222.呪文

拍手画面のリニューアルの際に上書きされて消えちゃっていたものです。

ベジブル・天ブラとテンコモリですが、オチはトラパンなので こちらに・・。]

あれは、いつだったのかな。

ああ、 そうか。  ブラが小学校に入る頃・・・

入学祝いを兼ねて、家族で食事に出かけたんだ。

そうか、 だから 父さんも一緒だったんだな。

レストランでの食事の後はショッピングモールで、ブラが欲しがってたものを買ったりしてさ。

その後 母さんは、自分の気に入りの店で洋服を見てたんだ。

 

『ねぇ、 これ どう?』 『下品だな。』

母さんはハンガーにかかった服を、値札を確かめることもせず

次々と体に当てていく。

『似合うかどうかを聞いてるの。』 『わからん。』

 

出かける前の、家でのやりとりと全くおんなじだよ。

あの父さん相手に、母さんもホント懲りないよな。

そんなふうに思ってたら、ブラがおれに質問をしてきた。

『ねぇ、下品って どういう意味?』 

『父さんに聞けよ。』

ブラはめげずに質問の仕方を変える。

『パパはどうして、いつもママの服を下品って言うの?』

『他の男がママのことをヤラシイ目で見るのが許せないんだろ。』

 

それを聞いたブラは 『どうして?』 と しつこく食い下がった。

だから、おれは こう答えたんだ。

『ママのことが大好きで、いつでも自分だけのものじゃなきゃイヤだからだよ。』

おれの その言葉を、幼かったブラは深く胸に刻み込んだらしい。

 

で、 これは何年か前のC.C.での話。

おれと悟天が 居間で世間話をしていたら、子供を寝かしつけ終えたブラがやってきた。

見なれない服を着ている。

『ねぇ、 このワンピース、今日セールで買ったのよ。 どぉ?』

どうでもいいけど、やけに丈が短い。

『そういう服って、下に何か穿くんじゃないのか?』

おれの意見を無視して、ブラは悟天の前に立つ。

『いいんじゃない? 色も似合ってるし、ブラは脚がキレイだから、見せても・・・ 』

 

悟天にしては がんばった答えだと思うのに、

ブラは不満げな様子で 奴の膝の上に腰を下ろした。

『悟天って、ヤキモチ妬いたりしないの?』 『えっ?』

うわー、 また始まったよ。

『街で、男の人がわたしの脚をヤラシイ目で見ても 平気なのね・・・。』

『いや、 そんなことは ないけど・・。』

延々と続くから、以下略。

 

あの二人を観察してると、こういう会話がよく出てくるんだよ。

ブラが悟天を試すようなことを言い出すっていうか、 さ。

えっ、 おれにもそういうところがあるって?

いや、 それはさ、 つまり・・・  

ま、それは置いといて あの二人の話だよ。

ブラを膝の上に乗せたままで、悟天は天井を仰いだ。

そして・・・ 何て言ったと思う?

 

『あーあ。 お姫様の相手は大変だよ。』

 

 

レストランのテーブルをはさんで座っているパンは、

その言葉にひどく感心したようだ。

「呪文ね。」 「呪文?」

「そう。 素直に、笑顔にさせられちゃう魔法の言葉よ。」

いつも娘に読んでやってる絵本の一節みたいなことを

言って、パンはにっこりと笑った。

食後のコーヒーを飲みながら。

今日は 孫家に子供をあずけて、二人だけで食事をしに来たんだ。

たまにはいいよな。

 

「呪文か・・。

そういえば母さんは 下品だってけなされた後、父さんに何か 耳打ちしてたな。」

そうされると、父さんは何故か黙っちゃうんだ。

 

「いったい、何て言ってたのかな。」

「なんとなく、わかる気がするわ・・。」

そう言った後で、パンはある言葉を口にした。

 

「ああ・・ そうか。」

それは、まさに呪文だ。  「きっと、 そうだね。」

 

会計を済ませて、レストランを出る。

下の階には、店がいろいろ入っている。

「まだ時間があるから、買い物でも していこうよ。」

「そう? それじゃ・・ 」

パンは案内板を見て、子供服の店を探し始める。

おれは、母親の顔に戻ろうとする彼女を制した。

「自分のものを買いなよ。 服でも何でもさ。」

「たくさんあるから、いいのに。」

 

パンって 堅実っていうか、ほんとに欲が無いんだよ。

そういう子には、何だって買ってやりたくなるんだよな。

結局、近くにあったセレクトショップに入ってみることにした。

 

そこでパンは、夏物のワンピースを手に取った。

なんとなく、母さんが好みそうなデザインだと思った。

「いいんじゃない、 着てみなよ。」

おれの薦めで、パンは試着室に入った。

正直、 大人っぽすぎるかな、と思った。

だけど、パンが気に入っているようなら 似合うって言おうと思っていた。

 

試着室の扉が開く。

おれは息を呑んで、店員よりも早く口を開いた。

「すっごく、 よく似合うよ ・・・。 」

 

自分に厳しい彼女の、ほどよく鍛えた体に

その服は本当にピッタリだった。

 

「そう? じゃあ、これ・・。」

「今 着ていきなよ。 あ、 でも、 」

ちょっと見えすぎかもしれないな。 胸のあたりとか。

「何か、はおるものも もらおうかな・・ 」

そう店員に言いかけたおれを、パンが止める。

「いいわよ、 もったいないわ。」 「だってさ・・。」

渋るおれに、彼女はささやく。

 

ヤキモチ妬かなくても大丈夫よ。 わたしは、あなたのものだから。

 

それは おそらく、何度となく

母さんが父さんに向かって唱えたであろう呪文だった。