chocolate in blue

トラパン初のバレンタインデーSSです。 31歳×18歳、かな?

どっちかっていうと(強いて言えば?)GT寄りの二人のつもりです。]

高層ホテルの窓の外。 ブラインドが下ろされているため、部屋の中は見えない。

けれど、彼、トランクスがいることは気でわかる。

ノックはしない。 厚い特殊ガラスだから、したとしても聞こえないだろう。

それでも 窓は開かれて、わたしは部屋に迎えられる。 

彼もまた、わたしの気を感じていたのだ。

 

少しだけ、怒ったように彼は言う。

「また窓からなんて…。 正面から、堂々と入ってくればいいじゃないか。 

ここのスタッフには、話を通してあるんだからさ。」

「だって玄関の外に、あの人たちがいたんだもん。」

あの人たち、というのはカメラマン、いわゆる パパラッチだ。

「またか。 しつこい奴らだなあ。 

あいつら ちゃんとした記者じゃないから、なかなか尻尾を掴めないんだよ。」

もう、半年ほど前になるだろうか。 トランクスと会っているところを、写真に撮られた。

当時 彼は、C.C.社のCMに出ていたモデルの女の人と噂があり、記者にマークされていたのだ。

 

『本当に、噂だけなの?』 

そう聞くと、トランクスは とても怒る。 だから それは置いておくけど…

とにかく、後ろ姿で 顔はわからなかったものの、わたしの写真が週刊誌に載ってしまった。

それでもC.C.社の力で プロフィールの流出を抑えることができ、思ったほどは騒ぎにならなかった。

だから学校からも、特に注意はされなかった。 

けど他に、気になることが起きた。

何となく なのだけど、わたしに対する、パパの態度が変わった。

怒ったり、何か言うわけではないんだけど、どこか よそよそしいというか…。

でも、パパだっていけないと思う。

真剣な気持ちで付き合っていると、トランクスは何度も話をしてくれようとした。

そのたびに、仕事の電話が入った、急用だ、などと言って逃げ回り、

結果、あんな記事を 先に目にする形になってしまった。

 

それについて、ママは こう言う。

『トランクスくんが相手じゃ反対できないから、何とか先延ばしにしようとしてたのよ。 

わかってあげなさい。 もうちょっとだけ、意地を張らせてあげて。』

そして、こうも付け加えていた。 とても なつかしそうに、含み笑いをしながら。

『何だか、昔を思い出すわ。 パパも、そんな感じだったっけ…。』

この場合のパパとは、サタンおじいちゃんのことだ。

ママは わたしの前では気をつけているけど、二人きりの時には、悟飯くんと呼んでいる。

二人は、高校の時からの付き合いだ。

だったら、18歳になった わたしがトランクスの恋人でも、おかしいことなんかないはずだ。

 

黙りこんでいた わたしに、トランクスが尋ねる。 

「どうした?」

「ううん、 何でもない。」 

「そう? … ちょっとだけ待ってて。 これだけ、送ってやらなきゃいけないんだ。」

そう言って、テーブルの上に置かれたコンピューターの前に、戻って行ったトランクス。

よくあることだから、特に気にならない。 

さしあたっての仕事がデスクワークだけの場合、

彼は会社を抜け出して、この 常宿にしているホテルに籠る。

だからこそ 忙しい中、わたしと会う時間も つくれるわけなんだけど。

 

「あーあ。」 

ため息をついて、ベッドに横たわった。

少し前までは、こういう時にはノートを開いたり、単語帳をめくったりしていた。 

でも とりあえず、今は必要ない。

系列の大学への内部進学が決まり、あとは卒業を待つだけだからだ。

TVでも観てたら?」  

うん、と返事をしたけれど、わたしはそのまま目をつぶった。

コンピューターの、キーをたたく音だけが耳に響く。 

そして、広くて清潔なベッドの上…。

わたしは いつしか、心地よい眠りに落ちていた。

 

「…。」 

どのくらい経っただろうか。 

チョコレートの、甘い香りで わたしは目覚めた。 

けれど すぐ、再び瞼を閉じることになった。

覆いかぶさってきたトランクスに、唇を重ねられたためだ。

「! んっ、」 

口の中が、チョコの甘さでいっぱいになる。 

彼の舌に、食べかけの それを押し込まれたからだ。

いらない、と返そうとする。 なのに あっという間に溶けてしまった。

わたしの舌に、ほのかな洋酒の味を残して。

 

「うん、結構 うまいな。 流行りのレストランで、この時期だけ売ってる物らしいよ。」

誰にもらったの? 尋ねる前に、トランクスは答える。 

「秘書室の女の子たちからだよ。」 

「ふうん…。」 

わざと、気のないような相槌を打つ。 

それにしても、バレンタインデーは週明けだっていうのに。 

恋人よりも先に渡したいとか、そういう考えなんだろうか。

 

「パンはくれないのかい? チョコレート。」 

「だって まだ、14日じゃないでしょ。」

「でも、14日は用があるんだろ? 大学の、説明会だったっけ?」

わたしが返事をしないでいると、トランクスはこう続けた。

「まあ、いいんだけどね。 クリスマスだ誕生日だって、物を贈るイベントが多くて大変だよな。 

それに、」

「え? あっ 」 

「チョコレートみたいだからね、パンの体は。」

彼の指が、唇が、わたしの体の、いろんなところを這いまわって 留まる。

「体の熱で溶けちゃうけど、アイスクリームほど とろとろにはならない。

それに、あんなに冷たくなんかない。だから、チョコだな。 

でも日焼けしてないから、ホワイトチョコだ…。」

時折、まるで息継ぎのように押し当てられる唇には まだ、高価なチョコレートの味が残っていた。

 

 

帰る時間が来てしまった。 二人して、部屋を出る。 

用心のため、正面玄関のある ロビーの方へは行かない。

トランクスが 内線で連絡をつけていたから、スタッフが付き添ってくれている。

わたしたちは、一般の人は通れない通用口に向かっている。 

 

上着のポケットから、車のカプセルを出そうとしているトランクス。

「いいわよ、送ってくれなくても。 飛んで帰った方が速いわ。」 

「ダメだって言ってるだろ。 ちゃんと送るから。」

これまでにも、何度となく繰り返してきた やりとり。 

聞こえないふりをしている、ホテルのスタッフ。

わたしと いくつも違わないような 若い男の人なんだけど、その人が、ドアを開いて誘導してくれる。

いつもはロビーで待機しているベルボーイさんで、わたしとも、すっかり顔なじみになっている…

そうだ。 

バッグから包みを取り出し、白い手袋をはめた手に、素早く押しつける。

「これ どうぞ。 少し早いけど、バレンタインデーのチョコレートです。」

それだけを言って、わたしは駆け出した。 

重い扉を開いて外に飛び出し、地面を蹴って そのまま、空に浮かび上がった。

今は2月。 一時期よりはずいぶん 日が長くなったけれど、春はまだ、もう少し先だ。

 

「パン!」  

背後から、聞き慣れた声が 耳に届く。 あっという間に追いつかれ、抱きすくめられる。 

強い力で、空の上で。

「送らせてよ。 な、車で帰ろう。」 

ふりほどいて、飛び去ることはできなかった。 

どんなに強くなったとしても 決して勝てない相手が、わたしには いる。 

トランクスも、その一人だ。

 

助手席に収まって、隣に目をやる。 

「えっ?」

トランクスの手の中にある物。 それはさっき、ベルボーイさんにあげたはずのチョコレートだった。

「どうして?」 

「ん? 買い取ったんだ。」 

「…。」 

「冗談だよ。 おれはもらってないんだよなってぼやいたらさ、

じゃあ これは あなたのですねって言って、渡してくれた。」

指先が、包み紙を器用に開き、チョコの粒を取り出す。

「ケンカしないでくださいね、って心配されちゃったよ。 … うん、うまいな。」

「別に、どこにでも売ってる物だわ。」 

「でも おいしいよ。 このチョコ、昔からあるよな。 子供の頃 大好きで、よく買ってたよ。」

 

… 本当は、チョコレートケーキを焼くつもりだった。 

でも、時間がなくて できなかった。

もしもケーキを持ってきていたら、トランクスはきっと、別の言葉で褒めてくれただろう。

 

トランクスが、車を停めた。 

「コーヒーが飲みたいな。」

道路脇にある、自動販売機に向かうつもりらしい。 

「パンは何にする? 何でも言ってよ、チョコレートのお礼だ。」

おどけた口調で、そんなことを言う。 

嘘。 3月のホワイトデーには おそらく、うんと贅沢で、素敵な物を贈ってくれる。 

高校の、卒業祝いも兼ねて。

もしかしたら、指輪かもしれない。 

マスコミに おかしな記事を書かれるのはもう うんざりだ、だから正式に婚約したい。

大学が決まってからというもの、トランクスは その話ばかりする。

 

こんなに愛されている わたしの、胸にくすぶっている不満。

一つはパパのこと。 それと 普通のカップルと違って、人目が気になってしまうということ。

そして… 

車を降りた わたしは、トランクスに向かって駆け寄り、両手を広げて飛びついた。

「パン? …!」 

 

唇を、押しつけて貪る。 

さっきはホテルのベッドの上で、何度も 同じことをした。

この舌が、唇が、わたしの胸や首筋に触れた。 

だけど下着は、着けたままだった。

そう。 わたしたちは まだ、本当の恋人にはなっていない。

じれったくて、待てなくて、自分の手で はずそうとする。 

そうすると、トランクスはとても怒る。

苦しそうな声で、こう言う。 

『頼むよ。 おれを、いじめないでくれよ…。』

ああ、わたしの一番の不満は、もしかしたら それなのかもしれない。

世間知らずの子供のくせに、知りたがりでエッチなわたし。

 

トランクスの唇には まだ、チョコレートの甘い香りが残っている。

2月の夜。 

風がこんなに冷たいのに、体の奥は まるで、チョコレートのように甘く、柔らかく溶け始めている。