067.『昔の男』

日曜日の昼下がり、西の都の大きな公園は親子連れで賑わっていた。

 

その中で、ひときわ目立つ女性。

カジュアルだが、質の良い素材の服を着こなし、

見たことのないデザインのベビーカーを押している。

C.C.のマークが入ったそれには、

赤ん坊というには少し大きな男の子が座っている。

 

「ブルマ。」 

声をかけると、彼女はこちらに目線を向けて笑顔になった。

「ヤムチャじゃないの。めずらしいわね。 こんな所で会うなんて。 一人なの?」

「ああ。 ちょっと散歩にね・・・。」

「ちょうどよかったわ。 出掛けに、ポストに届いてたの。」

 

ウエストポーチから、写真を取り出して手渡す。

少し前に、生まれて間もない顔を見に行ってきた赤ん坊が写っていた。

 

「悟天か・・。大きくなったな。 悟飯も似てると思ってたけど、

 それよりもっと・・・そっくりだな。」

「生後100日の記念写真ですって。 孫くんもバカよね・・。

 こんなかわいい子の顔も見ずに・・・。」

 

この二人で悟空のことを思い出すと、どうしてもしんみりしてしまう。

 

「トランクス、おとなしいな。」

「・・あら、寝ちゃった。 さっきまで大変だったのよ。

 遊具の所で、大きい子にまでちょっかい出して・・。」

 

両親のどっちに似ても気性が激しそうだからな、と呟くと、 

何よ! と彼女は、ちょっとふくれた。

 

表情が くるくる変わる。

すましていれば人形のように整っているのに、笑い出すと赤ん坊みたいな顔になるんだ。 

そして、泣いている時も。

10年以上一緒に過ごした終わりの頃は、そんな顔ばかりさせてしまった。

 

「なんだか、のどがかわいちゃった。

 何か買ってくるから、トランクスのこと見ててね。」

おれが・・・ という間もなく、彼女は走って行ってしまった。

 

ベビーカーの傍らに立つ自分は、誰が見ても父親に見えるだろう。

数年前まで、その資格は十分あったはずなのに。

 

眠る幼児に話しかけてみる。

「トランクス、ブルマはいい女だよな。 きれいでかしこいだけじゃなくて、

 優しいお母さんにもなったんだ。」

返事など、あるはずがないのに話し続ける。

「ベジータは、 おまえの父さんは、おまえをかわいがってくれるのか? 

 おまえのことを愛してるのか?  ベジータは、ブルマのことを・・・。」

 

「パパ、ママすき。」 

 いつの間にかトランクスが目を開けていた。

「え・・?」   「パパ、ママだいすき。」

 

2歳に満たない幼児の言葉。   質問に対する答えではないだろう。

けれども、胸を突かれて涙が出そうになった。

 

おまえは、ちゃんとわかってるんだな。

おまえは、二人のことを見てるんだ。

 

ブルマが飲み物を手に、戻ってきた。

「トランクス、起きたの。 あら、ニコニコしちゃって。

 ヤムチャのこと、好きみたいね。」

「なぁ、抱っこさせてくれよ。」

 

シートのベルトをはずし、やわらかくてあたたかな、小さな体を抱き上げる。

小さな彼の笑顔は、ブルマのそれとはあまり似ていない。

彼女の前でだけは、あいつはこんな笑顔を見せるのだろうか。

 

「わたしのこと、心配して来てくれたの?」

芝生の上を走り回るトランクスを目で追いながら、ブルマは言った。

 

「わたしね、幸せって、なるものじゃないってわかったの。

 幸せって感じるものよ。 ベジータと一緒にいるようになって、気づいたのよ。」

出会った頃と変わらない笑顔で、彼女は言葉を続ける。

「ベジータのそばにいて、幸せだなって思うこと、結構あるのよ。」

 

安堵と、他の思いの混じった涙を止められず、おれは別の方を向いてブルマに言った。

「・・・髪、ずいぶん短くしたんだな。」

「なあに。 今頃・・・。」

 

あきれて笑う声につられて一緒に笑った。

一緒に生きることは叶わなくても、また一緒に笑えたらいい。

 

それがおれの幸せなのかもしれないから。