『キスしてほしい』

トラとパンは結婚して一女をもうけ、C.C.の近所に住んでいるという設定です。]

「動かさなくていいよ。 強く握って・・。 もう少し強く・・。」

 

「上になってよ。 ほら、おいで。」

 

「好きなように動いてごらん。  こんなふうにさ・・。」

 

そして、終わった後は 決まって こう言う。

「キスしてよ。 パンの方から して。」

 

強く拒否されたことは ないと言っていい。

だけど パンから求めてくることも、あまり無かった。

 

それが不満だった おれは、ある物を手に入れた。

催淫の作用があり 性的興奮を促すという、いわゆる 媚薬と呼ばれる薬だ。

もちろん合法的な物だし、体質や体調にも左右されるらしいから、ほとんど気休めだ。

けど、いつもより ほんの少しでも、大胆になったパンを見てみたかった。

 

だってさ、子供を産んで間もない頃なら仕方ないだろうけど・・

セックスが あんまり好きじゃないのかな、なんて思うことが、たまにあるから。

 

さて、まずは どうやって飲ませるかだ。

パンは 薬が嫌いで、サプリメントにも興味を示さない。

そこいらの女なら、ダイエットの効果があるって言えば飛び付くんだろうけど。

 

だが、チャンスは突然やってきた。

仕事を終えて帰宅すると、そう遅い時間ではないのに 娘の声が聞こえてこない。

パンに尋ねると、今日はC.C.の方に泊るのだという。

この機会を逃す手はない。

本当は どこかで食事をして、ホテルに部屋でも とりたかった。

けれど、もう 夕飯の支度をしてあるという。

それなら、と おれは もらいもののワインの栓を抜いた。

 

「おいしいわね、 これ。」

甘めで口当たりがいいためか、普段は あまり飲まないパンも、めずらしく杯を重ねていた。

でも 決して酒に強いわけじゃない。

しばらくすると 頬を赤く染めて、ぼんやりし始めた。

眠られちまっても困るな。

素早く、例の薬を差し出す。  「これ、飲みなよ。」

「なあに? これ。」 「悪酔いするのを防ぐ薬だよ。 水無しで、そのまま飲めるから。」

「そうなの・・ ありがとう。」

よし、 飲んだな。

 

数分が経った。

パンは眉を寄せ、切なげな表情をしている。 効いてきてるのかな、 それとも・・。

「大丈夫かい? 気分悪い?」

「ううん、 気持ちは悪くない。 だけど、 なんだか ・・ 」 熱いの。

かすれた声で付け加える。

「ちょっと、風に当たろうか。」  肩を抱いて、寝室の窓辺に連れて行く。

窓を開けると、心地よい夜風が 頬を撫でて・・・

それと同時に、あるものが視界に飛び込んできた。

「満月か・・。」

 

生まれてすぐに、尻尾を切られてしまった。

だから、大猿になる心配は無い。

だが 幼い頃、誰に教えられたわけでもないのに ごく自然に超化できてしまった おれとしては、

自分の意志が無くなっちまうようなことは、かなり抵抗がある。

だから おれは、すぐに目を逸らした。

けれど、パンは違った。

赤々とした円い月を、まっすぐに見つめている。

もっともパンだって、尻尾は とうに無いんだけど。

 

「パン?」  声をかける。

返事が無い。 でも、そのかわり・・  「・・・っ!」

こちらを向いた パンの両手に引き寄せられて、唇が重なる。

やや乱暴な、噛みつくようなキス。

負けじと 舌を入れてやると、ちゅっと音をたてて吸いついてきた。

あ、 気持ちいいな、 これ。

 

それから数十秒ののち。

膝まづいたパンは、ひどく苛立たしげに おれのズボンをずり下げると、すぐに顔を埋めてきた。

パンの舌、 そして おれの腰を押さえこむ手は、さっき唇にしたのと 同じような動きをしていた。

 

「ベッドに行こうよ、 パン。」

答えない。

「・・そんなにしたらさ、 もう出ちまうよ。」

その一言で、パンは ようやく離れた。

だが、次の瞬間。  なんと その場で、床に押し倒された。

「お、 おい・・。」

着ている物を、まるで 引きちぎるように脱ぎ棄てたパンは、

ものも言わずに またがって、奥深くまで 腰を沈める。

そして これまで一度も見たことのない、挑むような顔つきになると、ものすごい勢いで腰を振り始めた。

 

4分の1とはいえ、パンもサイヤ人の女だ。

こうなっちまったら もう、おれが優勢になるには かなりのパワーを要するだろう。

仕方ない。 とりあえず抵抗せず、観察させてもらおう。

おれは そう決めて、おとなしく 身を任せた。

 

 

そのまま 床の上で、何度も何度も交わった。

すぐ そこに、ベッドがあるっていうのに。

何度目かが終わった後、パンは おれの上に、まるでスイッチが切れたみたいに崩れ落ちた。

 

起き上がってパンを抱き上げ、ベッドの上に寝かせる。

おれも隣に横になった。

ぐったりと瞼を閉じているパン。

じっと見つめていると、罪の意識が頭をもたげてきた。

個人差があるといっても、薬だけでは あんなふうにはならない。

アルコール、そして偶然目にしてしまった満月、それらとの相乗効果だったのだろう。

それでも・・。

我ながら勝手だと思うけれど、こういうのは やっぱりダメだな。

体は満足しても、 何ていうか ハートの方が・・。

 

「パン。」

呼びかけると まつ毛が動いて、ゆっくりと瞼が開いた。

だけど まだ、光のない うつろな目をしている。

「パン・・。」

おれは決して、パンをおもちゃにするつもりは無かったんだ。

パンの方から おれを求めてほしかった、それだけだったんだよ。

ごめん。 

その言葉の代わりに言った。 「キス、してよ ・・

やわらかな唇が重ねられる。  そっと、とても、優しく。

パンの方からしてくれた短いキスは、さっき何度となく交わした、貪るような それよりも、

ずっと おれを幸せにした。

 

 

「きゃっ! どうしたの、これ・・。」

 

朝。  パンの声でおれは目覚めた。

床に散らばった衣服の残骸と、一糸まとわぬ自分の姿に驚いている。

前の晩 どれほど激しく抱き合ったとしても、パンは裸のままで眠ることをしなかったためだ。

「覚えてないの? 飲み過ぎたんだよ。 家でよかったよな・・。」

全て、酒のせいにすることにした。

 

「それよりさ、キャミを迎えに行ってやるんだろ。」

「そうだわ、 急がなきゃ。」

ベッドから出ようとするパンを、再び抱きかかえる。 「えっ、なに?」

「シャワー浴びてから行こうよ。 一緒の方が、時間の短縮になるだろ。」

「トランクスったら・・。」

 

朝の光がまぶしい浴室で、パンの体を丁寧に洗いながら おれは尋ねる。

「パンは、おれのことが好き?」

「あたりまえじゃない。」

「・・・。 じゃあさ、たとえば どういうところが好き?」

しばしの沈黙。  だが パンは、はっきりと口にした。

「セックス。」

 

言葉を失ったおれに、笑顔で続ける。 「なんてね。」

「・・覚えてるの? その、昨夜のこと・・

「うーん、 ところどころね。 お酒は もう、しばらく いいわ。」

その会話で確信した。 パンに振り回されてるのって、実はおれの方だってこと。

でも それが、男にとっての幸せだということを おれはよく知っている。

 

シャワーを止めて、おれは言った。 「キスして。」

「・・・。」  両手が頬を包み込み、顔が近づいてくる。

おれは すかさず付け加えた。 「・・って、言って。 パンの方から。」

 

黒い瞳を見開いたのち、呆れたようにパンは笑う。

向き合って、お湯で濡れた体のままで、おれたちは何度もキスを繰り返した。