『 Making Love 』
二度目が終わって体を離したときには さすがに、仰向けのままでうつろな目をしていた。
言葉を探しながら 乱れた髪に指を通していた時、彼女の携帯電話が鳴った。
手渡したけれど、出ようとしない。
「家から?」 「あとで、こっちから かけるわ・・。」
シャワーを借りたいと言うから、場所を示してバスローブを渡した。
「ありがとう・・。」 「石鹸を使わない方がいいよ。」 「えっ?」
「匂いで、家族に怪しまれるよ。 余計なことだけどさ。」
その時の 彼女の表情は忘れられない。
だけど、おれの前では泣かなかった。
「送っていくよ。」 身支度を済ませて バスルームから出てきた彼女に言った。
「いいわ、 大丈夫。」 「大丈夫じゃないよ。」 窓を見るよう促す。
「雪・・・。」
そう言って 窓の外を見つめる彼女に、少しの間 見とれてしまう。
「・・さ、 急ごう。」
車の中で、彼女は一言も話さなかった。
雪がやんでしまった時に、「あ。」 と、小さな声を発した以外は。
家に着く、だいぶ手前で 車を停める。
「この辺でいい?」 「うん。 どうもありがとう。」
彼女を最初に送って行った日のことを思い出す。
きれいに咲く日を、皆がのんびりと見守っている花。
それを手折って自分のものにしてしまう。
おれがしたのは、そういうことなんだろう。
「あのさ・・。」 車のドアを閉めようとしていた 彼女を呼び止める。
言葉がうまく出てこない。 だから、かわりに こう言った。
「パン、って呼んでいいかな。」
車のライトに照らされた彼女は、小さく、でも確かにうなずいた。
そして パンは、翌日もあの部屋に来た。
迷ったけれど、フロントを通さずに直接 部屋のドアの前まで来た。
ノックしようとしたけど、チャイムがちゃんと付いていることに気づく。
ホテルにそんなものがあることを 初めて知った。
トランクスは、少し驚いた顔で ドアを開けてくれた。
「電話に出なかったから・・。」
「かかってくると思わなかったから、音を切ってたんだ。」
少しだけ笑って、わたしの顔を覗き込む。
「他の女の子がいたら、どうするつもりだった?」
「・・恋人はいないって言ったわ。」 「そういう子はいないけどさ・・。」
ドアを開けて出て行こうとしたけれど、一瞬遅かった。
「冗談だよ。 来てくれて、うれしいよ。」
トランクスに触れられると、抱きしめられると、
わたしは 体から力が抜けたようになってしまう。
もしも まだしっぽがあって、誰かにそれを掴まれたなら、
こんなふうになるんだろうか。
「どうして、わたしみたいな子供に こんなことするの・・?」
きつく閉じていた瞼をようやく開いて、彼女は続ける。
「他に女の人がいるんだったら・・ 」
「あれは冗談だって。 ・・そうだな、パンが いい子だからかな。」
「え・・?」
「いい子には、悪いこと したくなるんだよ。・・誰に似たのかな。」
自分で言って笑ってしまう。
「あとは、パンのことが好きだからだよ。」 「嘘・・。」
「冗談は言うけど、女の子には嘘をつかないよ、 おれは。」
だから、誰とも続かないのかもしれないな。
ベッドの上の彼女を、再び抱きしめる。
「こうなるって、わかってたんだろ?」
顔を正面に向けさせて、唇を重ねて 貪る。
「なのに どうして、また ここに来たの?」
離した彼女の唇が動いて 言葉が出てくるまで、おれは待っていられない。
「・・パンも、おれのことが好きだから?」
彼女は うなずく。 泣きだしそうな顔で。
このあと、何度も繰り返すことになるやりとりの始まりだった。
それから おれは、つややかな髪を両手の指で梳いた。
その手触りも、匂いさえも 忘れることができなくなる彼女の黒い髪を。