124.『ベッドルーム』
[ 絵師さまのイラストからイメージして書いたものです。]
「気持ちいいでしょ・・。」
その夜、 体を離した後もブルマは何度もそう口にした。
「あ、 このベッドが、 ね。」
何も言わない男の横顔を見ながら、彼女は含み笑いをする。
子供ならば4人は楽に寝られるであろう、大きなベッドの上で。
「まだ、どこにも売ってないのよ。 特別製なんだから・・。」
大手の寝具メーカーと共同で開発した、新素材のベッドがC.C.に進呈された。
『寝心地を試してみない?』
数日ぶりに、外でのトレーニングから戻ってきたベジータを
ブルマはそんな言葉で誘った。
いつの間にか寝息をたてているブルマを見つめながら、ベジータは思う。
この女の寝顔は苦手だ。
けれどもその夜の彼は、起き上がって部屋を後にはしなかった。
少しばかり体を休めて、朝になる前に出て行けばいい。
眠るブルマに背中を向けて、目を閉じる。
どのくらい眠っていたのだろうか。
まだ明けていない闇の中で、ベジータは目を覚ました。
温かい吐息と、長いまつ毛の感触が首筋をくすぐる。
後ろから、細くしなやかな腕がまわされていることに気づく。
ブルマが、背中にしがみついているのだ。
「おい・・・。」
わざとなのかと、体をゆすってみるが、どうもそうではないようだ。
仕方なく少しだけ力を入れて、きつく絡んだ腕をほどく。
向き直して、暗さに慣れた目で、彼女の寝顔を見る。
今、眠っているブルマに覆いかぶさったとしたら。
この女は驚いて文句を言ってくるだろう。
しかし、おそらく嫌がりはせずに、腕をまわしてくるのだろう。
ついさっきまで、俺の胸元にあった両腕を。
ベジータは指先で、彼女の唇をそっとなぞる。
俺のこの手は、おまえの命はおろか
生きて暮らしている世界そのものを、あっという間に奪うことができるんだ。
ブルマの無防備な寝顔。
ずっと眺めていると、一体自分がどうしたいのかわからなくなる。
だから彼はこれまで、彼女と朝を迎えることをしなかったのだ・・・。
「のんきな顔しやがって。」
ベジータは再び目を閉じた。 夜明けまではまだ、時間がある。
朝。
「ベジータ。 ベジータってば。」
顔のすぐそばでブルマの声がする。
「起きて。 今日、早く行かなきゃならないのよ。」
「・・・勝手に行けばいいだろう。」 「じゃあ、 離してよ・・・ 」
ベジータはぎょっとする。
なんと、ブルマを抱きよせるかたちで眠っていたのだ。
いつからそうしていたのか、全く覚えていない。
あわてて手を離す。
意外にも彼女は、そのことについて何も言わない。
「あんたが寝過ごすなんて、めずらしいわね。」
不機嫌に答える。 「途中で、起こされたせいだ。」
「わたしだって、そうよ。」
ブルマは昨夜と同じように、後ろから彼の背中を抱く。
「だから、寝不足だわ。 今夜は早く寝なきゃ・・・。」
そして、小さく付け加える。
「ね、 これから、 ここで一緒に ・・・ 」
ベジータは返事をしない。
「急いでるのなら、さっさと行け。」
「今日は、早めに戻るわね。」
指先で彼の唇をそっとなぞると、ようやくブルマは離れた。
扉の閉まる音を聞いた後で、ベジータはもう一度ベッドに身を沈めた。
『気持ちいいでしょ・・ 』 『特別製なんだから・・ 』
昨夜の言葉がよみがえってくる。
用の無くなった地球に、いつまでいるのかはわからない。
だが、この星・・・ ここにいる間は結局、
あいつの願いを聞いてしまうことになるんだろう。
新しいはずのベッドのシーツからは、
もうブルマの甘い匂いがしてくるようだった。