SWEET PAIN

‘10のバレンタインデー合わせで考えたお話です。

ブルマは母親を見送った後、そしてブラを出産する直前です。]

玄関のチャイムが鳴った。 「はい。」

ドアを開けると 視界の中に、見慣れた笑顔が飛び込んできた。 

「こんにちは。」

「ブルマ。 ・・どうして、」 「具合はどう? 大丈夫なの?」 

「もう治ったよ。 ・・誰から聞いたんだ?」

そう。 おれは、自分でも覚えていないくらい久しぶりに風邪をひき、2〜3日の間 寝込んでいた。

 

「プーアルよ。 ・・女の人は、いないわよね?」 

そんなことを言いながら 確かめるように周りを見回し、部屋にあがろうとする。

「別に わざわざ見舞いに来てもらう程じゃ・・ って おまえ、そんな腹で・・。」 

ブルマはベジータとの、二人目の子を宿していた。 

その腹はもう、はち切れんばかりに せり出している。 

「妊婦は迂闊に薬を飲めないんだろ。 うつっちまったら大変だぞ。」 

「大丈夫よ。 もうすぐ生まれるから。」  ・・・余計まずいだろ。 

「ここで産気づいたら どうする気だよ。 いいから もう、帰れ。」 

「今日は まだ生まれないわよ、多分。 それに、治ったんならいいじゃない。」  

結局、あがりこんでしまった。 

 

「体に良さそうなものを いろいろ買って来たのよ。」  どさり、と紙袋を置く。 

「ありがたく もらっとくよ。 ・・あ! 食事は さっき、ちゃんと済ませたからな!」

何か作ってやるなどと言いだされては かなわない。 

あわてて牽制したおれに、笑いながらブルマは答えた。

「わかってるわよ、大丈夫。 自動調理器の無いキッチンじゃ、なんにも作れないもの。」 

「あいかわらずだな・・・。」

 

それでも お茶を淹れるためのお湯を沸かそうと、コンロの前に立っている。 

なんだか、不思議な気分になる。 狭いアパートの一室に、ブルマがいるということが。 

やっぱりブルマは、C.C.が似合ってるんだ。  改めて そう思った。

 

お茶の入ったカップを手にしながら、ブルマが言った。 

「おなかの子ね、女の子なのよ。」

「へえ、そうなんだ。」  ブルマの方に似てるといいな。 心の中でつぶやく。

「もう、名前も決めてあるの。 ブラっていうのよ。」 

「ブラちゃんか。 いいじゃないか、呼びやすくて。」

「・・亡くなる直前にね、母さんがつけてくれたのよ。」  ・・・

 

先月、ブルマのお母さんが亡くなった。 

こんな大きなおなかのブルマが わざわざ会いに来てくれた もう一つの理由を、おれはわかっていた。

お母さんの葬儀の時、 おれは声をあげて泣いてしまった。

自分でも驚くくらいに、 周りにいた人たちに 気を遣わせてしまうほどに、

あとから あとから涙が出てきた。

 

あの時 おれは、ブルマと別れてC.C.を出て行った日のことを思い出していた。

お母さんは おれに言った。 

『ヤムチャちゃん、 これで終わりじゃないわよね?』

笑顔をつくって、おれは答えた。 

『もちろんですよ。落ち着き先が決まったら、改めて挨拶に来ます。 博士にもお礼を言いたいし。』 

博士は その時不在だった。

けれど、お母さんは別のことが言いたかったようだ。 

『あの子ね、これまで同じ年頃のお友達って あんまりいなかったのよ。』

 

・・たしかに、同年代で ブルマに対し、

嫉妬の感情を抱くことなく付き合える奴は そうそういないだろう。

 

『だから、 あの・・ 』 『うん、わかってます。』 

お母さんの言葉を遮る形で、おれは続けた。 

『おれはブルマと、ずっと友達でいますよ。』

 

安心したように ほほえんだお母さんは、戸棚からチョコレートを取り出した。 

箱の中から一粒つまんで、おれの口元に差し出す。

『もうすぐ、バレンタインデーだものね。』 

『うまいな。 このチョコ、大好きです。』

それは どこにでも売っている、昔からあるチョコレートだった。 

だけど、おれの口には そういうものの方が合う。

『これ、持って行ってね。』  

いつになく きっぱりとした口調で、お母さんはチョコレートの箱をおれの手に押し付けた。

 

箱の中に預金通帳が入っていたことに気付いたのは、すぐ後だ。 

『冗談じゃないぜ・・。』 送り返そうとして、中身を見る。  

記帳されている金額を見て、おれは あっ、と声をあげた。

修行やなんかで 長く いないことも多かったけど、そうじゃない時にはアルバイトをしていた。

いいって言われていたけど、給料はお母さんに渡していた。 

お母さんはそれを、ずっと積み立ててくれていたのだ。

そして、その金は実際、とても役にたったんだ。

 

今は3月だ。 「今年のバレンタインデーは何にも できなかったわ。」 

つぶやいた後 ブルマは、さっきの紙袋の中からチョコレートを取り出した。

「昔からある物だけど、これ おいしいわよね。」  

一粒つまんで、おれの口にも入れてくれる。

 

壁にクッションを当てて 床に座っているブルマの、大きな おなかを見つめる。 

うんと若かった頃  おれたちに、うっかり子供ができていたら。

もちろん結婚はしただろう。 だけど その後、やっぱり別れてしまっただろうか。

そして、 それでもブルマは、ベジータと恋に落ちたのだろうか。

子供がいる女でも、あいつは気にしなかったのかな。 どうなんだろう。 

 

上着をはおり、帰ろうとするブルマを玄関で見送る。 

「自分で運転するのはやめて、タクシーを使えよ。 今 電話して呼んでやるから。」 

「やあね、平気よ。」

途中まで送って行こう。 そう思って、やっぱりやめる。 

心配して迎えにきたベジータと、鉢合わせしそうな予感がしたから。

 

それから数日後、 ブルマが置いていってくれたチョコレートを食べ終えた日。

女の子が無事に生まれたという電話をもらった。