276.『悪食』

セル戦前・ブウ戦前のベジブルと、家族です。

ブルマは やっぱり、お嬢さんだと思うので…。]

ある昼下がりのこと。 わたしは、母さんと二人で、レストランで食事をしていた。

フルコースのメインである肉料理は、とても おいしかった。 

お肉自体も良い物だったけど、かかっていたソースが、味を よく引き立てていた。 

どうやら この店のシェフのオリジナルらしい。

 

母さんは さっきから、一生懸命メモをとっている。 

忘れないうちにレシピを推測し、家で再現するつもりなのだ。

この張り切りようは、ベジータのためだ。

わたしや父さんだって肉料理は好きだけど、なにせ 食べっぷりが全然違うから。

 

「そんなに、気を使ってやることないのよ。」

棘のある言葉に、母さんは手を止めて問い返した。 

「えっ、ベジータちゃんのこと? どうして?」

「だって あいつ、とんでもない悪食よ。

うちに来る前はね、軍から支給される携行食じゃ足りなくて、

口に入る物なら とにかく何でも食べてたらしいわ。」

要するに、量があれば それでいいの。 材料や味付けなんて、どうだっていいのよ!

 

付け加えた言葉が終らぬうちに、母さんは言う。 

「じゃあ 尚更、うちでは おいしい物を食べてもらいましょうよ。」

「…。」 

どれだけ不機嫌にふるまっても変わらない。 

母さんは いつだって、にこやかに優しく話をする。

「それはそうと、ブルマさんも もうちょっと お料理を勉強したら?

おいしい物を作ってあげたら、ベジータちゃん きっと喜ぶわよ。」

「だから、そんな必要無いんだったら。」

どうせ、いなくなっちゃう人なのに。

 

予告された戦いは、あと一年後にせまっている。 それが終われば あいつは…。

どういう形になるかは、まだ わからないけど。

 

運ばれてきた、食後のコーヒーを飲みながら、辺りを見回す。

それなりに高級な店だというのに、若いカップルの姿が目立つ。

実は このレストランは、大きなホテルの中にある。 

それも、リニューアルした結婚式場が人気のホテルだ。 

今日は、ブライダルフェアか何かが あったのかもしれない。

大勢の人を招待するような結婚式は、少なくとも 今の わたしには縁が無い。

それは、ほかならぬ自分自身で決めたことだけど…。

 

その時。 「あら まあ、お久しぶり!」 

上質のスーツを纏った 年配の女性が、こちらの方に近づいてくる。

母さんも、席を立って応える。 「まあ驚いた! お元気でしたの?」

母さんの旧い友達だそうで、娘さんの結婚式の打ち合わせに同行したのだという。

 

その女性は、なかなか席に戻ろうとしなかった。

自分の話… おもに自慢話だけど、

その合間に、わたしに向かって何度か、こういう意味の言葉をかけた。

「お父様の後を継いだんですってね、ご立派だわ。

でも、女の子の幸せって、やっぱり結婚じゃないかしら。

ご両親のためにも、早く いいお婿さんを見つけてね。」

 

会計を急いで済ませ、店から一歩出て すぐに、わたしは訴えた。

「何なの、あの おばさん。 感じ悪ーい!!」

とはいえ、同意してくれるとは思っていない。 母さんは決して、人の悪口を言わない人だから。

「… あのかたはね、ママと、幼稚園から高校まで一緒だったの。」 

エスカレーター式の、いわゆる お嬢様学校だ。

 

「ママが 大学は別の所に行くって言ったら、そりゃあ もう、ずいぶん変り者扱いされたわ。

パパとの結婚を、決めた時も そうよ。 悪趣味、とまで言われちゃった。」

母さんは、大学で父さんと知り合った。 そして一緒になったのだ。

「失礼ね、ひどいわ。 やっかみじゃないの? それ。」

それには答えず 母さんは、いつもの笑顔で こう言った。

「大学は、本当に楽しかったわ。 うんと頭が良くて面白い人たちが いっぱいいたの。

でも、今も楽しいわ。 何だか あの頃に戻ったみたいよ。」

「? どういうこと?」 

「だって、ブルマさんが家に連れてくる お友達、みんなステキなんですもの。

優しくて強くて、それに とっても面白いわ。」

その言葉で、わたしは笑った。 

自分の顔は見えないけれど 多分、苦笑いの表情だったと思う。

 

「ねえ。」 母さんに向かって 声をかける。 

「なあに、ブルマさん。」

「ちょっと、デパートに寄っていい? ベビー服を見に行きたいの。」

「あら、ママもね、いろいろ見ておきたいなって思ってたのよ。 

でも ブルマさん、体は平気? お疲れじゃないの?」

「大丈夫、へっちゃらよ!」

 

そう。 おなかは まだ目立たないけど、わたしは妊娠している。

子供の父親はベジータだ。

両親に、花嫁姿は当分 見せてあげられそうにない。 

でも 元気な孫を抱かせてあげること、それはできる。

 

 

あれから、七年余りの歳月が流れた。

あの大きな戦いの後、都、だけでなく地球全体が、平和を保っている。

この春、トランクスは小学生になった。 

丈夫で、身体能力も食欲も けた外れだけれど、食べ物の好みは ごく一般的、普通の子供と一緒だ。

 

そのトランクスは朝食を終えた後、ランドセルの中に、きれいな色の包みを仕舞っている。

母さんが用意した物だ。 何かと思って尋ねると、お返しの品だと答えた。

何日か前 クラスの女の子から、旅行のお土産という名目でプレゼントをもらった。 

が、これが結構、高価な物だったらしい。

「へえっ、誕生日でもバレンタインでもないのにね。」

もしかしたら、印象付けようとしたのだろうか。 

トランクスは女の子に人気があるから…

こっそりと渡さないと、ケンカになってしまうかもしれない。

 

「家に呼んでお礼してあげればいいのに。」 

わたしの提案を、トランクスときたら ぴしゃりと撥ね退ける。

「いいよ、そんなの。 あんまり しゃべったことないから つまんないもん。」

「そうなの? おとなしい子? ねえねえ、その子 可愛いの?」

「… よく わかんない。 でも おれはさ、楽しく おしゃべりできる子が好きだから。 ママみたいなね!」

「まあっ…。」 

楽しい、かあ。 どっちかっていうと、きれいとか可愛いとか言われたかったわ。

まあ もちろん、悪い気はしないけどね。

 

大きなランドセルを背負って、トランクスは学校へ行った。

玄関まで見送って戻ると、聞き慣れた声が 耳に飛び込んできた。

「フン、悪食だな、あいつは。」

すぐに ピンときた。 この場合は、悪趣味というような意味だ。

こんな憎たらしいことを言うのは、もちろんベジータ。 

朝のトレーニングを終え、朝食という名の大量の食べ物を、胃の中に詰め込んでいる。

あの戦いから もうすぐ七年、 この男が ここに来て、もう十年余りが過ぎた。

けど ベジータは今のところ、わたしの元を去っていない。

 

食事を終えたベジータが、怪訝な顔で問いかけてくる。 

「なんだ。 なにをジロジロ見てやがる?」

「ううん、別に…  そうだわ。」 

言葉を切って、わたしは続ける。

「あのね、今日は早く帰れそうなの。 だから たまには、わたしが夕飯を作るわ。 

まかせて。 うんと おいしい物を作ってあげる!」

「やめろ! 余計なことはしなくていい!」 

間髪を入れずに彼は言い、さらに、こんなことまで付け加える。

「おまえが作った物を食うぐらいなら、そこいらで鳥か獣を捕まえてきて、適当に 焼いて食う!」

「なによ、それ。 フンだ。」 

そうよ、なにさ。 満腹になりさえすればいい、とんでもない悪食のくせに!

 

  この、平和な日々は続くんだろうか。

トランクスは このまま、戦える地球人として、成長していくんだろうか。

そして、ベジータは…

わたしたちの、わたしの そばに、居続けてくれるだろうか。