『真夏の夜の夢』

狂った果実』 『二十歳の約束』の補間ストーリーで、28歳×15歳の二人です。

最初はGTっぽく、と思っていたはずなのですが

すっかり拙サイトのトラパンになってしまいました。]

いろいろと世話になり、無理も聞いてもらった 取引先の社長に、何度も食事に誘われた。

さすがに断りきれなくなり 仕方なく、指定されたレストランに足を運んだ。

そこで おれを待っていたのは、本人ではなくて社長の娘だった。

そう、これは見合いだ。 なんとなく、予想はしていたけど。

 

おれの3歳年下で 20代半ばだという彼女は、明るく 感じの良い女性だった。

お嬢さん育ちの女の人は これをしない人が多いんだけど… 

また会いたい、誘ってもいいですかと はっきり尋ねてきた。 

大きな瞳で、しっかりと こちらの目を見つめながら。

だから、おれも話がしやすかった。

「すみません。 お付き合いはできません。」 

 

スーツでもワンピースでもなく、その女性は浴衣を着ていた。

今夜、ここから そう遠くない場所で、大きな花火大会が開かれる。

曇りとはいえ、夏の空は なかなか暮れていかない。 だから ついさっき、始まったばかりのようだ。

それなのに おれは、「見ていきましょうか」 の一言すらも口にせずに立ち去った。

怒らせても仕方のない、完全なるマナー違反だ。

その理由は、大勢の人の気配の中から 彼女…  

おれの大切な女の子の気を、感じ取ったからだ。

 

打ち上げ花火の大きな音、 上がるたびに沸き起こる歓声。

人、人、人でごった返す中、おれは、たった一人の女の子を見つけ出す。

同じクラスの友達だろうか。 男と女、3人ずつのグループで来たらしい。

おれも昔は、よく そんなことをしたっけ。 なのに、面白くないような、妬ましいような気分になる。

勝手だよな。 仕組まれたこととはいえ さっきまで、女性と食事をしていたっていうのに。

「パン。」  

後ろ姿の彼女に向かって、声をかける。

「トランクス …!」  

驚いた顔で振り返る。

呼び捨てにしたのは初めてだ。 ただし、実際には。 

頭の中では何度も、そう呼んで繰り返していた。 この、5年の間。

 

やあ、偶然だね。 友達かい? こんばんは。 

こんな具合に、そつのない挨拶をするのが年の甲ってもんだろう。

それなのに おれは ものも言わず、彼女に向かって手を差し伸べている。

数秒のち。 彼女、パンは まるで、はじかれたように駆け寄ってきた。

友達には 「ごめんね。 先に帰る。」 それだけを言って。

「?? どうして? その人、誰?」  

取り残された皆が疑問を口にする中で、一人が、思い出したように叫んだ。

C.C.社の社長だ。 そうだよ、この間 TVに出てた…。」

その言葉が終らぬうちに おれは、パンを抱えて地面を蹴った。 

「!」

歓声とは また違う、どよめきが耳に届く。

花火の上がる夏の夜空に、おれたちは浮かび上がった。

 

「いったい どうしたのよ、急に。 

緊急の時以外は人前で飛んじゃいけないって、言われてるじゃない。」

そう? おれは別に、言われてないよ。 その代わりに答える。 

「平気だよ。新製品の実験だって言えばいい。」

「… わたしのことは? もし聞かれたら、何て言うの?」

間髪を入れずに おれは答えた。「恋人だって言うさ、もちろん。」 

「トランクス…。」

 

さっき、見合いの相手の女性と、こんな やりとりをした。

『やっぱり、恋人がいるんですね。 結婚は、しないんですか?』 

『…。』

C.C.社のトランクス社長が結婚。

世の女性たちは嘆くでしょうけど、私みたいに 無駄な期待はしなくなるわ。』

自分の考えを はっきりと言葉にしてくれる、わりと好みの女性だった。

でも ダメだ。 おれは 腕の中にいる、この女の子に出会ってしまったから。

おれの好きな女は、まだ大人じゃない。 少女なんです。

そう口にしていたら いったい、どんな顔をしただろうか…。

 

「なによ、勝手だわ! ろくに会いにも来なかったくせに。」 

パンの怒った声。 久しぶりだ。

「そんなことないだろ。 君の誕生日の時には いつも、」 

「でも、すぐに帰っちゃったわ。 どうして? もしかして…

言いにくそうに、パンは続けた。 「うちの家族に、何か言われたの?」

「いや。 何も言われてないよ。」 ただね、なんとなく…  

それは、口に出さなかった。

 

「君だって、来てくれなかったじゃないか。」 

「だって、ブラちゃんとは学校が違うし… だいたいトランクス、家にいないっていうじゃない。」

「君が来るんなら、ちゃんと帰るんだよ。」  

そんな会話を交わしながら おれたちは、どこかの山に おり立った。

とは いっても 人の手が入っている、ハイキングコースになっているような所だ。

「どこなの? ここ。」 

「さあ…。 でも、平気だよ。少し飛べば車も走ってるし、人にも会う。 

宇宙じゃなくて、地球なんだからさ。」

風で枝葉が ざわざわと音をたてている中、おれは彼女の唇に、自分のそれを押し当てた。

 

触れるだけでは おさまらない、深い、貪るようなキス。 

5年ぶりの… ああ そうか。 地球でするのは初めてなんだ。

あの時は宇宙、宇宙船の中だった。

「あの時とは違うけど やっぱり、果物みたいな味がするな。 何か食べたの?」 

「…リップクリームだわ、多分。 香り付きの…。」

「へえ、そんなの、つけるようになったんだね。 好きな男でもいるの? さっきの奴らの誰かかな。」

「知らないわ、 バカ!」

やりとりの終わらぬうちに また、唇を重ねる。 

小さな唇に塗られている 淡い色を、全て拭い去ってしまうために。

 

しばらくのちに、おれは言った。 「ステキだね、よく似合うよ。」 

今日は花火大会。 パンは、浴衣に身を包んでいた。

「おばあちゃんが縫ってくれたの。」 

「そう。 で、着せてもらったんだね。 じゃあ、着崩れちゃ まずいよな。」

「! トランクス、」 

「大丈夫。 痕なんか、つけないよ。」

唇を、今度は首筋に当てる。 手で襟元を、少しだけ広げるようにして。

 

 

「トランクス…。」 すみれ色の彼の髪に、自分の指をくぐらせる。 

溢れてくる吐息とともに、何度も名前を呼びながら。

そんなことしか、わたしは してあげられない。

 

同時に、思い出している。 あれは確か、二年程前のことだ。

C.C.社のCMに、当時 人気絶頂だったファッションモデルが起用された。

その女性とトランクスの仲が、マスコミに取り沙汰されたのだ。 

毎朝見ているTV番組でも、その話題が取り上げられた。

明るい声で わたしは言った。 誰にともなく、誰かが口を開く前に。

『嘘っぱちよ、あんなの。 あのモデルの女の人ね、本当は他に恋人がいるんですって。 

 トランクスの方がイメージがいいから、利用してるんだって。』 …

それはブラちゃんに、電話で教えてもらった話だった。

 

パパは特に何も言わず、でもママが、しばらくしてから こんなことを尋ねてきた。 

『ねえ? パンは学校に、好きな男の子はいないの。』

わたしは すぐに答えを返した。 『いないわ。』

『なんとなく気になるな って子も? いたら、楽しいでしょうにね。』

『学校は好きだし、楽しいわよ。 でも あの中に、好きな男の子はいないわ。』

きつい口調になってしまったことを悔やんで、わたしは逆に質問をした。 

『ママがパパと付き合い始めたのって、高校生の時なんでしょう?』

『そうよ。 17歳の時ね。』  

その後、ママが小さな声で つぶやいた言葉を、わたしの耳はとらえてしまった。

『17歳と10歳は違うのよ、パン。』 

 

確かに、そのとおりだと思う。 でも わたし、もう10歳じゃない。 

その話をした時は13歳だったし、今は15歳になった。

そうよ、少しずつでも 毎日、ちゃんと 大人になってるの…。

 

 

「ごめん。」  唇を離し、襟元を直してやりながら続ける。 

「パンちゃんが好きだ、付き合いたいって ちゃんと話をしに行くよ。 もっと早く、そうすべきだったね。」

「…。」 

「何とか、認めてもらうよ。 悟天やブラ、そうだ、うちの母さんにも話して、知恵を貸してもらおう。

 …!」

驚いた。 両肩に腕が巻き付き、首筋に、唇が 強く押し当てられている。

「パンちゃん…? どうした?」  

返事はない。 かすかに開いた口からは、 歯を当てられている。 

濡れた舌の動きも感じる。 強く、強く、吸いついている。

さっきまでの おれのやり方とは、あきらかに違っている。

 

昔、うんとチビだった頃のことを思い出す。

朝、母さんが、鏡の前でぼやいていた。 『まったく、もう。 着る物に困っちゃうわ…。』

夜、父さんが残した痕について こぼしていたのだ。

何度かあったと思うから、うっかりつけたわけではない。 

もしかして あれは、周りに知らしめるためだったのだろうか? この女は、自分のものだということを。 

まだ 今のような、完全無欠な夫婦とはいえなかった時期だから。

そうじゃなければ…  もっと ずっと、シンプルな理由だったのかもしれない。

獣に より近いサイヤ人が、目をつけた異性を押さえ込み、屈服させるための。

 

そうだ、そうなんだ。 都会で仕事に追われていると、つい忘れそうになる。 

だけど おれには、サイヤ人の血が流れているんだ。

そして この時、おれの首に食らいついている 愛しい彼女にも。

 

夏の夜。 花火は とうに終わってしまった。 

いつの間にか雲は流れて、夜空には、円い月が浮かんでいた。