247.『デート』
[ 絵師さまのイラストからイメージして書いたお話です。]
その夜は、ベッドの中で言ってみた。 ちょっと、ずるいかもしれないけど。
「わたしね、明日お休みなの。 だから、買い物に付き合ってくれない?」
ベジータは答える。
「俺が、行くと言うと思うか?」
「時間の無駄だっていうんでしょ。 だけど、息抜きも必要よ。」
彼は口の端を少しだけ上げて、皮肉に笑う。
「息抜きなら、ちょうど今しているところだ。」
ここは、敢えて言い返さない。
わたしは彼の下からすり抜けて、ベッドの端で背を向けた。
「・・別の奴を誘えばいいだろう。」
少しの間、黙ったままでいてみる。
肩に、彼の手が触れる。 指先が、あたたかい。
わたしは言ってみた。
「好きな人と一緒に出かけたいのよ。」
こんな言葉で、心を動かすとは思えなかったけど
その時はなんとなく、『もうひと押し』のような気がした。
だから、ベジータの方に向き直してわたしは言う。
「ねぇ、 いいでしょ・・・。 わたしも何か、あんたの言うこと聞いてあげるから。」
わたしの体をしっかりと押さえこんでから、ベジータは言った。
「一時間だけだからな。」
地球に留まるようになってからというもの、
この女は何かにつけて 俺を外に連れ出そうとする。
中でも、『買い物』というやつは最悪だ。
人混みは、とにかくイラついて仕方がない。
マヌケ面の男に、チャラチャラした女ども。
店員とか呼ばれる人間は、まるで値踏みするかのようにジロジロ見やがる。
「ねぇ、こっちとこっち、どっちが似合うと思う?」
ブルマは、鏡の前で次々と服を当て始める。 これがひどく長い。
「知るか。 俺に聞くな。」
「あんたはどっちが好きなの、って聞いてるのよ。」
「わからん。」
ブルマの手首にはめてある時計が目に入る。
「時間だ。 行くぞ。」 「えーーっ、ちょっと待ってよ・・・。」
「一時間って、往復も入れてってこと? 短すぎるわよ・・。」
怒りながら歩いていたら、方向がわからなくなった。
「あら・・ どっちから来たんだっけ。」 「こっちだ。 バカめ。」
ベジータの手がわたしの肩に触れて、向きを変えさせる。
「バカは余計よ。」
けれど、それは昨夜の指先のぬくもりを思い出させた。
だから、もう怒るのはやめることにする。
代わりに、尋ねてみる。
「あんたって、何かほしいもの、ないの?」
わかってる。 お店に売ってる物の名前なんか、言うはずはない。
「戦闘服や重力室以外・・・ たとえば、」
宇宙船、とか。 ベジータの顔を見ずに、わたしはつぶやいた。
孫くんのいない地球に、どうして残ってるの?
本当は、宇宙を自由に旅したいの?
口には出さずに、言葉を飲み込む。
その時。 ベジータは確かに、こう言った。
「今さら ・・・ 」
わたしは、胸がいっぱいになる。 彼の左腕に、しがみつく。
「やめろ。 歩きにくい。」
だけど振り払おうとはしないから、そのままでいる。
「ねぇ、何にするの?」
俺の腕に体を押しつけながら、ブルマは言う。
「何がだ。」 「言うこと聞いてあげるって、昨夜言ったでしょ。」
二度と、こういう外出に俺を誘うな。
そう言ってやるつもりだったが、別の言葉が口から出てくる。
「・・腹が減ったな。」 「あら。 じゃあ、何か食べて帰る?」
ブルマが、声をはずませる。
「戻ってからでいい。」 「うん、 そうね・・・。」
腕を組んで、歩調を合わせて、二人は街を歩いて行く。
その姿は誰の目にも、幸せそうなカップルにしか見えなかった。