二人の子って、ひ孫じゃないか。すごいねぇ、ひいおばあちゃん。」
「おめえは、余計なことばっかり・・。」
悟天が あいかわらず元気な母親に小突かれる。 それを見たブラは 声をあげて笑った。
正面玄関は まだ開いていない。
通用口から出たトランクスは、カプセルから車を出す。
急がなくてはならないはずなのに、彼は恋人に向って話し始める。
「さっき言ったこと、本気だよ。 パンが 大学を卒業したら・・ 」
「トランクスは、わたしでいいの?」
「ゆうべ言ったろ。 パンじゃなきゃ ダメなんだ。」
トランクスは 助手席にいる彼女を抱き寄せる。 「・・返事は?」
「わたしも、トランクスじゃなきゃ ダメ・・ 」
唇が重なる。 昨夜から数えて、もう何度目のキスなのかわからない。
二人は本当に幸せだった。
だから、彼らを見つめていた視線には まるで気付かなかった。
「やあ、おめでとう。」
悟飯が、皆のいる病室を訪れた。
人の間をぬって走り回る甥っ子を抱き上げ、生まれたばかりの赤ん坊の顔を覗き込む。
「・・パンに遭わなかった?」
妻からの問いかけに、彼は即座に答えた。 「いや。行き違いになったかな。」
そして、彼女にしか聞こえない声でつぶやいた。
弟夫婦の幸せな様子を、一人娘とその恋人の姿とだぶらせながら。
「結局、こうなっちゃうんだろうな。 たとえ何か言ったとしてもさ。」
にぎやかな病室の中、ビーデルは そっと、寂しげな夫の手をとった。