『Another Diary』
[ トラパン不安定期の、パン目線のお話です。]
トランクスを嫌いな女の子なんて いないと思う。
そう言ったわたしに、彼はこんなふうに答えた。
「おれには、本当に好きになってくれる子も いないんだよ。」
それも嘘よ。 そんなはずない。 だって、 わたしは ・・・
言葉が出てこない。 かわりに、体が勝手に動いた。
18歳のわたしよりも、ずっと年上の男の人。
なのに トランクスの頬はきれいで、なんだかすべすべしていた。
ほんの一瞬だけど、わたしは小さい頃によくしていた パパへのキスを思い出した。
わたしの両親はとても若い。
だからきっと、わたしと同じ年の頃には 二人はもう・・・。
でも、そこまで考えたのは もう少し後のことだった。
それから わたしはずっと、トランクスのことだけしか考えられなくなってしまったから。
家の電話からはかけられない。 携帯電話を手にとっては置くことを繰り返す。
もし、ブラちゃんと同じ学校だとしたら、わたしたちは まだ仲良しだったかしら。
お休みの日にはC.C.に遊びに行って、彼に会って話せたかしら・・・。
わたしは思い切って、C.C.社の方にかけてみた。
社長であるトランクスは とても忙しいはずだ。 彼はきっと、席にはいない。
それ以前に、電話をつないでさえ もらえないかもしれない。
そしたら もう あきらめて、忘れてしまうつもりだった。
あんなキスなんて、トランクスにとっては ほんの冗談。
赤ん坊の頃から知ってる女の子を、ちょっとからかっただけなんだわ・・・。
けれど、彼は電話に出た。 迷惑そうじゃない、普通の声で こう言った。
『そうか。 携帯の番号、言ってなかったね。 会って教えるよ。』
今日 会うことになってしまった。
時間にそう遅れることなくトランクスは現れた。
「やあ。ちょっと食事していいかな。おれ、昼 あんまり食べられなかったんだよ。」
そう言って わたしを連れて行ったのは、ホテルの最上階にあるレストランだった。
「こんな立派なお店、入れないわ・・。」
わたしは学校の帰りで、ほとんど普段着姿だった。
「気にしなくていいよ。 ここは、旅行者なんかも来るんだから。」
奥の席に通されて 席に着く。
慣れた様子で注文を済ませると、トランクスは こんなふうに続けた。
「服なんてさ、うちの家族・・ 父さんやブラは絶対に 自分の好きな格好しかしないよ。
どこに行くんでもね。」
「ブラちゃんの高校は 制服よね?」
入学したばかりの頃だけど、一度 街で彼女を見かけた。
すらりとした脚が うんと短くしたスカートから伸びて、まるでモデルみたいだと思った。
一緒にいた何人かは、こんなこと言っちゃ悪いけど、
友達というよりも 取り巻きみたいに見えたっけ・・。
そこまでは話さなかった。
トランクスは一言だけ、「あいつは 勉強嫌いなんだ。」と言った。
そして「あの先生、まだいるの? もう退職しちゃったかな。」 そんな話をしてくれる。
そう、トランクスはわたしの通う高校のOBだ。
それから進路のこと・・ 推薦で、付属の大学に進むことを話した。
「さすが、優秀なんだね。 パンちゃんは いい子だな。 自慢の娘なんだろうね。」
「そんなことないわ・・。」
料理は、おいしいかどうか よくわからなかった。
だけど、大きな窓から広がる景色は素晴らしかった。
席に着いた時には夕暮れだった空が 星空に変わる。
そして、ネオンと走る車のライトの光・・・
「今日は送れなくてごめん。」
いいって言ったのに、トランクスは 手配した車にわたしを乗せた。
後ろの席で、わたしは ずっと携帯を手にしていた。
帰りが遅くなった言い訳を考えることも忘れて、トランクスへのお礼のメールを打っていた。
自分の部屋で、学校で、わたしは自分の携帯ばかりを見てしまう。
それまでは、そういう人を少し軽蔑してたのに。
そして数日後、待ちわびていた連絡がきた。
彼が告げた時間まで 少し余裕があったから、ビルのトイレに寄ってワンピースに着替えた。
学校に行く時は いつも動きやすい格好だったから、
ママに何か言われないように 家から持ってきていた。
荷物を収納できるホイポイカプセルは、本当に便利な物だ。
これは、トランクスの亡くなったおじいちゃんの発明品。
そして・・ わたしがこれから会う彼は、それを独占販売している企業の社長・・。
改めて考えてしまう。
忙しい中、トランクスは どうしてわたしなんかと会ってくれるんだろう。
その日も、この間と同じホテルに入った。 けれどレストランには行かない。
彼は 客室のドアの前に立って、カードキーを差し込む。
「どうぞ。」
少し躊躇したけれど、トランクスが開けてくれたから 中に入った。
その部屋は、想像していたのとは少し違った。
もっと もっと立派で、部屋が分かれていて、まるで高級マンションだ。
そして やっぱり、大きな窓から 都の夜景が広がっている。
「ぜいたくね。 あんなに広くて、立派なおうちがあるのに。」
その後、トランクスが口にした言葉。 「女の子を連れ込むためだよ。」
それが本当だとしたら、わたしも そのうちの一人になった。
次に部屋を訪れた時に。
その日、彼は 自分の両親について話した後、こんなことをつぶやいた。
「おかげで おれは、あれほど誰かを愛せる気がしないんだ。」
この言葉は、それからずいぶん長い間 わたしを苦しめることになる。
だけど、わたしはわかっていた。
心と体、どちらもトランクスに奪われてしまうことを。
最初に電話をかけた時から、
ううん、送ってもらった車の中での 初めてのキスから。
なのに わかっていなかった。
トランクスが、わたしの たった一言を待っていてくれたことを。
それはきっと、わたしが まだ子供だったから。